第9話お買い物1

 あんずの寝座をあとにし、昨日二人で歩いて来た道を辿りながら街を目指していた。歩きながら楽しもうと持ってきた杏子の実に舌鼓を打ちつつ、目的地に到着する前に解決しておきたい問題を彼女に投げかけた。


「そいやぁさぁ、俺みたいな奴が普通に街に入っていいもんなの?すげー場違いな気がして昨日は入れんかったんだけど」


「それであんな所で襲われてたんですか。別に構わないと思いますよ。街にはミコトの方も大勢いらっしゃいますし」


 そうなの?俺が見た限りでは縄文人しかいなかったんだけどなぁ。しかし、他の被行者がいるっていうなら気が楽だ。色々話が聞けそうだし、何よりあのゲトー共の情報も仕入れたい。差し当っての目標は、俺をコケにしてくれた奴らに借りを利子付きで返す事だからな。

 鼻息荒く息巻いてはいたが、奴らが何故原チャリを持っていたか、何故ミコトの俺を襲って来たか分からない事は山ほどある。きっと他の被行者が絡んでるんだろうと予想はつくが、此方に来て間もない俺にとって一番大事なのは情報収集だ。そういった意味で、あんずの服を探しながら街を散策出来るのは結果として正解だったかも知れない。

 我ながらあっぱれな選択に自画自賛していると、街に到着した事を告げる声をあんずがあげた。


「たくちゃーん!つきましたよーッ!」


 昨日は遠目で良く見えていなかったが、藁葺きの家屋の他にも小さな露店の様なものが幾つか並んでいた。その多くは、山菜やキノコや木の実だったが、中には魚介類を置いている所もあった。それはこの付近に海がある事を意味していた。ここに来てまだ2日目の俺がこの世界の全貌を明らかにする日は物凄く遠いんじゃないかと途方に暮れはしたが、とりあえず食べ物には困らないなと、ポジティブな方に思考をシフトした。


「原始的で質素だけど、まぁ賑わっとるちゃ賑わっとるなぁ」


「アタシもたまにしか街に入らないんで、ちょっとワクワクしてます」


 そんなに楽しい場所とも思えないんだが、キラキラな笑顔で色んな物に目移りしているあんずとはぐれない様にだけ気を付けて街を回る事にした。

 露店の殆どは山から採ってきたと思われる物を置いていたが、明らかに栽培されたであろう野菜や米が少なからず存在した。この世界の文明レベルを馬鹿にしている訳ではないが、多少なりとも農耕の技術があるんだなと物思いに耽っていると、一際目立つ大きな物体が目に入った。


「何だ…これ」


 恐らく街の中心に位置する場所に小さなやぐらが建てられていて、その上にはどう見ても金属で出来た鐘の様な物が置かれていた。それは教科書なんかで見た事のある、よく日本の遺跡から出てくる『銅鐸』に酷似していた。


「あ、これは『コヨミ』ですね」


 俺の疑問にあんずが答えてくれた。こよみ…?こよみって暦の事か…?カレンダーとかの?これで日付が分かったりするのかな。これでぇ!?


「何するもんなの…?これ…」


「それは知りません」


 じゃあいいです。良く分からんもんに気を取られてる程ヒマじゃないからな。別に忙しくもねーけど。『コヨミ』の実態を明らかにしようとはせず、服探しを再開しようと歩みを進めた時、どこからか声がした。


「お、童子っこじゃねーか。寄ってけ寄ってけ」


 振り返ってみると、中年の男性が俺ではなくあんずを手招きしていた。彼女は何かを思い出した様に声の主の方へかけていった。その男性は、露店ではなく恐らく家屋と思われる建物の入口であぐらをかいていて、手招いたあんずに何かを手渡していた。その一部始終を見ていた俺に気づいた彼は、俺にも声をかけた。


「あんちゃんも寄ってきな!ん…、あんちゃんは童子…じゃねーよな…」


「あぁ、俺は童子じゃないです。ミコトです」


「ありゃ!ミコトさまでしたか!こりゃ失礼を…!どうぞ楽になすってくだせぇ!」


 普通のヒトはこういう反応するんだ。何かすげー敬わてる。やっぱりあのゲトー共の方がどうかしてんだな。奴らへの憎悪を再認識していると、この一連の出来事をあんずが説明してくれた。


「たくちゃん、見てください!お酒もらっちゃいましたーッ!ここのお家のヒトは時々お酒をくれるんですよーッ!」


「何でぇ童子っこ、おめぇミコトのお婿さんもらったのか!」


「おむこさんって何ですか?」


「ははっ!童子っこにゃ分かんねーか」


 めっちゃ仲良さそうじゃん。童子ってヒトから嫌われてるんじゃないの?っていうかこのオッサンはあんずが怖くねーの?

 この状況を把握し切れずにいた俺を諭す様に、男性は聞いてもいない事をベラベラと喋りだした。


「他のもんには仕来りだと言って黙認してもらってるんでやすが、ウチは代々童子に酒を配る血筋でして、そん代わりウチのもんは攫わねぇって事にしてもらってんでやさぁ」


 なるほどね。そうやって上手く童子と付き合ってきたのか。賢い処世術もあったもんだなと関心しながらあんずに視線を下ろすと、彼女は大きな徳利の様な口のすぼまった壺の中身をグビグビと飲み込んでいた。その姿を見て、幸せそうに…と思いつつ一つの疑問が浮かんだ。


「この酒はお宅で作っとるんですか?」


「いいえ。ウチには先祖から伝わる瓶がありましてね、中の酒がなくなるといつの間にか一杯になるんでさぁ」


「あぁ、そうですか…」


 もう何度も目にしたこの世界の有り得ない現象に慣れたつもりでいたが、流石に物理法則を無視するのは反則だろと、ぶつけ所の無い憤りを抱いていた。これなら電子レンジにお守りの方がまだ現実味があるわ。なめんな。

 少し頭を抱えつつ、これだけは聞いておこうと最後の質問をした。


「この辺りで服を置いてある様な所はないですか?」


「あぁ、それなら……」

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