第16話カナビス2
「おい…、ちっとも着かんがや。どうなっとんだて。どこにおるんだ国枝くんはぁ…」
「たくちゃん、大丈夫ですか?」
太陽は西の空へと顔を隠し始めていた。俺の足元を固めているブーツは履き慣れた物ではあるが、長時間歩くのには向いていない。重たいから。
じわりじわりと主張を強める足首の痛みが冗談じゃなくなってきて、下手したら今夜はビバークする羽目になるかも知れない。そんな不安に駆られていた。
つーかあの電子レンジ、こんなに遠いならちゃんとそこまで教えろや。痒い所に手が届かねえな。
俺はイライラしていた。
「あんずはどーだ?えらくねーか?」
「アタシは何ともありません」
沸き立つ怒りを、あんずを気遣う事でどうにか紛らわせていた。それすら出来なくなったらどうなっちゃうんだろう。あんずの前では可能な限り紳士的な態度でいたいのに…ッ。
限界を迎えた後の事に気を取られていたおかげで、少しの間痛みを忘れて歩を進められた。太陽がその日の仕事を終えた頃、あんずが何かに気付いた様だった。
「たくちゃん、誰かいますよ?」
あんずの視線の先には、荷物を抱えた初老の女性がいた。街から随分と離れているのにこんな所にもヒトがいるのかと疑問に思いはしたが、それなら国枝くんを知っているんじゃないかという可能性がそれを上回った。
「す、すんません!ちょっといいですか!?」
「はい?」
そのヒトはお婆さんと呼ぶほどではないくらいのお年で、この辺りで採ってきたのであろう食材を篭に入れて運んでいた。もう暗くなるっていうのに無用心だな、少しだけそう思いながら彼女に尋ねてみた。
「この辺に国枝ってミコトいませんか?」
「クニさまですかえ?それならこの先ですよ。行きしななので良かったらご案内しましょうかえ」
ラッキー!ビンゴだ!俺の人徳すげぇッ!
どうやら国枝くんは『クニさま』と呼ばれ、この辺りのヒトに慕われている様だった。道案内を買って出てくれた女性の好意にせめてもの対価を支払いたかった俺は、彼女の荷物を肩代わりさせてくれと頼んだ。
「かえって申し訳ありませんねぇ。あれま、貴方さまもミコトの方ですかえ?それにコッチの子は童子っこかえ?」
俺とあんずの正体に気付いた様だ。彼女の質問を肯定する形で応えると、年の功からかこんな事を言い出した。
「これは縁起がいいですねぇ。ミコトとアヤカシの番いは物事が上手くいく兆候だと昔から云われおるんですよ。良いものを見させていただきました。ありがたや」
図らずも感謝されてしまい、気恥ずかしくなった俺は不意にあんずの方を見た。彼女も俺を見ていた。互いにはにかんだ笑みを見せ合いながら、その言い伝えが真実であればいいのにと願った。
「見えましたよ。あちらがクニさまのお宅ですよ」
「ようやっと着いたかて…」
ここまで案内してくれた女性にお礼を言い彼女に荷物を返すと、それを受け取った女性は俺とあんずに向かって手を合わせて深々と頭を下げた。その姿を見て、そんなに敬われても困るんだけどなぁと思いながら彼女との別れを済ませた。
それはそれとして、漸く目的の場所に着いた。わざわざ来てやったのにこれで留守だったり寝とったりしたら怒るぞ、国枝くん。半日歩かされたせいで、彼の在宅は約束されているものと勘違いしていた。勝手に来た癖に。
「国枝くんって子みえるーッ!?ちょっとお願いがあるんだわーッ!!」
「はいはい、いますよー。どちらさまー?」
良かった、彼はいた。それだけでチューしそうになった。
中から出てきたのはいかにも気の優しそうな男の子だった。初対面の俺に対して全く敵意を感じさせない彼に、さっきまでの自分がどれほど愚かなものなのか思い知らされた。
「夜分遅くにごめんねー。カナビスを分けてまいたくて来たんだけど…」
「へぇーッ、そうなんだ。じゃあ中に入ってよ、どうぞどうぞ!」
いきなり訪ねて来た俺たちを、彼は快く迎え入れてくれた。手招きされるままに入った彼の部屋は少し散らかっている様子だったが、無造作に置かれたそれらは日用品とは違う趣きをしていた。
彼は少しばかりのスペースを拵えると、そこに俺たちを座らせた。
「汚くてごめんね。お水くらいしか出せないけど飲む?」
「ええてええて!あ、お水いただける?喉カラカラなんだわ」
「ちょっと待ってね。おーい、ハクトーッ!お水持ってきてー!」
どうやらこの家には彼以外にも誰かいる様だ。奥から水を持って現れたのは、真っ白な髪をした小さな女の子だった。その子を手元に呼び、国枝くんは彼女と自分を紹介してくれた。
「この子はハクト、もののけなんだけど僕の手伝いをしてくれてるんだ。あ、僕は国枝祥大。よろしくね」
彼に先手を取られてしまった。礼儀で言えばこちらから名乗らなければいけなかったのに。っていうかもののけって何だよ。
「俺は今泉拓也、ほんでこっちは童子のあんず。こちらこそよろしくね。あんずもあの子に挨拶してみやぁ」
「はいッ。ハクトちゃん、あんずだよ。よろしくねッ」
あ、あんずのタメ口初めて聞いた。そのあんずから挨拶を受けたハクトは国枝くんの背中に隠れてしまった。恥ずかしいのかな?
ほっこりする様な光景を目の当たりにしつつ、俺は国枝くんとの本題に入った。
「神社の美奈からカナビスを貰ってさぁ、それが無くなりそうだでここを教えてまったんだわ」
「美奈ちゃん人にあげちゃったんだ…、まぁいいけど。譲るのは大丈夫なんだけど、明日になっちゃってもいいかな?今夜はウチに泊まっていいから」
彼がそう言うのなら、お言葉に甘えさせて貰うのはやぶさかではない。しかし初めて会った奴を良く家に泊められるな。ホモなのかな。
俺は限りなく失礼だった。
「じゃあそーさせてまうわ。もうクッタクタだもんでよぉ。」
「神社からじゃ結構歩いたでしょ?あ、カナビス吸う?僕のヤツなら自由にやっていいよ」
そう言いながら彼は木のお皿にこんもり乗せられたカナビスを出してきた。それは紙に巻かれる前の状態で、植物片をほぐしただけの物だった。これをどうしろと…と思っていると、続いて管の付いた大きな試験管の様な物を取り出した。中には1/3程度の水が入っていた。取り付けられた管の先には受け皿が付いていて、試験管からの着脱が可能な物になっていた。
国枝くんは受け皿にカナビスを詰め、そこに火をかざし、試験管の口側がらボコボコという音と共に大量の煙を吸い上げた。
「はい、次はハクトの番。その後は今泉くんに渡してあげて」
モクモクと煙を吐き出しながら試験管をハクトに手渡し、それを受け取った彼女も同じ様にボコボコと煙を吸い込んだ。
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