最終話 愛してます。死んでください。

「超・必・殺! ファイナルブリザードデストる、ろ、ロイヤー……えーっと……アルき、ティ、ティメットハリケーンストーームッ!!」


 あり得ないくらいダサいポーズの後に仰々しく両手を突き出し、ちょっと何言ってるか分からない詠唱らしき何かを口走ると、薊の両手から無数の氷柱が螺旋を描きながら高速で射出される。

 手にした戦斧で大木をなぎ倒しながら地響きを立てて迫りくる牛頭人身の怪物――ミノタウロスは、二メートルを優に超える巨体をあっけなく貫かれ、木々を震わせる大音量の咆哮をあげて地に伏した。

 一度で二体を仕留めた薊は、イラっとするキザな仕草で青く変色した髪をかきあげ、澄ました声で蓮実に話しかける。


「菜乃花、見た? 見た? どうよ、すごくね? マジヤバくね? めちゃくちゃカッコよくね? 惚れた? 惚れ直した?」


 対する蓮実は、後ろ回し蹴りでミノタウロスを紙切れのごとく吹き飛ばしながら、心の底から鬱陶しそうに言葉を返す。


「ものすっごい噛んでたじゃない。自分で考えたんだからスっと言いなさいよ。そもそも意味分かんないし、無駄に長いし、全っ然カッコ良くないから。黙って戦えないのアンタ?」


 痛烈なツッコミを受けて、目にも止まらぬ神速のアッパーカットを食らったミノタウロスと同じように上体を仰け反らせてぶっ倒れそうになる薊。


「ぐっ……な、何でわっかんねーかなぁ……。つか、お前みたいに無言で無双してっとこええよ、逆に。『おりゃー』とか『とあーっ』とか言えよ、せめて……」

「あーもう、うるっさい! 気が散るでしょうが!」


 事前情報によると百体を超えるミノタウロスが潜む暗い森の中、微塵も臆することがない……どころか漫才を繰り広げる二人を、俺は回復役として少し離れた場所から呆れつつ見守る。

