第6話 三ツ木場


その場所を人間は三ツ木場と呼んでいた。理不尽な納品量を力によって強制される事は「貢ぐ」事に他ならないからだ。そんな嘲笑を含んだ言葉「貢ぎ場」を隠す言葉が「三ツ木場」だった。


「もうすぐのはずだ」

萎びかかった水芋の苗のような黄色の髪をした男、リトラスはそう伝えた。

「そうなのか。人間の足は遅くてかなわん」

その後ろを歩むのは黒い吸血鬼。烏の濡れ羽色の如き黒髪は肩まで伸びきっている。

「なぁ...文句垂れるなら帰れよ...ディートヘルム。」

苛立ちと呆れを前面に押し出した言い方だったのだが、

「ハハハ!まぁ正直、物見遊山気分でついてきているだけだから気にするな」

この吸血鬼に人の本音を暗に察する力は無かった。言葉で言わねば分からぬのだろう。


段々とゴツゴツとした岩が目立ち始めた。気味悪いほど美しい山並みを三日月が照らす。吹き抜ける風は少しだけ熱を帯びていて心地が良い。

「あれだよ」

リトラスは指差した。三ツ木場と呼ばれるそこは、集落に近かった。入り口には屈強な二人の門番が立っている。

「お勤めご苦労様。リトラス領、領主だ」

「はっ!ご苦労様です!」

門番は素早く敬礼をすると、手元の薄茶色をした紙をめくり領主の顔を照合した。手元の顔の絵と合っている事を確認すると再び敬礼をした。

「リトラス様!照合完了しました。お連れの方は何方かご説明頂くか身分証をご提示ください」

「......」

ディートヘルムはリトラスを見つめたままだ。

「領主護衛隊の新入りだよ。体格も良いし強そうだろ?」

ニタリ、と笑いながらリトラスはディートヘルムの胸筋を叩く。

「......ふんっ」

ディートヘルムは背筋を伸ばすと、筋肉をこれでもかと見せつけた。二人の門番は驚嘆した。ディートヘルムのとった奇妙なポーズに。

「えっ...は、はい。リトラス様の護衛隊の方ですね。どうぞお入りください」

門番が軽く門を叩くと、盛大な音を立てて門は開きだす。数秒の後に目に飛び込んできたのは、数多くの燭台に彩られた屋台と光る鉱石を持ち屋台に並ぶ人々。飛び交う歓声に、地面を歩く四足歩行の謎の生物。ディートヘルムにとって未知の世界が広がっていた。

「どーも、ディート行くぞ」

「これは...」

黒い吸血鬼は始めて人間の世界に驚嘆した。人間の数の多さや光に驚いたのではない。この月が出ていなければ光すらない極寒の暗闇の世界で、それでもなお生き残ることが出来た人間という種族に驚嘆したのだ。そして同時に好奇心が溢れ出てきた。

「おい!早く来ないと門しまっちまうぞ!」

大通りにまで歩みを進めたリトラスが向こうから叫んでいる。

「ま、待て!リトラス!色々と説明しろ!リトラァアアス!」

ディートヘルムはこの思考を捨てる気になれない謎の感覚と溢れ出た好奇心を持ったまま、大通りへと走った。

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