水芭蕉編
第3話神の力1
左手が冷たい。
さっきまでが頭の中で跳ねたみたいだ。朧ろげな意識を寸での所で保っていた。
次第に五感が機能し始めている事に気づいたのは、水の流れる音を耳にしたからだ。
そうか、この水がかかってるから冷たいんだ。それを確かめようと目を開けると、石で出来た大きな鉢が見えた。
これには見覚えがある。なんだっけ。やっとの思いで回した頭を誰かの声が邪魔した。
「うっわ!また来てる」
女の声だ。多分俺にかけられた言葉だろう。『来てる』?俺が?何処に?
…そうだ!俺は来たんだ!新しい世界に!!
朦朧としていた意識の中で何かが一直線で繋がり、俺は飛び起きた。
俺の目に飛び込んで来たのは、生い茂る木々と強い日差し、そして朱色の鳥居だった。
ここは神社なのだろう。俺の左手を冷やしていた水が流れているのは手水鉢だ。
予想が確信に変わり、それを裏付けたのは先ほどの声の主だった。
初詣とかでよく見る巫女装束を着た女の子がそこにいた。
「あなた新入りね。大丈夫?立てる?」
「俺は…ちゃんと来られたんか…」
俺を心配してくれた彼女の言葉に返答は出来ず、現状の把握を優先した。
まだ頭はシャッキリしていない。最期の記憶は、あのクソ医者にツッコミを入れようとした事だ。
何に対してツッコんだ?そう、確か……
『神の力を借りる』
あぁ、そうか…。
「だで神社なのか…」
納得がいった。
ベッドを囲んだ麻縄、それに付いてたヒラヒラ、神職っぽい人…。
最期に見た光景が、今見ている景色とリンクした。
きっと左手が手水鉢に浸かってるのも、薬を投与する注射針を左腕に刺したからなんだろう。
今まで培ってきた俺の常識では考えられない事を体験してしまった。
「神の力とか…マジかて…」
「何が起きたか察したようね。気付け代わりに顔でも洗ったら?」
そうさせてもらおう。丁度手元にある鉢には清水が溢れている。水の冷たさも申し分ない。
2~3回顔を洗い、頭もスッキリした所で漸く彼女と真面な会話ができる様になった。
「あなた、手水政策の被行者でしょ?私もそうなの。私は『美奈』この神社のお世話をしてるわ」
美奈と名乗る少女は、長い黒髪を右手で耳にかけながら自己紹介をしてくれた。
俺も名を名乗らねばなるまい。ついでに色々質問してみよう。
「俺は拓也だ。今泉拓也。ここって何なの?現実じゃねーの?」
「そうね、あなたがさっきまでいた現実とは違うけど、此方に来てしまった以上今のここがあなたの現実よ。今泉くん」
彼女の回答は的を得なかったが、夢や幻では無いというのが伝わってきた。
続けざまに質問する。
「で、ここに飛ばされて俺は何すりゃーいいんだて。何かやらなかん事でもあるの?」
「さあ?それはあなた次第じゃないかしら。大事なのは『何をするか』ではなく『何がしたいか』だから」
何で抽象的な言い回ししかしないんだこの女は。
そう思ったけど俺の質問もフワフワしたもんだし、人の事言えないか。
ただ、これだけはハッキリさせておきたい。
「神の力って何だて。つーか、神って本当におるの?」
「おかしな事を聞くのね。たった今その身で受けたというのに…」
俺は別に神否定派ではない。そういう存在がいてもいいと思ってる。
ただ、他の人が信じているような万能な力があるとは考えていない。もっと役立たずなものだと思ってる。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、美奈は語りだした。
「神の力とか奇跡っていうのはものすごく身近にありふれているのよ。例えばあなた、電子レンジの中身って見たことある?」
突拍子もない話なだけに反応は出来なかったが、すごく興味を惹かれる話だ。
無言で息を呑む俺を横目に、彼女は続けた。
「ボタン一つで食べ物が温まる電子レンジ…。あなたは不思議に思わない?一体どんな理屈なのか、と。
それ以外にも、自動で衣類を洗ってくれる洗濯機、室温を調節してくれるエアコン、映像が映し出されるテレビ…。」
確かに理屈を聞かれても答えられない。機械にはそんな詳しくないからな。
「当たり前の様に普段使っていた家電は、その便利さにごまかされた本当の姿を誰にも知られていないのよ。
よく考えてみて?普通指先一つでこんな魔法みたいな事ができると思う?これを神の奇跡と呼ばず何と呼ぶのかしら?」
ん?んん??
「気になった私は、恐る恐るレンジの裏蓋を開けてみたの…。もちろん中身はたくさんの機械が埋め込まれてると思っていたわ。でもそこには……」
ゴクッ…
「小さなお守りが一つ置かれているだけだったのッッ!!!」
「ウソこけやボけェェ!!!」
俺は激怒した。
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