第12話お買い物4
『困った事があったら、この神社に来なさい』
堂々巡りを繰り広げていた俺の頭の中に、美奈の言葉が突如舞い降りた。だが、この状況は彼女を頼っていい案件なのか、昨日の今日でもう助けを求めていいものなのか、っていうかあの女に相談とかしたく無ぇ…。と、躊躇していたが、ずっしりと肩を落とし額に縦線を滲ませているあんずを放ってはおけなかった。それよりも何よりも、タバコが切れた事は俺にとってこれ以上無い死活問題だった。背に腹は代えられない。俺はあんずを連れて神社に向かう事にした。
「おいッ!電子レンジ!!」
「美奈じゃ、ボケェ!!」
良かった、すぐ返事が返って来た。どうやら彼女は境内を掃除している様だった。俺が考えてやったせっかくのアダ名を拒絶しながら彼女は俺の方に睨みをきかせ、そして直ぐに顔を隠しこう言った。
「きゃッ!何であなた上裸なのよ!」
その指摘は今日だけで2回目であり、俺にしてみればどうでもいい事だったので無視してここに来た理由を述べた。
「こいつに服買ってやりたいんだけど、俺貝っていうの持っとらんくてさ。どうやったら貝が手に入るのか教えてまいたいんだわ」
「えっと、あなたは昨日の…今泉くんね」
少しの対面であったが、流石に昨日の事なので俺を覚えてくれていた様だ。俺の隣で未だ枯れない酒を楽しんでいるあんずにも気づき、彼女をまじまじと見つめながら美奈は続けた。
「童子なんか連れているの?変わってるわね」
「は、はじめまして。あんずです」
自分に視線が向けられた事を察知し、あんずは一度徳利から口を離して挨拶をした。そのあんずを見て状況を理解したのか、美奈は先ほどの俺の質問に答えてくれた。
「貝が無くて困ってるのね。そりゃ昨日来たばかりの君が持ってるわけ無いわよね。貝を入手する方法はいくつかあるわ。例えば何かを売ったりね。でも一番手っ取り早いのは、海に行って自分で取ってくる事じゃないかしら」
「海って近いの?」
「遠くはないわよ。丁度ここから北に続く道があって、それを真っ直ぐ進めば海に出られるわ」
目から鱗だった。言われてみれば貝なんて海に行けばいくらでも手に入るだろう。街で見た魚介類の存在を考えれば海への行き来は困難じゃない事は分かる。お金を得るには労働しなければいけないという固定概念を持っていた俺にとっては嬉しい誤算だった。しかし、その情報だけではまた何か失敗しそうだったので、重ねて質問した。
「貝って言っても色々種類があるがや。何でもええわけじゃねーだろ?」
「あら、結構勘が鋭いのね。貨幣として価値があるのはこういう貝よ」
そう言って美奈は、小さな貝殻を一つ差し出して来た。それは巻貝と呼ぶにはあまりにも単純な構造をしていて、しかしアサリやハマグリの様な二枚貝ではない、何となく可愛らしい形の物だった。波で磨かれたのか元々こういう性質なのか、表面はやたらとツルツルしていて光沢を放っていた。俺と同じく興味津々で貝殻を覗き込んでいたあんずが声を漏らした。
「きれい…」
「ふふッ、そうでしょう。頑張っていっぱい取ればお買い物できるわよ」
あんずの素直な感想に同調して言葉を被せた美奈の瞳は、聖母の様な優しさに溢れていた。その眼差しに、桃子とはまた違った高尚さを感じてしまった。危うくまた自分と比べる所だったが、そんな非生産的な行動は慎んだ方が良いと思い、俺はもう一つのトラブルの相談を持ちかけた。
「貝の事は解決したでええけど、まだ困った事があってさ。タバコが切れてまったんだわ。持っとったりしん?」
「タバコぉ??そんなの持ってるわけ……、あ。ちょっと待ってて」
何か思い出した様子で社の中に消えていった美奈を見て、喫煙生活を維持出来る可能性が高まり、期待に胸を膨らませた。
ふと気付いたのだが、美奈の居住スペースも兼ねているのだろうここの社は、丁寧に建造された物だった。桃子の店もしっかりとした造りになっていた事を思い出し、この世界に建築技術が存在している事を理解した。だとすると、何故ヒトの暮らす家屋はあんなにも稚拙な物なのだろう。新たに仲間入りした疑問を歓迎出来ないでいると、美奈が社から出てきた。
「これ、他の被行者の子が奉納したものなんだけど、私にはタバコにしか見えないのよね」
彼女のいう通り、タバコの様な物が木の箱にぎっしり詰まっていた。一本取り出してみると、それは市販されているタバコに比べると随分質の低い巻き方をしていた。きっとこれは手で巻いた物だろう。少し興味が沸き、匂いを嗅いでみる事にした。それは鼻の奥に突き刺さる様な強い匂いだったが、不快感を覚えるものでは無かった。
「何なんだろ、これ。まぁええか。いっぺん吸ってみよ」
火をかざし、おもむろに吸い込んだ煙は俺の喉に強烈な刺激を与えた。ヤバイ。咳が止まらねえ…。
暫らく止まらなかった咳も次第に消えて行き、俺の身体は平常を取り戻していた。こいつはあまり勢い良く吸ってはいけない事を学習しながら、タバコとは全く違う『違和感』を感じていた。
「確かそれ『カナビス』っていうらしいわ。私には必要無いからあげるわよ、それ」
「たくちゃん!そっちの方がいい匂いですよ!」
あんずもこれの香りを気に入った様子だし、ビスケットカンパニーみたいな名前のこいつをありがたく頂戴する事にした。何だか良く分からん物だけど、何も無いよりマシだしね。
美奈のご好意に礼を言うと、彼女は突然こんな事を聞いてきた。
「今泉くん、あなた寝る場所とかどうするつもり?」
「あんま考えてねーなぁ。昨日はあんずの寝座に泊めてもらったけど」
「もし決まってないなら、海岸に今は使われてない多々良場があるわ。そこなら自由に使っていいわよ」
行きがけの駄賃にしては大きすぎる有益な情報まで貰ってしまったので、改めて彼女に礼を言い、神社から北へ伸びる道をあんずと二人歩き始めた。
「もし多々良場ってのが快適だったらそこに住んでまう?」
「アタシは全然いいですよ。あ、でもそれなら荷物だけ持ってこないとですね」
美奈から頂いた『カナビス』を吹かしながら、あんずとそんな話をしていると、吹き抜ける風に混じった潮の匂いが少しだけ俺の鼻腔をくすぐった。
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