生を啄む死神の様に


「久方ぶりでは無いか、我が怨敵よ」



 涼しげで可憐、かつ美しくありながら、芯が通った力強い声音。

 耳心地よい音色を放つ白髪の少女は、手袋に包まれたその手で一振りの軍刀を握っていた。

 ここは、例のトーナメント開催地目前の、とある市街地。

 

 その深紅の瞳が射ぬく先には、平凡な街並みには明らかに不自然なうごめく巨体。

 翡翠色の竜鱗が、降り注ぐ陽光に反射して煌めく。

 その胴体には、二本の首と二つの頭部が据わっている。


 周囲には、阿鼻叫喚の喧騒と、焦燥感が声色から伝わってくる避難誘導と警報。

 雑音と怒号、悲鳴と絶叫が入り交じるこの世の地獄のなか、彼女の周りだけが、しんと静まり返っているようだった。



「まさか、このような場所に赴いてまで、まみえる事になろうとは…… な」



 翠の肢体を唸らせて、少女を睥睨する暴力の権化。

 人間だった頃の少女の、片腕を失うことの原因となった怪物。



 ―――――「一瞬にして悠久の時を生ける叡龍ウロボロス



 翡翠の龍は、少女―――――ダリアを視界に捉えた途端、猛虎の如き勢いで飛び掛かった。

 その圧倒的質量で、圧死させるつもりだったのだろう。

 振り上げた前肢は爪を突き立てる訳でもなく、ただ地面を踏み抜いただけだった。

 だが、そんな幼稚な攻撃でも、龍は龍。

 当たればひとたまりもない。


 そう、である。



「ウロボロスよ、なんだその短絡的な攻撃は… もはや攻撃と言うのも烏滸がましいくらいだ」 



 アスファルトを抉った大樹のような巨腕。

 その手の甲に片足を乗せて、そう言い放つ少女の姿があった。


 ウロボロスは驚愕した、神をも超越する力を持った自身の初撃を、己が理解できないなにかで防がれたのだ。

 

 まあ、ダリアにしてみれば単純な話。

 その場から1歩下がって、降り下ろされた前肢を足で抑え付けただけである。

 非常に簡単―――――ダリアであれば、だが。



「生前、姿を見るだけで総毛立つ程に恐ろしかったのだが…… もはや只の蜥蜴畜生風情ということか。余としては、些か残念極まりないのだが… 弱肉強食、これもまた世の摂理、甘んじて受け入れよう」 



 龍の足元から飛び退き、かの巨体から十数メートルほど間合いをとる。


 ダリアが着地した瞬間、ウロボロスは右の前足を振り上げ、今度は爪を降り下ろした。

 視界の左側から迫るプレッシャー横目で確認し、足をひとつ打ち鳴らした。



 途端、ダリアの左前方にあるアスファルトがボコリと盛り上がり、天を穿つ勢いで壁を作った。龍の爪は、分厚いアスファルトの壁にめり込んで停止する。



「大地魔法のアースクエイクだが、効果は有ったようだ」



 続いて、軍刀を持っていない左の手のひらを中空に持ち上げ、指を鳴らした。

 パチンと乾いた音がした瞬間、何処からともなく巨大なバルディッシュが手元に現れた。


 顕現した戦斧を長く持ち、振りかぶって投擲。

 その華奢な腕から放たれたとは思えない轟音。

 空を切り裂く禍々しい刃が、狙いを付けたようにウロボロスの鼻先に飛翔する。

 

 だが、そこはウロボロス。

 放たれたバルディッシュを軽くいなし、もう一度ダリアを睨む―――――



「ッ!?」



 ことは出来なかった。

 先程まで彼女が立っていた場所にダリアはもういなかった。

 ウロボロスは慌てて周囲を見回す。

 だが、どこにもいない。


 どこだ、どこに奴はいる?

 

 焦燥、逃げたとは思えない。

 そして、混乱するウロボロスの耳に聞こえた声は………



「背中が留守だぞ? ウロボロスよ」



 自身の頭上であった。

 慌てて、声のした方へ顔を向ける。

 

 そこにいたのは、背後に幾百の槍を従えた、ダリアだった。

 蒼天を背景に立ち並ぶ純銀の十字槍は、その一本一本がすべて国宝レベル。

 その有象無象の刃の中央で、右の手を真っ直ぐと上げている。


 やがて彼女は、砲撃を指示する指揮官のように、その手を降り下ろした。



「混成魔法、堕ちる大空フォールン・スカイ

 


 それを皮切りに、さながら津波の如く銀槍が降り注ぐ。

 ウロボロスが見た最後の光景は、煌めく刃の銀に染まった、己を殺す空だった。

 






「ふむ、重力魔法と【軍神の武器庫】の混成魔法…… 何事も試してみるモノだな」



 地面へ無数に突き立った槍は、既に帰還させている。

 あるのは蜂の巣になったウロボロスの亡骸と、破損した街の残骸。

 

 しばらくそこで待機していると、彼女のもとへ数人の青い服を着た男たちがやって来た。

 焦りきった顔でこちらとウロボロスを交互に見ており、なにやらよく分からない言葉を話している。


 これは好都合。

 

 そう考え、



「ああ、貴殿らよ。エントリー会場とやらはどこだ?」



 声を掛けた。

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