第2話

夜闇に嗤うこの金髪の少女は何者か――まずはそこから掴む必要がある。次に自分の傷がなぜ治癒したかについて問おう。

恭介はそう考えた。

「何者だ、君は」恭介ははっきりと問うた。

「何者と訊かれてもなぁ……しいて言うなら、そうさなぁ」

少女はどこかはぐらかすような、というよりおどけた口調で答える。

「吸血鬼、かの」


瞬間、恭介の頭に無数の疑問符が浮かんだ。

「おい、こっちは本気で聞いてるんだぞ」

「ほう、余が戯れ言を申すと」

それなら――、と少女は続ける。

「身を持って知るがいい」


その言葉と共に、少女の手から今まで存在しなかった朱槍が躍り出た。

「――ッ!??」

恭介は息を詰まらせる。呼吸が出来ない。それもそのはず、朱槍の穂先が捉えたのは、恭介の脇腹であった。


血塗れの床を見て、思わず卒倒しそうになる。

「ああああああああああああ!!!??」

痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――!??恭介は今まで味わったことのない痛みの前に、狂ったようにのた打ち回る。

「少々落ち着くがいい、小僧」

少女の凛とした声が通る。それに伴って深呼吸をすると、少し痛みが和らぐ――呼吸が出来るようになった?何故?


恭介の怪訝な顔を見て悟ったか、少女は笑んで語る。

「率直に言うと小僧、そなたは既に人間ではない。吸血鬼だ」




少女は吸血鬼らしい。それも他者に吸血鬼にされたのではなく、自分から吸血鬼になった、いわば「真祖」と呼ばれる上位種と言う。

13人の真祖が、恨み、憎み、殺し合う戦――「十三争乱」とやらにこの少女も参加しているという。勝ち残った者には眠らざる者達の皇たる「吸血皇」の座が与えられ、神に近い存在へと成る――



「……それで?俺は別に望んで吸血鬼になったわけじゃないからその真祖とやらじゃないんだろう?じゃあ何なんだよ」

「そなたは余――真祖に仕える下位吸血鬼である『眷属』だ。先ほどの男に殺されたそなたを余が吸血して眷属として蘇生させた」


もう訳がわからない。ただ、現に恭介の胸と脇腹の傷はあっという間に治癒した。ゆえに自分の体が既に人間のそれではない事は混乱した恭介にも理解できた。


「今後そなたには『十三争乱』を余と戦い抜いてもらう」


更に来た。理不尽に次ぐ理不尽。

「馬鹿言えよ!急に『お前今日から吸血鬼な。はい殺し合い開始』って言われて納得いくわけ無いだろ!」

まだ自分の中での整理がついていない中で、いきなり吸血鬼達の同族殺しに付き合わされるなど言語道断だ。


「そうか、しかしな、余もこの狂った戦には飽き飽きしておる」

少女は意外にも消極的な台詞を吐いた。

「王の座などに興味はないが、なにぶん他の真祖共が襲ってくる故戦わないわけにはいかぬ。それはそなたも同じことよ。眷属からまずは倒そうと考える者も当然出ような」


つまり――

「俺が戦う意思を見せなくても向こうから襲ってくる、という事か?」

その通り、と少女。

恭介としては、化物共の戦いに参加など願い下げだが、相手から襲ってくるというのなら心構えはしておいたほうがよさそうだ。


「分かった、急に戦えと言われても無理だが襲われる心構えくらいはしておくよ」

「よかろう、これでそなたは余の眷属だ」

少女は嗤わずにくすりと笑った。月夜に金髪が照らされて彼女の紅い瞳が煌めく。


で、折に小僧。と少女が切り出す。

「冬に神社住まいは流石に冷えるゆえそなたの家に泊めてはくれぬか……?影の中に潜めば家の者にも発覚せぬから」

そんな事を涙目で懇願する真祖の吸血鬼。なんだか恭介もおかしくなってつい笑った。

「――っ、何がおかしい!!」

「いや、何も。いいよ、母にもバレないなら別に。……そういや名前は?」

余か……と少女は考える素振りを見せる。自分の名前なのに思い出せないのかと恭介は疑問に思う。

「フェルスト……そう!余はフェルストという!よろしく頼むぞ眷属!」

恭介は訝しんだが、考えるのをやめて自らも名乗った。

「俺は八剱恭介。よろしくな」





次の朝が来た。恭介はやたら目に日光が刺さると金髪の少女――フェルストに指摘した。

彼女曰く「通常の眷属なら日光で死ぬが、真祖――それも余と契約パスを結んでいる故日光に対する耐性も引き継いでいるのだ」

との事。

吸血鬼の弱点は日光とか聖水とか、十字架と思われるが、既に日光は真祖には効かないそうで。

(そもそもフィクション世界の吸血鬼基準で考えたらダメなんだろうな)


日課の素振りを手早く済ませ、今日も今日とて恭介は登校する。




最初こそ日光に嫌悪感を覚えたが、昼ごろには完全に人間の時と同じような感じだった。

慣れだろうか。

昼休みなので恭介は弁当を食べようと口に運ぶ――運んだ。


刹那。

「……!?トイレっ……」

嘔吐感。むせ返るような、湧き上がる不快感。恭介は近くのトイレに駆け込んだ。

「ハァ……ッ!ハァ……」

吐いた。五体満足大健康のはずなのに。


――そんなわけ無いだろう?

心の声が聞こえる気がした。

――健康?馬鹿言え俺は――

「吸血鬼……だからか……?」


まさか血しか飲めないのでは――?そんな疑問が首をもたげる。風邪の時に食事がまずくなるあの感覚を100倍、1000倍にもしたような拒絶反応。


「そう、それが吸血鬼になるという事」

若い男の軽薄そうな声。聞き覚えがない。

恭介は振り返る――そして見た。

「お前は……!」


昨日フェルストと相対していた男。槍を構えるフェルストに対して短剣を持ち、あろうことか

「俺を殺した男……!」

フェルストがいなければこの男ともう一度まみえる事はついぞ無かっただろう。短刀を投げ、恭介の胸に突き刺して殺した、おそらく真祖の吸血鬼であろう男。


「今日はお前に会いに来たんだよ」

男が口を開く。そもそも校舎内、それもトイレの中にどうやって入り込んで来たのだろうか。


「あの槍女が眷属を召し抱えたと聞いてなぁ。どんな奴かと思ってたらお前とはな、クソガキ」

男の瞳に宿るは、明確な殺意。

「アイツを殺すには、まずは眷属のお前からが定石と思ってね。一度ならずとも二度殺してやるよ」

(まさかこんなに早く襲われるとは――!!)

恭介は踵を返し逃げようとするも、

「おっと」

男が小刀を一閃し、首を裂いた。恭介は虚しくも鮮血の花を咲かせてその場で倒れ込む。

「一旦着いてきてもらおう、吸血鬼が本領を発揮できる光の届かない場所へ」

恭介は荷物のように担がれて、窓から脱出する男の肩の上で意識を失った。

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