第5話 暗夜行


リトラスの仕事は酷くわかりやすい。サウンデュオの領から伝えられた納品書に書かれた物資を刻限までに届けるだけだ。しかし、その過程に他領の者の手が加わる事はない。インヴェンクルスでは最大権力を領主が有している。そのため領主が領内でいかに振る舞おうとも反逆の意思が感じられなければその一切を咎められる事はない。

「クソッタレがよ...」

リトラスはその忌々しい紙きれを握りしめた。やはり納品の量が増えている。しかし、人間の力で吸血鬼に意見すれば納品量が更に増えるか殺されるだけだ。

(悪態をついていても仕方ない。さっさと早馬に乗ってサウンデュオに行き倒れた吸血鬼の報告をしよう)

人には耐えることしか出来ない。インヴェンクルスの掟だ。リトラスは顔をあげた。月明かりが照らす道はまるで自分の人生のようだ。先は見えず、太陽が昇ることはないこの世界と一緒だ。

(なんのために領主になった...忘れるな...領内の人間を少しでも救うためじゃないか)

リトラスは自分に言い聞かせる。

(そのためにもあの吸血鬼の報告をして報酬があると良いんだけどな...)

隈を浮かべた目を閉じて大きな欠伸をする。暗い夜道は眠気を誘う。まとも睡眠などいつ取っただろうか。

「眠いなぁ...」

「まったくだな」

となりの吸血鬼が答えた、

「だなぁ...」

リトラスは寝ぼけた目はカッと見開き反射的に吸血鬼から飛んで離れた。

「はっなっ!はぁ!?なんだよ!なんでいるんだよ!!」

「なんという言い草だ命の恩人。私は嫌われるような事をしたか?」

なぜ驚いているのかわからないといった顔を吸血鬼はしている。

「だっ..てっ....おま!寝てたじゃないか!」

「あぁ、だから起きてから来た。幸いお前の臭いは覚えていたからな。追うのは容易かったぞ」

それにしても速すぎる上に静かすぎた。リトラスはサウンデュオの暴挙や野良吸血鬼の討伐を見たことがある。しかし、それにしても吸血鬼とはこれほど速いものなのか。

「まぁ...その...よ、良かったな。回復して」

「ああ!それもお前のおかげという訳だな。ところで、お前はどこに行くんだ?」

リトラスは内心同様した。これは確証を分かっていて言っているのか?いや、敵かもしれない人間の目の前で寝るやつだ。おそらく分かってないだろう。

「他の領に納品の日程の報告をするんだよ。恐らく、月があと二度登る頃には準備が終わっているだろうしさ」

嘘ではない。この吸血鬼の報告をする事以外は。

「納品...?確か地位の高い者に貢物を納めることだったか?」

「あぁ、そうだよ。というかどこで言葉を知ったんだ?砂漠に村なんかないだろうに」

リトラスは疑問に思った。砂漠にあるのは砂と岩だけで、住んでいるのは竜だけのはずだ。言語が分かるという事は人がいるという事であり、文明があるという事だ。

「洞窟のような場所があってな。そこに字があったのだ。幸い時間は腐るほどあったのでな」

「砂漠に文字?旧文明があった...?」

疑問は山ほど出てきたが、気にしても仕方ないことを考え過ぎるのは悪い癖だ。リトラスは深追いをやめた。

「時に」

そう、唐突に吸血鬼は言った。

「時に命の恩人よ」

「なんだよ」

「名を教えてくれ」

「......」

リトラスはしばらく言い淀む。

「リトラス....だよ。短くて覚えやすいだろ」

「あぁ、短くて良い名だ。誰につけてもらったのだ?」

黒い吸血鬼は無邪気な顔で、リトラスに聞いた。無知な子供が聞くように。

「まぁ...俺が付けたのさ」

「そうか」

奴隷になりたくない一心で、七歳の当時の自分が考えた己の名をリトラスは誇りに思っていた。

「......」

会話が途切れ、沈黙が流れる。

「それでいつ目的地に着く?」

吸血鬼も気まずいさを感じたのか、話を変えてきた。

「さぁてなぁ...」

暗い夜道を凸凹二人組が進んで行った。

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