第10話 言葉なき迎え
死体。死体。死体。
城の大広間には大量の死体が転がっていた。
地面に転がっているものもあれば、天井から紐で吊り下げられているものもある。
眼前にあるのは誰も...いや、どれも生前の最期を如実に語る苦痛に歪んだ死に様をしていた。恐怖と嗚咽を招くその光景からは、生暖かい鉄錆の匂いが漂ってくる。
「なん...?」
膝から崩れ落ちる感覚を覚える。リトラスは悲しみ、嘆き、驚き、様々な感情が入り混じり言葉にならない声を上げる。
「...な......ぁ......」
体重を手のひらにかけ地面に手をつく。手のひらが熱くなるのを感じるが、そんな事はどうでもいい。夢であれば覚めてほしい。そんな願いを切にリトラスは願った。
「チッ...うっせー野郎だな」
その声は死体の山の頂上から聞こえた。
死体の首を持ったままの片耳がない吸血鬼がのそりと立つ。
周囲には滴り落ちる血を瓶があったが、その瓶と死体を同時に蹴り飛ばした。
「殺して黙らせるか」
「おい」
後ろから片耳の吸血鬼をフルフェイスを被った吸血鬼が止めた。
「人間は心が脆い。同胞が殺されると逆上にかられて心拍数が上がる」
優しげにフルフェイスが話し始めると、片耳はさらにイラついたようだった。
「だったらなんなんだよ!?」
怒りのあまりに肩の腕を振り払うと胸ぐらを掴む。
「心拍数が上がると殺した時に血が止まらなくなるぞ。落ち着かせてから殺せ」
フルフェイスの吸血鬼が呆れた、というようにため息を吐くと片耳の吸血鬼は胸ぐらを突き放した。
「...ケッ」
「無残だな」
崩れているリトラスの後ろから、黒い吸血鬼が言葉を漏らした。
「あぁん?同種か?にしちゃ見ねぇツラしてやがる」
「...」
片耳の吸血鬼はディートヘルムを訝しそうに睨みつけ、フルフェイスは黙った。
「格上じゃあねぇところを見ると...無階級か?漁り屋稼業なら他でやっちゃくれねぇか」
片耳の吸血鬼がダルそうにしながらディートヘルムに近づく。
「お前らと違って遊びじゃねんだよなぁ」
二人の距離は30cm程度しかない。体格としてはディートヘルムが勝るものの、その血にまみれた体躯からは自信が感じ取れる。
「なんで...」
ゆらり、とリトラスが立ち上がる。
「なんで殺した...」
顔を下げたままリトラスが問う。それを見ると片耳の吸血鬼は新しい玩具を見つけた、そんな顔をした。
「なんでこんな事をした...とかさ!ヒヒッあんま笑わせんなよ!」
ツカツカと近づきリトラスの顔を引っ張り上げると言い放った。
「人間の命に価値なんてあると思ったのか?」
「...ッ!」
「リョウシュサマァ!死なずに済んでさぁあ...良かったなぁぁあ!」
優しげな笑みを浮かべる片耳の吸血鬼。リトラスの顔が悲しみから憤怒に変わる。
今まで吸血鬼へ向けていた怒りを抑えていたものが、消えた。
「返せ...屑野郎!」
掴まれたまま、強靭な吸血鬼の腕を掴むリトラス。
「うぜェ」
掴まれた腕を振り上げ、リトラスは死体の山に吹き飛ばされた。
死体がクッションになって衝撃が緩和されるも、人間にとって吸血鬼の力は脅威だ。立ち上がろうとするリトラスの左腕に激痛が走った。
「く...そぉ......」
「ギャハハハ!こいつは傑作だ!に、人間の体で、吸血鬼様に叶うと思ったのかぁ?」
笑いを堪えきれずフルフェイスの吸血鬼も笑い出す。
気づけばディートヘルムは傍に立ちつくし、こちらを見つめ無表情を貫いている。そこからは哀れみも悲しみも伺えない。
その時、リトラスは考えていた。いかにすれば生き残れるかではない。いかにすれば、目前の二人の吸血鬼を可能な限り惨たらしく殺せるかを。
そして、答えにたどり着いた。
「ディートヘルム...いるよな?」
「あぁいるぞ」
無表情のまま、黒い吸血鬼は言った。
「この場の人間の血と俺の血をやる...」
「...魅力的な誘いだな...対価はなんだ?」
ピクリとも笑わない黒い吸血鬼に、リトラスは望み薄である事を感じながら言った。
「あいつら...を...殺せ...」
リトラスはディートヘルムは誘いに乗らないと思った。
吸血鬼と言えど、その実力が様々な事は知っている。その上、彼らと敵対すればインヴェンクルスの国そのものと敵対する事と同義だ。砂漠から来たディートヘルムとはいえ、ある程度の知識はあるだろう。
僅かに考えてからディートヘルムは言った。
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