第9話 無力
二人は集積所から出ると、しばらく屋台の近くの石棚に座り休んでいた。
「......」
リトラスは何も喋らない。疲労したのが顔に見える。笑顔を保つために頬を上げすぎたのか、未だに半笑いだ。しかし目は笑っているどころか死んでいる。
「...」
ディートヘルムが死んだ目の人間を横目で見る。もう何分もこうやっているのだ。
「......」
「...いつ帰るのだ」
ディートヘルムが痺れを切らす。
「...はぁ」
「リトラス、何を悔やんでいる」
ディートヘルムが不思議そうに問う。
「...あの...シードルって奴...さ。...良い奴だったんだよ」
顔を俯き気味にぽつり、ぽつりと呟く。
「友達...だっ...た」
俯いた顔から水が落ちる。
「だがあそこで貴様がシードルを庇えば死んでいたぞ」
「......でもよ」
「せんなき事だ」
「だっだら、じょうがなかったら!友達が死んでもいいのがよッ!」
リトラスは立ち上がりディートヘルムへ怒りをぶつける。自分でも理解しているのだ。この吸血鬼に責任は一切無いことを。しかし、日常の理不尽が、友の死が理性を砕いた。
「ならば己で行動せよ」
ディートヘルムは立ち上がった。
「己の無力さ、恨みたければ恨め。だがそうしたところで仲間は死ぬぞ」
その言葉には重みがあった。
「さればどうする?己を変え、周りを変えるしかあるまい」
リトラスの頰は乾いていた。立ち上がったディートヘルムはリトラスを遥かに上回る威圧感があった。
「己を...変えるだと!?ふざけんな!てめぇら吸血鬼はいいだろうよ!」
口調が荒い。リトラスとて、嘆いたところで何も変わらないのは分かっているのだろう。
「でも俺は...俺たちは人間なんだよ!人間なんかどう足掻いても吸血鬼にゃ勝てねぇだろうが!!」
その言葉を聞くとディートヘルムは笑った。
笑みには侮蔑と呆れが含まれていた。
「ならば一生諦めていろ」
後ろを向くと暗い道を見やる。
「もう少し楽しめるやつだと思ったのだがな。帰るぞ、人間」
「...クソッ!」
行きとは相対的に、先頭を歩くディートヘルムと後を追うリトラスは帰りの闇夜へと歩いた。
二人がリトラス城への帰路、リトラス領に入ってからは不思議とすれ違う人間はいなかった。
「なぁ、おかしくないか?村人が居なさすぎないか」
リトラスはディートヘルムにぼやく。
「知らん。おまえがさっさと帰れば会えたのだろう」
怒っているのか、苛ついているのか口調はリトラスに無関心なようだ。
「いやそれはないだろ。というかその理論なら、あんたが帰り道を間違えなければ早く帰れただろ」
呆れ顔でリトラスが返す。
「......」
ディートヘルムは黙ってしまった。もう少しで城が見えてくるだろう。
(城に帰ったらとりあえずディートヘルムに飯でも食わせて機嫌を取ろう)
リトラスは自らの腹も空いていることに気づき、足を早めた。
(セルマに納品が必要無いことを伝えれば喜ぶだろうな。作物の納品もないなら収穫祭も開ける。馬屋のシェイクも開きたいと言っていたしな)
自らの帰りを自領の者が待ちわびていると思うとリトラスはいてもたってもいられなかった。
月が沈みかかる頃、二人は城門の前にいた。
「おい!ジャイロ!セルマ!誰でも良いから開けてくれ!」
リトラスは力の限りに叫ぶが返ってくるのは虚しさだけだった。
「変だな。いつもなら少なくとも誰かいるはずなのに」
「...引き返した方が良いかも知れないぞ」
帰路で悪態をついていたディートヘルムが真剣な表情で言う。
「はぁ?何言ってんだよ」
「どうにも嫌な予感がする」
ディートヘルムが匂う、と言いたげに鼻を抑える。
「いいからとりあえず入ろうぜ。裏口に回ってさ」
「...どけ」
のそりとディートヘルムが立ち上がるとリトラスをどかした。そして、ガシリと重厚な木製の扉を掴む。
「い、嫌な予感するんじゃなかったのか?」
ニヤリとディートヘルムは笑った。
「おまえがいずれ知るのだと思えば、逃避にも諦めがついてな」
ミシミシと音を立てて城門が上がり始める。本来は歯車とカタヅルのロープと大人の力があって持ち上がるものだ。それが今、たった一人の吸血鬼によって開こうとしていた。
「すげぇ...」
しかし、城門を開けた先で目にしたものは絶望だった。
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