第17話カナビス3

「こ、これどーやったらええの…?」


「空気が漏れない様に口を押さえつけて、深呼吸するみたいに吸うんだよ。最後は受け皿を抜けば残りの煙も全部吸えるから」


 国枝先生にレクチャーを受け、言われた通りのスタンバイをする。何回かむせた経験をしていたので、それを恐れながらもゆっくりと火を近づけた。

 吸引を行う事で試験管内の気圧が変化し、それが中に入れられた水の圧力を超えた為に不足分の空気をカナビスの煙ごと管側から取り入れる。その煙が水の表面張力を破って浮き上がる際にボコボコと音が鳴るのだ。

 一度水の中を通ってきた事で角の取れたカナビスの煙は、紙で巻いた物よりも遥かに滑らかな口当たりをしていて、かつてないほどの煙の吸引を可能にした。


「なにぃこれぇ…、どえりゃーええがね…」


 これ以上ないカナビスの楽しみ方に身を震わせていると、横で見ていたあんずが物欲しそうにこう言ってきた。


「たくちゃん、アタシもいいですか…?」


 あんずがカナビスをねだったのは初めての事だった。仲間外れにされると感じたからなのか、元々興味があったからなのかは分からない。

 国枝くんの了承を得て、俺のサポートの元、彼女は初めてカナビスの煙をその身体に吸い込んだ。


「あ、あれぇ~…?なんか変な感じですぅ…、たくちゃ~ん…」


 グルグルと目を回しながら早速効いてきたカナビスの感想を述べると、彼女はふにゃふにゃと俺の肩にもたれ掛かった。それを見ていた国枝くんは何故かゴキゲンな様子で喋り出した。


「ははッ!あんずちゃんキマるの早いね~。今泉くんも『カナビスのメッセージ』を『キャッチ』出来たから気に入ってくれたんだよね。あ、長いからいずみくんって呼んでいい?」


 好きにしろすぎる。

 キャッチという言葉の意味は分からなかったが、カナビスのメッセージには心当たりがあった。貝を拾っていた時に感じた、あの思考の旅だ。やはりあれは偶然の産物などではなかったのだろう。

 俺は率直な疑問を彼に聞いてみた。


「国枝くん…、カナビスって何なの……?」


「……。僕が生まれた家はね、医者の家系だんたんだ」


 俺の質問とは関係のない様な台詞から、国枝くんは切り出した。


「小さい頃から医学に関する本をたくさん読んでて、でも必要とされてるのは人を殺すような知識ばかりだったんだ。不思議に思ったよ。本の中には傷や病を癒す知恵がたくさんあるのに、何でそれを活かさないんだろうって。まぁ、人口削減の為には治療なんか必要ないんだって小学校を卒業する頃には理解したんだけど…。でも納得は出来なかったね。

 そんな時に家の本の中から凄い植物の存在を発見したんだ。急いで僕はそれについて調べようとしたんだけど、ネットのどこを探しても一つも情報を得られなかったんだ。その理由はすぐに分かったよ。

 いずみくん、世界で唯一禁止されているドラッグって知ってる?」


 自慢にはならないが、これでも俺は筋金入りのジャンキー予備軍だ(?)。そりゃ人並み以上にはドラッグの知識を持っている。例外を除き解禁された数々のソレやコレを嗜んできたんだ。しかし彼の言う『例外』については何も知らなかった。

 国枝くんの問いに俺が黙って首を横に振ると、彼は少し笑みを浮かべながらこう言った。


「それがこれ、『カナビス』だよッ!!世界はこれを闇に隠したんだッ!」


 国枝くんの隣ではハクトがボコボコと試験管を鳴らしていた。それを見ていたら俺も欲しくなって、彼に催促した。


「ちょっと待って。もう一服させてまってええ?」


 話の腰を折られたのにも関わらず、彼は喜んで受け皿に新しくカナビスを詰め直して俺に渡してくれた。それを受け取り、俺も負けじとボコボコ言わせた。彼のテンションに付いて行くにはこうする他なかった。


「でも、何で世界はこれを隠したんだと思う?ここからは僕の自論や憶測によるものだけど、カナビスには色んな効能があるんだ。それこそ万能薬になってしまうほどね。使えば使うだけ健康になってしまう様な物をあの世界が許す訳ないよね。だけど、本当の理由はそこじゃないと思うんだ。きっと世界が隠したかったのは、これを使った人が解いてしまう真理なんじゃないかな…」


 そう語る彼の瞳は真っさらに澄んでいて、神仏を思わせる様な厳かさを漂わせていた。都市伝説並みの不確かな彼の言葉は、それでも俺の心のインブルを貫いた。俺も一度は真理を解いてしまっていたからだ。


「何かそれ…、真実な気ぃするわ…」


 俺の言葉に、国枝くんは微笑んだ。ふと隣を見ると、ハクトが恐る恐る渡す試験管をフラフラになりながらあんずが受け取っていた。彼女たちのハートフルな光景に、男二人は笑いを漏らした。


 それから俺たちは色んな事を語り合い、夢の様な夜は瞬く間に過ぎていった…。


「そーいやぁさぁ、カナビスってどーやって作ったの?」


「え?こっち来たら普通に自生してたよ」


 俺の下顎は床に突き刺さった。

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