第13話 終わりの始まり


「リトラス、おまえはどう思う」

ディートヘルムは問うた。リトラスの意思を尊重したようにも思えたが、実際にはリトラスの戦闘における冷静な判断を当てにしたのだ。

運もあったとはいえ、ジェリコを殺す一手を閃いたのはリトラスだったからだ。

リトラスは考えていた。まともな血統を持つ者ならば追い討ちをかけてくるはず。だというのに攻め手がないと言う事は、カウンターが出来る血統の可能性がある。血統に関しては未知数のため、もしもを考えなくてはならない。

(だが...奴は‘停戦’と言った。ディートに勝てる血統であるならばそんな言葉は出てこない。つまり...)


「殺せ」


リトラスは冷酷に返した。ディートヘルムの無言は承諾を示した。

「まッ...」

ディートヘルムは走り出す。サーチは見慣れぬ構えをとるが、遅い。いやディートヘルムが速すぎるのか。防御に構えた全面ではなく、走る勢いのまま後方へ走った!

「...てッ!」

振り抜いた拳は、防御されていない背部を襲った。サーチの耳には己の肉が力任せに突き抜けられ、骨が砕かれ、心臓を潰される音が聞こえた。

そして唯一、目に入ったのは胸部から生えた右手だった。

「...あ...ぇぬ...」

言葉にならなかった。薄れゆく意識の中でわかるのは、自らが死に向かっている事のみだった。


ぐちゃりと右手を引き抜く。支えが無くなった吸血鬼だったものは力なく地面に倒れ伏した。

「こんなものか」

弱い、と続きそうだった。ディートヘルムは失った左手を構う事なく、右手に付いた血を舌で拭った。

「......」

リトラスは冷酷な自分に驚いていた。領民が死んだというのに、その仇を討ったというのに...残ったのは高揚感でも悲壮感でもなく、ただ、さらなる吸血鬼への死の願いのみだった。そしてふと、足元の死体に気づいた。

「さて」

黒い吸血鬼は誰に言うこともなく一人呟くと、サーチの死体を掴むとそのまま持ち上げ穴の空いた心臓部に噛み付いた。吸血鬼の赤くどす黒い滴る血を喉の奥に流し込む。竜の血を飲んだときと同様の感覚だ。


二体の吸血鬼の血をあらかた吸い終わったディートヘルムは、ようやくリトラスの方を向いた。

「おい、終わったぞ」

「...あぁ」

リトラスが見つめていたのは女の死体だった。男の死体と異なり服が剥がされて殺されていた。殺される前に、どうせならと吸血鬼に弄ばれたのだろう。

奴隷商人からリトラスが少ない資産から買い付け、仕事の方法を学ばせ、ようやく軽口が叩けるようになった秘書は足元に転がっていたのだった。

すぐに戻ると言った、主人の帰りを待っていたのだろう。


「...愛していたのか」

吸血鬼は人間を気遣った。


しばらくの静寂が訪れる。

(そんなもんじゃない)

リトラスの口からは言葉が出なかった。彼の生活には愛だの恋だの気にしている余裕はなかった。

ただ、この女は自分を気にかけてくれた。一言も弱音を吐かなかった。机で寝てしまった自分に、毛布をかけてくれた。

自分のくだらない誓いを素晴らしいと言ってくれたのだ。

(それ以上のなんかだったんだこいつは)


リトラスの頰を冷たい何かが流れた。


「...ディートヘルム...吸血鬼を殺そう」

「食ってよいならば、よかろう」


一人の吸血鬼と一人の人間。そこにあるのは絆でも友情でもなかった。ただの利害関係。


この時はまだ、二人がこの国を揺るがす事をただ一人の女吸血鬼を除けば誰も知らなかった。

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