 前世が超天才イケメン氷魔術師(自称)の薊。

 前世が脳筋バーサク鬼(薊曰く)の蓮実。

 薊が聞くに耐えないアホっぽくて痛々しい魔法の名を高々と叫ぶたびに。

 蓮実が額に生えた小さな角で突き刺すように猪突猛進するたびに。

 四方からわらわらと姿を現すミノタウロスが、何もできずにバタバタとなぎ倒されていく。

 傍目にはふざけ合ってて危なっかしいことこの上ないが、薊も蓮水も戦闘においては島で屈指の実力者だけあって、この分だと俺の出番はないのではなかろうか。


「ネムちゃーん! お願い、さっさとやっちゃってーっ。ちまちま倒しててもキリがないし、このバカがホンットうざい!」


 にやにやと微笑ましく二人の様子を眺めていたネムを、辟易と苛立ちが混在した声で蓮水が呼ぶ。


「あはは、やっぱり櫻井さんと蓮実さんって理想の恋人同士って感じですねー。せんぱいもそう思いません?」

「あれがか? 冗談だろ? 蓮実、普通にキレてるんだけど……」

「照れてるんですよー、分かってないですねーせんぱい。私達もちょっと二人の真似してみませんか? きっと楽しいですよー?」

「いや、無理。薊の真似するなんてただの罰ゲームだろ。たしかに、あのレベルに達したらある意味楽しいかもしれんが、生理的に無理。死にたくなる」

「ツツジー! 聞こえてんだけどーー! お前、俺様の究極最強魔法で氷漬けにしてやるぞコラーー!」

「っていうか早くしてーーーーっ!!」


 騒ぐ薊、嘆く蓮実、笑うネム、呆れる俺。

 不覚にも能天気な連中に感化されて油断していると、当然ながらミノタウロスはギャーギャー騒ぐ俺達の元へ徐々に結集しつつあった。

 薊と蓮実でも流石に捌ききれず、森林火災を起こすわけにもいかないため自衛もままならない俺は慌ててネムの肩を揺らす。


「お、おい、思ったよりヤバイぞ。大丈夫かネム? やれそうか?」

「だーいじょーぶです。この辺りはたーっくさんいるみたいですからー」


 相変わらず危機感ゼロで鼻歌交じりのネムには、荒い鼻息を吹き付けながら行進する凶悪なミノタウロスなどまるで眼中にない。

 胃が痛くなる俺をよそに、ネムはしゃがみこんで足元に咲く小さな野花をのんびりと愛でながら口ずさむように囁いた。


「さあ、みんな起きてください。たまには運動しないと体に悪いですよぉ?」


 突如、そこかしこの地面がボコボコと不気味に蠢きだした。

 それだけではない。

 地獄の底から漏れ出しているような、重苦しく悲痛な呻き声が幾重にも重なって響き渡る。

 どう考えても良からぬことが起こるフラグとしか思えない状況だが、狼狽するミノタウロスの集団とは対照的に、俺も薊も蓮水もホッと息をついて肩をなで下ろす。


「そこの子達も、もう大丈夫です。みんなで楽しく遊びましょーー♪」


 喜々としてネムが言うと、つい先ほど薊の氷魔法によって全身を穴だらけにされた死体が……蓮実によって首をへし折られて頭部を潰された死体が……糸で操られた人形のようにゆらりと立ち上がった。

 驚愕ですくみ上がるミノタウロス達に追い打ちをかけるように、柔らかく湿った土を何かが突き破り、草木を掻き分けて次々と姿を現した。

 ――骨だ。

 カチャカチャと食器が触れ合うような乾いた音を響かせて森中に湧き出てきたのは、鳥、獣、人、魔物……かつて、この地で息絶えたあらゆる生物の残骸だった。


「あはははは、おはようございますっ。う~んと……そうだ! 心臓をいっぱい集めた子が勝ちってルールにしましょう。それじゃあ、ゲームスタートーー!」


 その後、完全に戦意を失ったミノタウロス達を異形の骸骨集団が一方的に蹂躙するのに、一時間もかからなかった。




 死者を意のままに操る死霊術師――ネクロマンサー。

 フィクションでは大抵が悪役ということで印象は悪く、ネムがそうだと判明した時は非常に複雑な心境だった。

 当の本人は「すっごく素敵な力ですねー」と言ってほわんほわん笑っていたけれど……。

 しかし、そんなマイナスイメージもすぐになくなった。

 理由は、ネムが自分の足で自由に動けるようになったからだ。

 損傷した脊髄を回復できるわけじゃなく、死霊魔術の応用で動かしているとのことで、足を使っているというよりゲームのキャラクターをコントローラーで操作している感覚らしい。

 ともあれ、久しぶりに自分の力で歩くことができたネムの喜ぶ様を見た瞬間、俺は「いいじゃんネクロマンサー、最っ高にクーールだよ!」と全力で肯定するようになったのだ。

 ただ、問題は…………。

 いつの頃からか、ネムは唐突に求めるようになったことである。

 俺の命……心臓を――――。



「あはははははははぁぁあぁあぁぁぁ! すっっっごく楽しかったぁぁあ! みんなー、お疲れ様でしたぁあ。またよろしくですーーっ」


 ネクロマンサーになった影響でハイになってきたのか、赤く変化した目を暗闇でも分かるくらい輝かせて、普段より快活に叫ぶネム。

 最初の頃は、明るくなって何よりだと胸がすくような思いだったが、今では嫌な予感しかしない。

 骸骨の集団はガラガラと崩れ落ちて大量の骨の山と化し、地の底へゆっくりと沈んでいった。

 後にはミノタウロスの朽ち果てた亡骸だけが無残に残され、しんと静まり返った森の中。

 ネムは両手を広げて大きく息を吸い込むと、くるりと振り向いて最上級のスマイルで俺の目を見つめた。


「さぁぁてさて、せーんぱいっ。オシゴトも無事に終わったことですし……はじめましょっかー」


 やっぱりか……。

 想定以上の死霊連中が無駄に頑張ってくれたおかげで、現在の時刻は午後六時。

 勝利を祝って焼肉屋へ打ち上げに繰り出す展開を心から願っていたが、そんな神展開が待っているはずがなかった。


「ちょ、まっ……! きょ、今日はやめとこうぜ、疲れただろ? お前らもそう思うよな? なあ?」


 咄嗟に薊と蓮実に同意と助けを求めたが、二人の反応は無情なものだった。


「え? あー、いつものイチャイチャ鬼ごっこか。いいんじゃねーの? まだ時間あるしさ。がんばー」

「男らしくないわねー。っていうか、青柳は何にもやってないんだから疲れてないでしょーが」


 こいつら……他人事だからってあんまりだろ。


「せんぱい……何度も何度も何度も何度も言ってるように、私は本気なんです」


 ネムは、死人のように血の気のない真っ白な太ももをガリガリガリガリと引っ掻き、うっとりとした表情を浮かべながら語り始めた。


「私は、自分の前世がネクロマンサーだと知った時、思ったんです。これは運命なんだって。せんぱいには話しましたよね? 私の過去を。話してくれましたよね? せんぱいの秘密を。私は裏切られるのが怖いんです。忘れられるのも怖いんです」


