第21話可能性3

「それはそうと、君の願望を叶える為に君はいくつかの手札を手に入れなきゃならないよ。その全てを俺は用意できるんだけど、どうかな?俺と友達になんない?」


「何が友達だて。とろくせぇ事言いやがって、馬鹿にしとんのか…」


 人様の過去や心に土足で上がり込む様な奴とは友達になんかなれない。そもそもこいつは怪しすぎる。せっかく歩み寄って来て貰って悪いんだが、俺はこの氏家という男に中指を立たせた右手を突き出してやった。


「うん。まぁ、そう言うと思ったよ。俺の助力があれば君のやりたい事はすぐ実現できるんだけどねぇ…」


 確かにこいつは色々と知ってそうだし、多々良場を作った張本人なんだから技術も知識も持っているんだろう。でもダメだ、第一印象が悪すぎる。

 そんな事よりあんずを探さなくてはいられなかった俺は、眉間に深いシワを刻みながらなるべく強い口調で威嚇した。


「お前みてぇなダボハゼとじゃれとるヒマあれせんのだわ。さっさと消えんとブーツのシミにしたるぞ。ええか?」


「あッ、そっか。あんずを探してるんだっけ?タイミング悪かったね」


 現状まで把握されてる…。マジで怖えー。

 出来る事なら関わり合いになりたくねーんだけど、こいつにはヨシヒロとは違ったベクトルの必然性を感じた。多分俺のやりたい事に不可欠な存在なんだろうな。それはこいつ自身も言ってた事だ。

 何故だかは分からんが、こいつは俺の過去と現在を知っている。だけど敵意は感じられない。俺を利用しようとしている訳ではない様だ。

 じゃあ何で俺に近づいて来たんだ?俺の手助けなんかしてこいつに何の得があるんだ?怒りが疑問に変わり、それが興味へとシフトした。


「じゃあ気が向いたら街にある『コヨミ』の所に来てよ。悪いようにはならないからさッ。

 あッ、あとあんずなら君が思ってる場所にいるよ。ではまた…」


 そう言って氏家は俺の前から消えた。つーかあんずの居場所まで知ってんのかよ…。いや、それより何気安くあんずって呼んでんだよ。次同じ事やったら喉笛でも潰してやる。

 あいつに対するボルテージを上げていると、あんずの元寝座に辿り着いた。


「あんずー、おるかー?」


「きゃッ!え?え?何でたくちゃんがいるんですか…ッ!?」


 氏家の言う通りあんずはここにいた。彼女は絶賛食事中で、ヒトの頭部にかぶりついている所だった。

 血で汚れる事を懸念してか、あんずは服を脱いで全裸の状態だった。彼女の思惑は正しく、その身体は彼女の胃袋に収まった者の鮮血で赤く染まっていた。まさに『赤鬼』だ。


「勝手にいなくなりやがって、でら心配したがや」


「す、すみません…」


 あんずは俺の言葉に応える為に食べかけの頭部から口を離し、俺に謝罪した。彼女が抱えているヒトだったモノからは、ブヨブヨした何かが溢れていた。恐らく脳ミソだろう。びっくりするくらいグロテスクなその光景にリアリティを感じる事は出来なかったが、あんずと無事に再会出来た事にとりあえず安堵した。


「俺だって腹減っとるのによー…。まぁええわ、チャッと平らげやぁ」


「は、はい!あ…、たくちゃんも食べます…?」


「いらんわぁ!ターケぇッッ!!」


 ヘンな気を回したあんずは残りの頭部をペロリと食べ尽くした。

 血だらけの彼女にそのまま服を着せるのは気が引けたので、俺のシャツを羽織らせてやり、いつしかのスタイルの装いになった。


「ほれ、桃子んとこ行くぞ。あいつなら風呂とか持ってそうだし、キレイにしてもらえ」


「身体洗うだけだったら沢で済むんじゃ…」


「お前が今着とるシャツは沢じゃ済まんのだわ」


 血塗れのあんずにそのまま着せてやった為に俺の一張羅は幾つかの赤い染みを作っていた。誰とも分からん奴の血で汚れてるなんて気持ち悪くてしょうがないから桃子にクリーニングもお願いしようと思ったのだ。

 あんずの服を抱えた俺は、俺の服を羽織ったあんずを連れて桃子の店に向かった。


「あ、あの…た、たくちゃん…。怒ってないんですか…?」


「急におらんくなるのは勘弁してまいたいけど、ちゃんと見つかったしもう怒っとらんよ」


「そうじゃなくて、その…、裸でいた事とか、……ヒトを食べた事…とか……」


 道中、あんずはこんな事を聞いてきた。俺に対して後ろめたい気持ちでもあるのだろうか。しかし服を汚さなかったり、シゲさんの仇を討ったりした彼女の行動は賞賛に値すると考えていた俺には、彼女を咎める気などさらさら無かったのだ。

 特にヒト一人を簡単に殺せるその力にある種の憧れの様なものを抱き、同じものを欲しいとさえ感じていた。そしてそれを実現させる為のヒントも向こうから転がって来た。

 あんずと合流出来た事で気持ちに余裕が生まれ、さっきまであんなに気が立っていたのが嘘の様に俺の心は晴れやかだった。何ならちょっと氏家の言葉にも耳を傾けてみようかな?なんて事まで考えていた。


「裸だったのもヒト食ったのも理由があるだろぉ?だったら怒らんて。でも何も言わんとどっか行くのは本当にやめてくれ。頼むわ」


「……はい」


 俺の言葉にあんずは静かに、はっきりと応えた。

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