第一章

第1話 労働者たちの休息


「オイ聞いたかよ!」

フランクは飲み終わったグラスをテーブルに叩きつけながら豪快に切り出した。

「なんの話だ?」

向かいに座るジムはピスタチオの殻と格闘したまま聞いた。

「隣領の話だ。知らねぇのか?」

「あぁリトラス領の話か?」

「そうそれだよ!」

どこからか仕入れてきたのから分からないが、嬉しそうにフランクが赤ら顔を笑わせる。

「領主、領民共々皆殺しだったってやつな」

ピスタチオの殻が割れ、中からオレンジ色の虫が飛び出した。ジムはそっと捕まえ口に運ぶ。フランクもピスタチオの皿に手を伸ばし、一つ取り出した。

「でも、ありゃあノイズからの命令だったっつー話だぜ」

「おい呼び捨ては...まぁこんな飲み屋じゃ問題ねぇか」


二人が酒を交わすこの宿は、マッカート領の西部にある。店内にはしゃがれた声の労働者が多く、ここで笑い酒を飲みながら飯を食い、そして眠る。月が上る頃にはまた労働に行くために、死んだように眠るのだ。

店先の灯篭にはめられた小さな篝石の光は、灯りに集まる蛾のように労働者を集める。

炭鉱に酷使される彼らは休息とくだらない噂話、そして愚痴以外の快楽はなかった。


そしてまた一人、この小さなオアシスに足を運んだ労働者がいたようだった。

目深にローブを着ているためにその表情は伺い知れないが、その歩みからは疲労感の感じられた。

ローブを着た労働者というのは珍しくない。防寒に優れている事と鉱山で焼けただれ醜く顔を隠す事が出来るからだ。


「フランク、あいつおかしくないか」

3匹目の虫を口に放り込みながらジムは言った。

「ハッハー名探偵さんそりゃどうして?」

「勘定するときに手が見えたが色白すぎる。労働者じゃねーな」

フランクは酔いがだいぶ回っているのかローブの労働者を一瞥するが、どうでも良いという表情をした。そしてそのまま突っ伏した。

「そーだな」

「おい...まぁどうでもいいか。商人かなんかだろ」

フランクはどうでも良いという表情をした。

「そーだな」

実際には、顔が伏していて表情は見えないのだが。

「飲みすぎだ」

酔っぱらいを横目で見ながら、ジムはピスタチオの皿に手を伸ばした。

宿の灯りは遅くまで消える事はなかった。

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