Mirror
どんぶり
第1話
兵士は見た。あの悪鬼のような敵将を。自国の防衛の為に前線へと出陣し、次々と敵兵を処刑する、かの王を。
辺り一面が死体の丘と化した。幾つもの同胞が殺された、槍の丘。
兵士はゆっくりと目を閉じて、悪魔へと首を委ねた。
高校生、八剱恭介の朝は早い。
と、いうのも彼にはある日課がある。
「よし、今日はこんなもんか」
恭介は一振りの竹刀を置き息を吐いた。そう、彼の日課は竹刀の素振りである。
6年間欠かさず行ってきた朝の日課を終えると、恭介はスクールバッグを手に取った。
学校がある日だろうとお構いなしに、正面素振りを毎日100本はやってのける。
恭介は先程まで運動していたとは思えないほど軽々しく自転車へ跨り、学校へと向かった。
学校の授業は平凡である。何の変化も無ければ起伏もない。まぁ悪くはないが良くもない生活だ。
ごく自然に友達と話し、ごく自然にノートに板書を書き連ねる。
そんな事をしている間に例のごとく授業終了のチャイムが鳴り響く。
『放課後の時間です。生徒は部活動に行くか、帰宅してください』
剣道部に入ってはいるが、どうにもあそこは居心地の悪い。いわゆる幽霊部員である。
「恭介ー、お前帰んないの?」
「ん?あぁ、帰るよ」
と、まぁこの具合にいつもの如く友人――加藤真吾と帰路に着くのであった。
「うう、さぶっ!」
「そりゃ当たり前だろうよ、もう2月だぞ2月」
加藤はもう2月だというのにマフラーも手袋も着けておらず、制服オンリーといった態である。
外は流石に底冷えして、まだそう遅くはないはずだが日はすっかり落ちている。
「そういやさ、お前大学行くの?」
加藤がおもむろに訊いてきた。まぁ行くんじゃないかな普通科だし。
「将来何するかなんて考えてないしな」
とだけ恭介は答えた。そっかー、そうだよなと加藤は繰り返す。
「俺も多分行くけどな、将来何していいかなんてよく分かんないよなぶっちゃけ」
あぁ、その通りだ。恭介は頷きそう思う。将来は未定。起伏の無い生活の中で自然と何を為すべきか決まって、なんだかんだで結婚して家庭を持つのだろう。
加藤と別れて恭介は家に向かった。すっかり夜だなとしみじみと思って近所の小さい神社を曲がろう――。
「ん?」
なにやら聞こえる。金属音、だろうか?さながら刃同士が擦れ合うかのような、小気味良い音。
不穏に思って恭介は神社へと入っていった。
――刹那。
突き刺さる。何が?どこに?思考がオーバーヒートを起こすなか、恭介は鳥居の前に倒れ込む。
胸が熱い。もしやと思い、胸をまさぐる。痛みが脳髄へと駆け巡る気がした。
――血。
真っ赤な、それこそ「鮮血」と呼ぶに相応しい煌々と月明かりに照らされる血液が手にこびりつく。
更に包丁――否、小刀だ。現代日本では凶器として使われる事などまず無いような古風な武器。
(俺、死ぬのかな)
そんな事をつい思ってしまった。こんな唐突に、尋常じゃない殺され方で死ぬのだろうか。
最期に殺した相手くらい見ておこうと、恭介は口元を攣り上げて前を見た。
若い男と少女が、小刀と槍を持って相対している?
そんな馬鹿げた光景が恭介の目の前に飛び込んできた。ドラマの撮影?だとしたら、とめどなく胸から溢れ出る血液は何なんだ。
男が何やら言い残して去っていった。何を行っているかは朧気な意識では聞き取れなかった。
痴情の縺れか……?んなアホな。それでは巻き込まれる道理が付かない。
恭介は何がなんやら思考が追いつかない中、残されたその少女を仰ぎ見た。
月光に照らされる長い金髪。白い肌。それとは対照的な黒いドレス。頭から爪先まで日本人離れした見た目をしたその少女の双眸は――真紅だった。
その瞬間、八剱恭介の意識は完全に
目を覚ました恭介は、先ほどの金髪の少女が隣で座っているのに気づいた。
介抱してくれたのだろうか。そんなことを思いつつ、恭介は身体を起こした――。
のだが。
「傷が、無い?」
あれだけ深々と刺し抉られていた刃物傷が、これっぽっちも見当たらない。しかしまだ異物感は存在することが先ほどの出来事が現実だということの証左だ。
「動くではない。傷が癒えぬぞ」
金髪の少女は高い声とは裏腹に尊大かつ時代がかった口調で口を開く。
まずこの少女は何者なのだろうか。
「おはよう眷属。夜の世界へようこそ」
少女は金色の髪をはためかせ、夜闇に嗤った。
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