第20話可能性2
「はぁ…はぁ…、やっと着いたぁ…」
漸く家に着いた頃には、とっぷりと夜は更けていた。長時間の徒歩とカナビスの陶酔のせいで、俺の身体は疲労困憊で虫の息だった。
ブーツやジーパンによる締め付けのストレスを開放する為に、下着を除く着衣を全てパージした。パンツ一丁で寝床に寝転んでいる俺を見てあんずが憤りの声を上げた。
「たくちゃん!なんて格好してるんですかッ!だらしないです!」
最近服を着る事を覚えた彼女が一丁前に俺に注意している。そもそもその指摘を最初にしたのは俺なのだが、今はそんな事気にしている余裕はない程くたびれていた。とにかく水が飲みたい。
「あんず悪い、水持ってきてくれん…?」
「もおッ、しょうがなしですよ」
あんずが汲んでくれた水で喉の渇きを癒すと、少し汗が引いたのか身体の疲れが和らいだ。しかし今日は朝から動きっ放しだった上に、ヨシヒロが用意してくれた朝食以外何も食べていなかったからか、水を流し込んだ拍子に腹の虫が盛大に鳴いた。
「腹へったなー…。帰りがけに何か取ってくりゃー良かったわ…。今から街に行くのもえらいし、大体こんな時間じゃどこもやっとらんよなぁ」
「じゃあアタシが行ってきましょうか?シゲさんの所なら顔がききますし」
「マジ?なら頼むわ。俺はもう動けん…」
本当なら夜間に小さな女の子にお使いなんか頼むもんじゃないんだけど、童子であるあんずは心配ご無用なのだ。
幾らかの貝をあんずに手渡すと、俺の身を気遣う台詞を吐き捨て、彼女は街へと繰り出した。
「寝るなら服着てくださいねッ。風邪ひいても知りませんからねッ」
その夜、あんずは帰って来なかった。
――――――――――………
一晩ぐっすり寝たおかげで、体力はすっかり回復していた。
あんずの不在に気付いたのは、目が覚めた後だった。お使いを出したまま寝てしまった俺への当て付けかと思い、多々良場の周りを一通り探したが彼女は見つからなかった。
一抹の不安を覚えた俺は、取る物も取り敢えず彼女の足取りを辿りながら街に向かう事にした。
「おやっさん!!あんず来とらんすか!?」
「こりゃミコトさまの…。おべべ着た童子っこなら見ちゃいませんが…」
俺が最初に訪ねたのは、あんずに酒をくれるおっさんの所だった。あんずが酒を貰ってそのまま居座っているんじゃないかと思ったのだが、空振りに終わった。一番あんずがいそうな場所だったが、いないなら仕方が無い。
次は本命のシゲさんの店を目指したが、着いてみるといつもと雰囲気が違う。店が開いてなかったのだ。それどころか、自宅を兼ねている彼の店には人の気配が感じられなかった。それでも俺はその扉を叩いた。
「シゲさんッ!俺です!今泉です!あんず来とらんすか!?」
分かってはいたが、案の定返事は無い。しかしあんずの行方の手がかりになる所はもうここしか無かったので、誰もいない家屋の戸を叩き続けた。
すると、隣の家に住んでいる男性が俺に声をかけて来た。
「今さん、今さん。いつもお連れの童子ならシゲを訪ねて来ましたよ。でも生憎ですがシゲはもうおらんのです…」
「は…?どういう事すか?」
聞けば、シゲさんは最近ゲトーの奴らと揉めた挙句に、殺されてしまったというのだ。この世界には法律も無ければ警察も無い。殺人を咎める事は誰にも出来ない。だからこんな事はちょくちょく起こるらしい。
俺からすればシゲさんに会ったのは一昨日の事だ。しかしその間に120日が経過するヒトに何が起ころうと、ミコトには感知出来ないのだ。ヒトとの時間の共有は出来ないと言った美奈の言葉の重みが俺にのしかかった。
「それを伝えるとどこかに消えちまいまして、おそらく童子はシゲに手をかけたゲトーを探しに行ったんじゃないですかねぇ」
あんずはシゲさんが焼く兎串を気に入っていた。それを奪われたなら、それなりの報復をあんずならしかねない。目には目を、歯には歯を。それがあんずの美学だと俺は解釈している。
なら彼女がその後とった行動は火を見るよりも明らかだ。きっとそのゲトーを攫い、喰うつもりだろう。もしかしたらもう事は既に終わっているかも知れない。だとすれば、あんずはあそこにいるんじゃないか。
俺は彼女の『元』寝座に向かった。
街を出て、初めてあんずと出会った杏子の群生地を抜ける。そういえば最初にここでゲトー共に襲われたんだっけ。奴らとは何かと縁があるなぁ。物凄く悪い意味で。
殺してやりたい…、殺してやりたい…。出来るなら俺だって奴らを殺してやりたい。シゲさんや俺が受けた仕打ちを思い返すと、怒りで頭がおかしくなっちまいそうだった。
だから思った、圧倒的な力が…、絶対的な武力が欲しいと…。そう願った瞬間、俺は天啓を得た。多々良場で作りたい物の形が、具体的なイメージとして出現したのだ。
その時、突如として呼びかけられた。しかも名指しで。
「やぁ、今泉くん。初めまして。そろそろかなぁって思ってたんだ」
声のする方へ振り返ってみると、何だか胡散臭い男の子が一人いた。
「誰だて、おめぇ…」
さっきから気が立っていた俺は、またもや初対面の相手に敵意むき出しの態度をとってしまった。
そう、こいつとは初対面だ。なのに何で俺の名前を知っているんだ。俺がここに来てから知り合った人物はそれほど多くないし、名前が知れ渡る様な事もしていない。しかも何?そろそろ?こいつは何を言ってるんだ。
俺の表情が怒りから疑問に変わったのを察知したのか、彼はベラベラと語り出した。
「俺は氏家雅貴。君と同じ被行者だよ。ずっと待ってたんだよねぇ、君の事。多々良場を使いたいんだろ?作りたい物も決まったみたいだし。あ、あの多々良場を作ったのは俺だからね。だから色々助言しに来たんだ」
「気色わりぃなおめぇ…。俺の頭ん中でも覗いたんかて」
「そんな事出来ないよ。でも君の事は知ってるよ、今泉くん。1987年10月25日生まれ、名古屋出身。幼い頃父親が蒸発して母と兄の三人家族。父の死亡認定は受けず、母も籍を抜かなかった為『今泉』の姓を名乗り続けた。しかし父方の親類と遺産の件で諍いが起こり、執拗な嫌がらせを受けた。兄の進学にも影響を及ぼし、それを苦に若くして兄は自殺。それを追いかける様に母親も2年後に自殺。なかなかヘビーな人生だよねー」
な…、何だこいつ…ッ!!何で俺の事を…!?そんな消し去りたい過去なんか誰にも話してねーぞ。それに多々良場で作りたい物なんか今思いついたってのに、何でこいつが知ってんだよ…ッ!
「童子とも出会ってるし、カナビスも手に入れたみたいだね。順調順調!」
「本当に何なんだよ、おめぇ…。も、もしかして神って奴か…!?」
「アハハハ!その指摘は半分正解、半分ハズレだね。言っただろ、君と同じ被行者だって。違うのは生まれた時代とここにいる時間かな?」
もう、思考回路がショート寸前…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます