第4話 領主の誓い
数十秒の職人芸は吸血鬼の感想によって幕を閉じた。
「悪くなかった...。」
鍋から顔を抜くと頰についた汁を手の甲でふき取ると、そのまま横になった。
「悪く...なかったぞ...。」
恍惚な顔で倒れた地面からは溜まったホコリが舞い上がり、ふわりと頰に乗った。
「お、おい大丈夫か?」
おずおずと顔をリトラスが覗き込む。しかし返答は帰って来ず、帰って来たのは
「...ゴォォオォォォオオオ!」
デカイいびきだった。
「はは...もうなんなんだかな...。」
大きくため息を吐くとリトラスは己の状況を把握し始めた。
(外から来た空腹の吸血鬼に飯をやった。身を守るためとはいえ、これは反逆罪になるか?だが、こいつの身柄を上にやれば多少の免税は受けられるかもしれない。それなら...)
「今、よろしいですか?」
「うわッ!?」
狭い食堂のドアが喋った。いや、それは聞き覚えのある秘書の声だった。そしてそれは心なしか震えていた。
「すみません...無理なようでしたら...」
「いや!今いくよ。待っててくれ。」
椅子から立とうとするが、力が入らない事に気付く。秘書の声が震えているように、自分の手も震えていたのだ。死の恐怖が目前にあった事を過ぎ去ってから今一度確認した。
「...リトラス?」
応答がしてから音がない事を不安がったのか、食堂の外から秘書の声がした。
(大丈夫。この領の人間だけは守ってみせろ。立つんだ、俺。)
グッと手に力を込めて勢いよく立ち上がるとリトラスは言った。
「今...いくよ。」
地獄の蓋の釜が閉まるような、不気味な音を立てて食堂の扉が閉まる。
「リトラス.....」
大広間には腰掛けた秘書が待っていた。その姿は懐かしいとすら感じた。まったく時間など経っていないというのに。
「ど、どなた様ですか...?あの人」
小声でおそろおそろ聞いて来た秘書の顔には恐怖と焦りが見える。
「まさか...サウンデュオ領の...」
以前、一部の血樽が野良吸血鬼に奪われた事を部下が申告せずにサウンデュオ領に届けた事がある。届けられた納品物を見たサウンデュオの血統主ノイズは血樽が足りない事に気がつき回収をしに来た。こちらの話も聞かず、リトラス領の人間19人の命を殺めそれらから血樽を作り回収したのだ。その光景は今でも二人の脳裏に焼き付いていた。
「いや、サウンデュオの手下って訳でもなさそうだ。それに納期まではまだ時間があるはず」
秘書は安心したのか穏やかな表情を浮かべたが、すぐさまそれは疑念に変わった。
「というと...彼は何者ですか?」
リトラスは隈を浮かべた秘書に優しく言った。
「大丈夫。話のわかる人間だよ。吸血鬼じゃない。この件は俺が処理しておくから仕事をしていてくれ」
そう言われると、秘書は先ほどの安心した表情に戻った。リトラスは心から安堵した。
「...わかりました。それでは私は仕事に戻らせていただきます」
立ち上がりながら言うと、スカートについたホコリを払いながら戻って行った。が、一度止まり振り返ると
「ですが、本当に困難な問題であれば助力します。無理はなさらないでください」
真剣な顔つきで付け加えた。
「へいへい。休まず働く有能な部下は気が利きますなぁ」
ニヤリと笑いながらリトラスは返す。ユーモアは疲れを飛ばす。彼の信条だ。
「えぇ。大切な領主様。では」
ニコリと笑って部下は仕事に向かって行った。冗談に聞こえないから困ってしまう。
「さぁてどこから手を付けようかね、リトラス君」
リトラスは独りごちた。さて、やる事は沢山ある。俺も仕事にかかるとしよう。
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