第7話 ノイズ・サウンデュオ
「お、おい!あの四足歩行の奴はなんだ!?美味いのか!?」
リトラスの肩をがしりと掴み、興奮を抑えきれないという表情でディートヘルムは迫った。
「痛ッ!?近ッ!」
肩を掴んだ手を強引に振りほどく。
「お前の握力で掴むなよ!あれは菌獣だな。種名は知らないぞ。今はあまり金がないから買えないよ」
「おぉすまんすまん。金が足りないのか...」
ディートヘルムは大きく肩を落とした。欲しいものを買ってもらえなかった子供か、とリトラスは内心呟いた。
「大してうまそうな匂いもしないから別に食いたくもないがな...」
「...嘘つけ」
ぼそり、とリトラスが付け加える。
二人が大通りを歩いて行くと、その先に巨大な石で作られた建造物が見えた。リトラスの城のような作りではあるが、大きさはそれほどではなかった。
「あれはなんだ?」
「三ツ木場集積所だ」
リトラスは吐き捨てるように言った。
「ディートヘルム、ここから先はあまり批判的な事を言うな」
「なぜだ?」
「そりゃあ...素敵な御仁がおわすからさ」
集積所の重い扉を開けると、豪華絢爛な室内が広がっていた。部屋には色とりどりな篝石が散りばめられ、机の上には真っ赤な飲み物が美しい容器に満たされていた。その近くには、透き通るような音を歌う女性と膝枕をされたままの玉虫色の瞳の青年がいた。
「やっほーい!リトちゃん!」
煌めく金髪を起こして青年は言った。耳は謎の機械に覆われており、虹色の髪という奇怪な格好をしている。リトラスはディートヘルムが僅かに笑った気がした。
「俺様に会いたくなっちゃったか?」
青年は冗談めかして言うと、にんまりと愛嬌の良さそうな笑顔を見せる。健康的な美形である。
「もちろん、それもございますが」
青年の笑顔に合わせるようにリトラスは笑いを作る。
「まぁそう焦んなって」
そう言うと、膝枕から頭を上げると女性に手で合図をした。女性は一礼して下がっていく。
「でぇ?どしたよ」
笑顔を見せ、人良さそうに聞く。
「納品の件で参りました」
「間に合うよな?リトちゃん」
即座に青年が答える。笑顔を見せてはいるものの、その言葉には否と言わせぬ気迫があった。
「当然です」
リトラスは笑いながら即答した。流れる水の如く出て来た言葉が、実現不可能なものと知りながら。今までもこの様な危機は何度もあった。嘘、捏造、芝居...なんでも使った。自領の民を守る為ならなんでもすると彼は己に誓ったからだ。
リトラスの答えを聞くと、ノイズは肩を震わせて盛大に笑いだした。
「ノイズ様...?」
リトラスは目が丸くなっている。
「ヒヒ!イヒヒ!い、嫌悪い!あんまりおまえが真剣なもんだからよぉ」
目を丸くしたままだ。
「わりぃ、言ってなかったか?おまえんとこの納品は今回いらねんだわ!」
耳が機械に覆われているためか、気分が高揚したためか分からないが比較的大声で続ける。
「じょうちけんしん?だったか?ウルグランド様から直々によ、第二階級におまえをあげるってよ」
にんまりとした笑いにノイズが戻ってもリトラスは言葉が詰まっていた。
「第二階級...私が...?」
嬉々として笑い顔に本能がなろうとするが、今まで被り続けた仮面は己が敵対者の前で隙を見せるのを許さなかった。
「そーだよ!もっと喜べぇ!なぁ隣のおまえもそう思う...誰おまえ」
ノイズとディートヘルムの目が合う。両者ともに答えに窮していた。その時、リトラスは反射的に...ディートヘルムを領民のように感じ、守ろうとしたのだった。納品が必要ないとわかったときの高揚感は正確な判断を奪ったのだ。
「はっ!ありがたき幸せにございます!その者は私の護衛者です」
ノイズがピタリと止まる。
「は?」
明るかった雰囲気が沈み消えていくのを肌で感じる。
「おまえ...俺様との謁見に護衛とかよ...」
続く言葉はその場の全員が言わずとも分かった。‘殺す’だろう。睨みつけられた眼輪は玉虫色に光り輝いていた。
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