第4話神の力2

 神社をあとにした俺は街へ向かうことにした。これ以上あの女の与太話に付き合う気はなかったから。

 しかし彼女は有益な情報も与えてくれた。この世界にはたくさんの被行者がいる事、時間の流れが今までと違う事、俺たちとは違った存在の『ヒト』がいる事、それ以外の存在もいる事、困った事があればあの神社に行く事…。

 彼女の言葉を思いだしながら、ポケットから取り出したタバコに火を着けた時に気づいた。


 何故タバコを持っている?確か病院で最期に着ていたのは、浴衣みたいな患者着だったはずだ。

 なのに今は、白黒のボーダーシャツに517のジーンズ、レッドウィングのレースアップブーツを履いている。

 そう、これは俺のお気に入りの一張羅だ。こんな服の指定なんか誰にもしてないぞ。一体どうやってこれに着替えさせられたんだ?

 そんな疑問が脳裏を横切った時、あのクソヤブ医者との会話を思い出した。


『徳の高さなんかどうやって調べるんですか?』


『何言ってんの?見られてるに決まってんじゃん』


 見られてる?誰に?そんなのもう分かりきった事じゃねーか。


「うわぁ…マジかぁ…。でらヤベーがや…」


 もうこれまでの常識は通用しない事を強く痛感した。その上で、この世界で俺は何をするのか…。いや、違う。何がしたいのか。その答えは急を要さない事は何となく分かっていた。

 まぁ、ボチボチやってこまい。そうほくそ笑みながらタバコを吸い終わると、街が姿を現した。


 今しがた歩いて来た道を良く見ておくんだった。そうすれば気づいたかも知れない、ここの文明の具合に。

 まだ常識に捕らわれていたのか、想像力が足りなかったのか、街を目にして言葉を失った。

 赤土がむき出しの未舗装の道。軒並み低い藁葺き屋根の建物。行き交うヒトの簡素な衣装。


「え…、なにコレ。縄文時代…?」


 こんな中で俺のこの格好……、めっちゃ浮くやんけ!!

 ヤバイ。街には入れない、少なくとも一人では!

 そうだ、他の被行者を探そう。きっと同じように目立つ格好をしてるはずだ。もしかしたら向こうから見つけてくれる事もあるかも知れない。

 俺は街を周りから注意深く観察した。他の被行者…他の被行者…他の被行者……。

 夢中になっていたせいで、背後の気配に全く気づいていなかった。


「変な格好してんな。『ミコト』か?お前」


「山野クンがイキった『ミコト』ならボコっていいって言ってたし、やっちゃう?」


 確実に友好的ではない台詞が俺の後ろから飛んできた。慌てて振り返って目にした光景は、またもや俺から言葉を奪った。

 ついさっき見た街の様子は縄文時代そのものだったのに、俺に敵意を向けている二人組のこいつらは明らかに原チャリに跨っている。やっぱり俺は想像力が足りてなかった。こいつらを見るまで「あ~、俺はタイムスリップさせられたのかぁ」とか思っていた。でもそんなんじゃなかった!そんな甘くなかった!

 あんぐり口を開けて間抜け面を晒すしか出来ない俺を見て、奴らは敵意を行動で示した。


「ビビってんのか!ミコトならちったぁ根性みせろやぁッ!!」


「おぉ!やっちまえやっちまえ!」


 原チャリのケツに乗ってた奴が棒状の物を振りかぶりながら降りてきた。もう一人はメーター部分に肘をかけそいつを囃し立てている。

 このままじゃやられる!そう直感し、無様に逃げ出す以外選択肢がなかった俺は、奴らから見て後ろの方向に走り出した。

 奴らはもちろん俺を追いかけてくる。原チャリのセルを回し、上手く踵を返して俺の背中を捉えた。ついてねーなぁ、最初の出来事がこれかよ…。もうボコられる事を受け入れようとした俺の覚悟とは裏腹に、グシャッと鈍い音がした。


「うぅぅ……、いってぇ…」


「ち、ちくしょう…、何なんだ…」


 原チャリは横腹を見せ、後輪がカラカラと空回りするその脇で、奴らが踞っていた。

 何が起こったかは明白だった。俺は運良く助けられたのだ。

 俺の窮地を救ってくれた恩人は、救世主と呼ぶにはあまりにも頼りないくらいの寸尺で、しかし文字通り救いの手となったその腕は奴らに大きなダメージを与えた事を物語っていた。

 その救世主は痛みに耐えている奴らを見下ろし、こう言い放った。


「二人掛りで一人を襲うとか、恥ずかしくないんですか?」


 その言葉に不服を感じたのだろう、奴らは鋭い眼光を救世主に向けた。

 人を見るなり襲ってきた輩だ、きっとこの子にも危害を加えようとするのではないか。そんな俺の心配は無用な物に終わった。


「ヤッベ…『童子』だ!」


「おいッ!ズラかろうぜ…ッ!」


 さっきまで俺の大ピンチを演出してくれた阿呆どもは、この小さな影を見た瞬間尻尾を巻いて逃げていった。その理由も気になるが、先ずは危機を救ってくれた事に礼を言おう。


「いやぁ、マジでありがとう。助かったわ」


「いえ、別にお気になさらず」


 謙遜気味にそう言いながら振り返った俺のメシアは、まだあどけなさを残しながらも整った顔立ちをしていて、その美しさに息を飲んだのも束の間、それとは対極にあるみすぼらしさを全身から醸し出しているのを感じさせた。

 街の人々やさっきの輩が着ていたのは、ちゃんと縫製されたとは言えないまでもそれなりに服としての体を保った物だった。しかしこの子が纏っているのはどう見てもただの黒いボロ布だ。何か訳でもあるのだろうか、まぁその追求はお節介以外の何者でもないし、この子に対して失礼だろう。俺はあのウンコヤブ医者とは違う。

 我ながら良くできた気遣いに自己満足を覚えていると、メシアも俺の異様さに気付いた。


「あなた、もしかしてミコトですか?」


 また出た。『ミコト』という単語。


「多分そうだと思うんだけど…。ミコトって何?」


「ミコトとは、この世に現れて不思議な事をしでかすヒト成らざる人ですね。この辺りはゲトーと呼ばれるあの二人組の様な者がウロウロしています。彼奴等を率いているのもミコトという話ですね」


 俺の予想は的中した。きっと『ミコト』というのは『被行者』の事だ。そいつらが好き勝手やった結果が原チャリ乗り回す縄文人なの?何をどうしたらそーなるんだよッ!!


 〝大事なのは『何をするか』ではなく『何がしたいか』だから"


 あー…、そういう事…。納得は出来ないけど理解はしたぞ。もう何があっても驚いたりしねーわ。

 そう気負っていれば大抵の事は受け入れられる。だからついでに聞いてみた。


「じゃあ『童子』っていうのは…」


「いわゆる『鬼』ですね」


 俺の眼球は宙を舞った。

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