第2話 会議
「入っていいぞ」
フードを外しながら萎びた金髪の男は窓に言った。
すぐさま影を引きながら、黒い吸血鬼が窓から入ってくる。音もなく侵入する吸血鬼の姿はまさに闇の住人だった。
「遅かったなリトラス」
リトラス、と呼ばれたその男は片腕の黒い吸血鬼、ディートヘルムに反応することなく持っていた荷を下ろした。
「...」
その顔は暗く、目は落ちくぼんでいた。瞳の奥には寂しげな憂いがあった。
それもそのはず、二人が今いるのはリトラス領ではなかったからだ。リトラス領で二人の吸血鬼を殺した彼らは、城で簡単な身支度を済ますと領を出た。そして今、リトラス領から東に進んだマッカート領にいる。
この元領主は生まれて初めて領の外に出たのだ。最も嬉しくない形で。
リトラスは無言で、荷から地図と紙、ペン、乾燥芋練り、水筒を取り出した。
ディートヘルムはそれに構わず窓から外の景色を見ている。
「...おい、会議するぞ」
宿の受付で借りた皿に芋練りを入れ、水筒から水を注ぎながら言った。ディートヘルムは水の音に反応し、ようやく顔を向ける。
「一口くれ」
リトラスは無表情だ。
「まずいぞ」
「貴様らとは舌の作りが違う」
多少、リトラスは分けるのを渋った。
食料は大切に使わねばならない。この吸血鬼は吸血鬼を食えばいいが、俺は違う。しかしこの吸血鬼は飯をやらねば話を聞きそうにない。
リトラスはふやかした芋練りを一欠片放ってよこした。嬉しげに吸血鬼は受け取り、咀嚼する。
「まずっ」
死んだ目の男は絶望した表情で睨んだ。眉間にシワが寄って、まるで悪鬼だ。
「さて、会議するか」
芋練りを強引に飲み込むと、ディートヘルムはようやく会議したい気分になった。
「まず、今いるのはここだ」
リトラスは〈マッカート〉と書かれた場所を指差す。〈リトラス〉の東にある場所だ。
「おそらく吸血鬼の死体を見られればジャッカロープかノイズ辺りが追ってくるはずだ」
「ジャッカロープ?」
ディートヘルムが尋ねる。リトラスは顔を上げて答えた。
「ダンピールの軍隊だ。ロードカイン直属のヤバい奴ら」
視線を地図に戻す。
「そいつらからとりあえずは逃げる。領主が城から出てこない上に、一匹殺せたマッカート領はかなり安全なはずだ」
「つまりマッカート領は安全なわけだ」
「そうだ」
それを聞いた吸血鬼は、なにか言いたそうな表情をした。
「...なにか考えがあるなら言ってくれ、ディートヘルム。あんたも頼りにしてるんだ」
「これは俺の考えだが...追手の者らは皆殺しにすればいいだろう?俺はやってみせるぞ」
リトラスは目を細めた。今一度、自分が国と国とのパワーバランスを変える、恐ろしい存在と共にいることを自覚したのだ。
「ディートヘルム、あんたは強い。それも相当だ。でもな、第四階級の奴らは全員が化け物じみた強さを持つ上に吸血鬼との戦いに慣れているはずだ」
「あぁ」
「つまり...少しづつ、だ。追ってきた吸血鬼と戦って、血統と戦い方を学べ。その後、大物をやりに行こう、な?」
国造りの第四階級。独立戦争では彼らがザルカの吸血鬼を殺し尽くしたとノイズから聞いた。なにもそんな連中とすぐさま戦わなくてはいけない理由はない。
「あとあんたの腕、まだ治りかけだ。完治してからでも遅くはないだろ」
ジェリコに切断されたディートヘルムの左腕。骨と肉が再生しているのが肉眼でも分かる。
「それは...正しいな」
ディートヘルムは頷き、そしてさりげなくリトラスの芋練りを一欠片取り口に運ぶ。
「悪くないかもしれん」
「......」
リトラスは無言で芋練り汁を喉に流し込むと、床に篝石をばらまいた。暖房のためだ。
「一眠りしたら、南へ行く。リェマ領だ」
「そこの吸血鬼を殺すのか?」
「あぁ」
黒い吸血鬼は邪悪な笑みを浮かべる。
「楽しみだ」
そう言い残すと部屋の隅に歩き、壁にもたれた。
リトラスを言い知れない不安が襲った。仮にディートヘルムが負ければ自分は死ぬ、勝ったとしても吸血鬼を殺し続ければザルカに攻められ国は滅ぶ。
どちらにせよ破滅の道だ。
(有能な秘書が助けてくれないかね...)
自然と考えてしまっていた。人は日常に慣れると、幸せが感じられない。失った時に始めてそれを知る...今まさにそうだった。
自分はどれだけ自領の人間に助けられていたのか。
血みどろの城を思い出す。今はただ、復讐をするのみ。
彼は自分に言い聞かせると、安っぽいベッドに倒れた。
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