第11話お買い物3

「じゃあ、桃子は何でこんな事やっとんの?」


 もしかしたら良いヒントが見つかるかも知れないと放ったこの質問は、誰にでも付いている押し時を間違えてはいけないスイッチを苦肉にも押してしまったのだ。


「私ねっ私ねっ!昔っから服とかオシャレとかブランドが大好きでねっ!ファッション系の雑誌なら赤文字でも青文字でもなんでも買い漁っちゃってー!よくおとーさんとかに無駄遣いばっかりするなとか怒られちゃうくらいいっぱい読みまくってねー!可愛いもの見るのとかちょー好きでー!それでねっそれでねっ!いつの間にか自分が可愛いと思う服自分で作るよーになっちゃっててー!―――――……


 ……――――あっ、たくやくんが履いてるブーツってソウル変えてあるよねー!?そーゆーオシャレ大好きだよっ!私メンズのファッションにも自信あるんだー!それでねっそれでねっ!―――――……


 ……――――それでー、ちょー頑張ってミシン作ったのー!それでこっちでも服が作れるよーになったんだー!」


 地雷を踏んでしまったと即座に気づいた俺は、彼女のマシンガントークを話半分に聞き流す事が出来た。そして数分間に渡る一方通行の会話の末、漸く血肉になり得る情報を掴んだ。


「ちょっと待てよ。ミシンを作ったって…、作った…?」


「じゃっじゃーん!!これが私自慢のミシンだよー!」


 店の奥には少しばかりの空間があって、そこには機械の様な物が確かにあった。俺の知っているミシンからすると大分大掛かりな仕掛けにはなっているが、木製の歯車が幾重にも重なり何かを縫製する事が可能であると、素人目にも分かる代物になっている。


「でらすげぇ…。これ、桃子が作ったの…?」


「全部じゃないよー?てゆーかほとんどヒトに作ってもらっちゃった。私はここをこーしてーとかお願いしてただけ。ヒトってすごいよね!」


 ヤバイ。ヒト、ヤバイ。これを見せられたら、どんな事でも出来るんじゃないかと思えてくる。夢がひろがリングじゃねーか。『何がしたいか』の意味がほんのちょっとだけ理解出来た気がした。それをちゃんと形にした彼女に尊敬の念すら感じた。


「桃子はすげぇな…」


「えー?私なんかぜんぜんだよー。すごい人はバイクとか作っちゃうんだからー」


 俺の全神経、全細胞がある一定の方向に向くかの様に、彼女のその言葉に意識が集中した。俺が今日ここに来たのは、それが聞きたかったからなのかも知れない。沸き立つ感情を抑えながら桃子に訪ねた。


「バイクに乗っとる奴の事、何か知っとるの…?」


「うん。山野仁志くんっていう男の子がねー、ヒトを集めて暴走族やってるんだってー。確か『水芭蕉』ってゆー…」


 奴らの会話の中にも『山野クン』って名前が出でいた。間違いない。俺が最も必要としている情報の一つは手に入った。これはメチャクチャでかい収穫だ。ダラダラ長げぇ話された時はどうしてやろうかと考えたが、このアマ良い仕事するじゃねーか。チューでもしたろかな。そんな衝動に駆られていると、あんずの声が聞こえた。


「たくちゃーん!これ見てくださいッ!かわいー!」


「お!どれどれぇ」


 あんずが見せて来たのは、黒い長袖のワンピースだった。スカート部分がプリーツになっていたり、腰の辺りに大きなリボンが付いていたり、それはそれはなかなかのチャーミングな代物だった。あんずの美的感覚が正しい方向に備わっている事に安堵していた俺の後ろで、ファッションモンスターが雄叫びをあげた。


「あんずちゃーん、センスいーねー!それ私の自信作なんだよー!そのワンピースだったら下にボーダーのタイツを合わせるのがオススメッ!パンキッシュな感じが小悪魔っぽくていーでしょー!そーなるとシューズはストラップタイプのローファーかなッ!オシャレは足元でキマるのー!これでガーリーパーセンテージ限界突破だよー!!」


「あわわ…、あわわわ…」


 おい、あんずが怯えてるじゃねーか。こいつの口こそミシンで縫っとくべきだろ。ミシン貸せや。

 しかし流石というべきか、コーディネートは完璧だな。まだ着ていない段階でもバッチリ可愛く収まるのがひしひしと伝わる。それはあんずにも想像がつくみたいで、鼻の穴を大きくして興奮気味の様子だ。こりゃ実際に着たら確実にハイエースもんやでぇ…。そんな事考えてたら、衝撃的な事実を明らかにされた。


「このコーデなら、全部で貝500だねー」


「かいごひゃく……??」


「わかんないのー?値段だよ、ねー・だー・んー!」


 あああああああああッッッ!!!すっかり失念してたああッッ!そりゃそうだよ!金がいるよ金がぁッ!何でそんな事気づかなかったんだよ!バカか俺はッ!(バカでした)

 いや、待てよ…。ポケットに財布が……無いッ!何でだよッ!タバコは入ってたのに何で財布は無ぇんだよ!つーか何?かい…?貝っつった?貝で買い物すんの!?知らねーよそんなシステム!!

 待て待て…!考えろッ!考えろ俺ぇッ!こんな時こそ頭フル回転させるんだッ!!


「そうだ…ッ!おい、桃子!見てみろてぇ、あんずのこの可愛さ!こいつに着せれば良い宣伝になんぞ!だで、あんずとスポンサー契約を交わしてだなぁ……」


「何いってんのー?あんずちゃんの可愛さ差し引ーても、貝400!これ以上はマケらんないよー!」


「あ、頭金無しの36回払いで…ッ」


「貝もないのに何しに来たのー!?冷やかしならヨソでやってよねーッ!!」


 俺たちはつまみ出された。


「ちょっと待ってくれぇッ!あんずはパンツも履いてねぇんだわ!せめて下着だけでも恵んでくれぇッ!」


 それを聞くと桃子は、クマさんのアップリケが付いた女児用の下着を投げつけ、店の奥へ消えて行った。


「たくちゃん…、アタシあれ着れないんですかぁ…」


「……。とりあえずコレだけでも履いとけ…」


 あんずがクマさんパンツを黙って履いているその横で、俺は必死に打開策を考えていた。だが、貝を用いた売り買いのシステムと、金も無いのに買い物しようとしていた俺に驚愕の限りを尽くしていた為に何も案が浮かばずにいた。こういう時は一服でもして頭をリセットさせるんだ…。

 ポケットのタバコに手を伸ばした瞬間、更なる驚愕が俺を襲った。


「タバコが残り一本しか無ぇ……ッ」


 一体どこまで俺を追い詰めりゃ気が済むんだよ…ッ!声無き叫びが『ブティック』の前で木霊した。

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