第10話お買い物2

 どうやらこの先に、他の被行者が営んでいる『ブティック』があるそうだ。考えてみれば、あのレンジ女を除いて被行者に会うのはこれが初めてだ。どんな子だろう、真面な子だといいな、そんな期待を寄せつつあんずの方を見ると、まだ中身のある大徳利にご執心の様だった。

 俺よりも随分と年下に見える女の子が真昼間から酒をかっ食らうシュールさに面食らっていたら、さっきにも増してゴキゲンな彼女が手に持っているそれを差し出して来た。


「たくちゃんも飲みますー?お酒ッッ」


「俺はええわ、酒苦手だし…」


 俺たち被行者の元いた世界では、タバコに限らず酒やその他のドラッグも例外を除き、その多くが年齢の制限無しに解禁されていた。かつては世界中で規制や取締りが行われていたというコカイン、ヘロイン、LSD、エス、バツ…。16歳を迎える頃には一通り試した事はあったのだが、唯一ダメだったのがこの酒だ。


 好意で勧めてくれた酒を断ったせいで、あんずは少しむくれた顔を俺に見せた。何とか彼女の気を逸らせられないかと四苦八苦していた時、周りの空気とはそぐわない異様な出で立ちの建物を発見した。間違いない、あれが『ブティック』だろう。ここで一つ予言をしてみる、今から会うのは絶対変な奴だ。

 とにかくあんずの機嫌を直すきっかけになるかも知れないと思い、そこへと彼女を誘った。


「おぉっ!ここだここ。あんず、ようやっと服見れるぞ」


 ちょっと強引な形で、俺に背中を押されて店に入ったあんずだったが、一歩足を踏み入れるやいなや目の色を変えた。俺自身も、店内に飾られている服のクオリティーに気を取られてしまっていると、奥の方から声がした。


「あれ、お客さーん?いらっしゃーい。ようこそー」


 ここの主であろうその被行者は、結構派手目な女の子だった。こいつはギャル…、俺の苦手な人種だ…ッ!しかし、この子も俺と同じくワケの分からん世界に送られてきた、いわば同志じゃないか。妙な先入観は捨て去り、自ら歩み寄ろうと俺が口を開けかけたとたん、この女は見事なインターセプトをかましてきた。


「てゆーか何できみ上裸なのー?別にドレスコードがあるよーな所じゃないけどさー、最低限のモラルは守ってよー」


「うるせぇわッ!見りゃ分かんだろが!今こいつに服貸しとんだてぇッ!好きで半裸なワケねーがやッ!」


 ギャル特有の腹の立つ口調に思わず条件反射してしまった。しかし、上手い具合に状況の説明とあんずを紹介出来た事でスムーズに話が進んだ。


「あー、なーるっ。てゆーかこの子童子じゃなーい?それにきみも見ないかおだねー」


「幸か不幸か被行者に選ばれてまってよ、昨日こっちに来たんだわ。俺は今泉拓也な。ほんでこっちはお察しの通り、童子のあんずだ」


「ふーん、たくやくんとあんずちゃんねー。私は河合桃子だよー、よろしくねー。あんずちゃんもよろしくッ!」


 良くも悪くもギャルという人種はコミュニケーション能力が抜群に高い。その馴れ馴れしさがどうにも苦手なのだが、童子のあんずにもちゃんと挨拶してくれた事から人の良さを感じた。被行者として新参者の俺にとって話のしやすい良い人材なのかも知れない。

 滞り無く自己紹介が済んだので、早速本題に入らせてもらった。


「あんずは碌な服持っとらんくてよ、裸でおらせる訳にもいかんで何か着せたりたいんだわ」


「へー、そーなんだー」


 そう言うとギャルの桃子は膝をつき、あんずと目線の高さを合わせてこう訪ねた。


「あんずちゃん、服すきー?」


「あ、アタシは服を着た事がなくて…、あのぅ…」


「そーなんだー。じゃあ気に入るのが見つかるまで好きに見てっていーよー」


 なんて出来た人なんだ!初対面の得体の知れない子供相手に、完璧な対応じゃないか!これが徳の高さか!!それに比べて俺ときたら、こんな人を外見だけで判断するなんて何てケツの穴の小せぇ野郎なんだ…ッ!

 彼女との圧倒的な人間性の差にちょっと泣きそうになっていると、あんずが俺のジーンズを引っ張り何かを訴えて来た。何だ、俺のGOサインが必要なのか?俺はギャルの桃子を見習い、腰をかかげる事であんずと目線を合わせ、彼女に応えた。


「じゃあ、お言葉に甘えて見させてもらえ。酒は零したらいかんで俺が預かっとくわ」


「はいッッ!」


 百点の返事をして、あんずは店内を物色し始めた。その間に被行者の先輩として、桃子にご教授を願った。


「河合さん、色々聞きてぇ事があんだけど…」


「桃子でいーよー、たくやくん。私バカだからあんま答えられないかもー」


 初対面の女の子に対していきなり下の名前で呼ぶのはどうかと思ったのでワンクッション置いたのだが、そういう事なら遠慮なく桃子と呼ばせてもらおう。その桃子に最初に聞きたかったのは…。


「他の被行者って何やってんの?」


 俺の質問に桃子は少し考えている様子だった。確かに漠然とし過ぎていたかも知れない。しかし、俺に与えられているヒントは『何がしたいか』というキーワードだけだったので、これ以上的を得ている質問は出来なかったのだ。

 返ってきた彼女の回答も、また漠然としていたのも仕方の無い事だ。


「んー、みんな色々やってるよー。何してるって聞かれたら、好きなことしてるとしかー…」

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