 あっという間に足から血が滲み出るが、微塵も気にする素振りはなくガリガリガリガリと引っ掻き続ける。

 これはマズイ。

 ネム独特の興奮状態……いわゆるランナーズハイみたいな、かなりキてる症状だ。


「だけど、この力があれば……せんぱいを殺して、アンデットにすれば……ぜんぶぜーんぶハッピーエンドになるんです。他の人だったら無理だけど、せんぱいだけは違うんです。これはもう、神様が作ってくれたシナリオとしか思えません」


 壊れた振り子時計のように頭をカクカクと揺らしながら徐々に歩み寄るネム。

 ネムの言うトンデモ理論は、聴覚がゲシュタルト崩壊するくらい聞いた。

 簡潔にまとめると、俺は死んで復活すると対価として記憶を失ってしまうから、アンデットにして死なないようにしよう、というわけだ。

 言うのは簡単だが、ネクロマンサーの死霊術は傷を治すものでも死者を蘇らせるものではない。

 普通の人間だったら、前世返りが終わってネクロマンサーの力がなくなった時点で、アンデットから死者へと戻ってしまう。


 だが、俺の場合はどうなのか?

 死んでアンデットになるまでは同じだが、不死鳥の再生力によって生命活動は復活……つまり、生きたアンデットになるのではないだろうか。

 ……という理屈なのだが……しかし、これらは全て推測に過ぎない。

 実際に試すだなんて正気の沙汰じゃない。


「だから、ほら……今日こそください。甘くっておいしいぃぃい、愛しいせんぱいの心臓を♡」

「…………あのな……何度も何度も言うように、あえて心臓をえぐる必要はないと思うんだよ。というか、それが俺の拒否感を確固たるものにしてしまっているのに、なぜそこまで執着するんだ?」


 最後に、なけなしの抵抗を試みるも、ネムは可笑しそうに口をにへらーっとだらしなく開けた。


「それわデスねぇぇ……相手の血や内蔵を取り込んだ方が、すっごぉぉおいアンデットができるからデスー。それにそれにぃぃ、愛する人と一つになりたい……食べちゃいたいって思うのは変ですか? 変じゃないですよね? とぉぉぉってもステキですよねぇぇえ??」

「いや変だろ!? イカれてんだろ!? なあ、お前らもそう思うだろ?」


 流石に、今の異常なネムを見れば親友二人は手を差し伸べてくれるだろう。

 ……と、信じていたのだが…………。


「いや、別によくね? 炎を操るアンデットとかカッコイイじゃん。ちっくしょう、めちゃくちゃうらやましいじゃねーか!」

「愛ゆえに……かぁ。うーん、ロマンチックね~。ネムちゃん、応援するからね! 青柳、あなたねー、ネムちゃんともっと真面目に向き合いなさいよ!」


 マ、マジかよ……。

 こいつらの頭の弱さは、常軌を逸してやがる……。


 そうこうする間に、ネムはふらついた足取りでじりじりと歩み寄る。

 赤い目を限界まで見開き、ベットリと血のついた右手を小刻みに震わせながら真っ直ぐ突き出した。

 すると、地面からうぞうぞと骨がせり上がり、大鎌の形に組み上げられながらネムの手に吸い込まれていく。

 俺は逃走を図るが、血で濡れた地面に足を滑らせて転倒してしまった。

 


 まったく……何なんだ、この毎日は。

 猟奇的な彼女から逃げ続けるなんて、どんな生活だよ。

 それを温かく見守るとか、周りはバカばっかりかよ。

 信じられねえ……。


 だけど…………。

 だけど、それでも俺は、ネムが好きだ。

 大好きだ、愛してる。

 その気持ちは、一目見た時から少しも変わっていない。

 こんな俺も、こいつらと一緒で、多分バカなのだろう。

 ネムと同様に、イカれているのだろう。

 今、まさに殺されるってのに……目の前に迫る真っ赤な瞳には、楽しそうに笑う自分の顔が、はっきりと映っているのだから――――。



 身の丈に迫る骨の集合体。

 禍々しい大鎌を、ネムは陶酔した表情でゆらりと振りかぶり……。

 何度目とも知れない、甘くて重い、愛を告白した。



「ツツジせんぱい………………愛してます。死んでください♡」

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愛してます。死んでください。 新実 キノ @niimikino

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