第3話 リトラス城
「砂漠だと?つまり砂漠を越えて来たのか!?」
「何度言えばわかる。もういいだろう。」
リトラスはこの男は嘘を言っていると思った。なぜならば砂漠というのは生き物一匹いない高熱と砂塵が支配する死の大地だと言われているからだ。そんなところを吸血鬼とはいえ渡ることが出来るはずがない。
「ところでだ、俺は腹が減った。」
「あぁ?...血ならあるが譲るのは無理だぞ。納品が近くてみんな貧血に近いんだ。」
ディートヘルムは怪訝そうな顔をする。
「血...?まぁ食えればなんでもいいぞ。」
「食い物なら...まぁ...。」
吸血鬼は血を吸わずとも生きれるのか?
食事をする事はあると聞いたことはあるが、この国では基本的に人間を食うため、この吸血鬼もどうせ人間を喰らうのだろう。だが、人間をやるわけにはいかない。
「そうか食わせてくれるか!ここのところろくに飯を食っとらんのでな!」
食事と聞くと吸血鬼は嬉しそうに立ち上がった。デカイ。1m90cmはありそうだ。
「じゃあ...。付いて来てくれ。」
自分が立ち膝だった事に気付き、よろよろと立ち上がると痺れを抑えながらリトラスは歩き出した。
城はいつも通りの意味もなく巨大な風体を晒していた。部屋数は40もあるくせに住んでいる人間は片手で数えられる。リトラスはこの城を嫌っている。それは前城主が原因にあった。前城主は、自分とは血の繋がらず性格もクズとはいえ父親だった。そして、父親は今でも自分を殺したリトラスを恨んでいる。あの頃の地獄のような日々が思い出されることをリトラスは嫌っているのだ。
「おい。飯はまだなのか。」
後ろの吸血鬼から声をかけられ現実に引き戻される。
「まぁ少し待てよ。」
よほど腹が減っているのだろう。さっさと帰路を急いだ方がいいかもしれない。飯が自分自身になる前に。
城門の先にある木製の扉を開けたとこで、目を丸くした女秘書と目が合った。
「お、おかえりなさいませ。」
女秘書には多少の同様が見られた。恐らくは後ろの吸血鬼に驚いているのだろう。いや、まだ吸血鬼とは分かっていないだろうからよく分からない長身の男を連れてきたとでも思っているのか。
「納品書の方は終わったのか?」
「それがですね、少しばかり休憩をと思いましてですね。」
あぁ、サボりがバレたから驚いたのか。
「まさかセルマがサボるはずないものな。俺は食堂に行くから戻る頃には終わらせておいてくれよ。」
「かしこまりました...?」
本来であれば、リトラスはサボりを咎めていただろう。セルマは目を盗んでは休息を勝手に取っているからだ。しかし、これは彼女の勤務態度に問題があるわけではなくリトラス領の行き過ぎた仕事量にある。人間が支配するとなれば相応の税を常日頃から納品する事も必要だというのにリトラスは人間を家畜として売るのは良しとしていない。それ故に通常の領以上の税を多くの賄賂やら血樽で賄っているのだから仕事というものは無くならない。人間を増やす事、少しでも多くの血を集める事、作物の収穫を増やす事、他領との交渉を進める事。やる事は探せばキリがない。そのためにリトラスとセルマは領主と秘書という関係ながらお互いに隠れて休息を取りながら、また取り過ぎないように牽制し合っていた。逆に言えば、サボりが見つかった時はお互いに仕事の押し付け合いが始まるのだ。
しかしそのはずだったリトラスが休息を見逃したのだ。セルマは何らかの事態を察し、そそくさと仕事に戻って行った。
「...アレが飯ではないのか?」
アレと来たものだ。うちの秘書がどれほどの過労具合で働いているか知らんくせによくもまぁこの様な呼び方をしてくれたものだ。しかし相手は吸血鬼。逆らえば殺される事もあるだろう。
「いや、もっと美味いものがあるよ。」
「そうか。確かにあれからは美味そうな匂いはせんな」
参った。吸血鬼にとって人間より美味いものとは何だ?確かにエイギスは身体は貧相だし、大して肉も付いていない。血は毎週採っているために常に貧血気味だ。だがそれでも人間なのだ。
「...今朝の残りしか無いんだが...」
「ケサノノコリ?」
まるでその言葉が理解できないという感じに首を傾ける。まるで言ってる意味を理解できないというように。今日は俺の命日になるかもしれない。リトラスは足早にホールの奥のキッチンの扉を開けて、奥の鍋を指差した。
「あ、あれだよ」
指差された鍋にはわずかに油の浮いたスープが入っている。冷えた油は塊になってしまっている。少し前にセルマと共に食べたものだ。黒い吸血鬼は大股でずかずかとキッチンに入ってくると鍋の中身を凝視した。
「....。」
「....。」
しばらくの間、キッチンを沈黙が支配した。
「これがケサノノコリか?」
「い、いや待てちがう!今朝の残りは本当は別にあるんだ!?」
黒い吸血鬼は今まで一度も見せなかった燃えるような怒りの眼をこちらに向けた。
「なんだと!?これを俺は食うことが出来んのか!?」
「はぁ?こんなものっ...!?でっいいのか?」
リトラスが感じたのは異質さだった。本来の吸血鬼であれば鍋を吹き飛ばすかリトラスの首を刎ねたかだろう。だがこの吸血鬼はまるでこのスープを飲みたがっているようなのだ。しかも懇願の目つきで。
「い、いや待て!これはお前にやる!」
「...いいのか?」
遠慮を含めた語彙を吐きながら、その吸血鬼は鍋に手をかけ今にも鍋ごと食らいそうな形相でこちらを見ている。
「いいよ...全部や「そうか、頂くとしよう。」
言い終える前に吸血鬼は言葉を切り返し鍋に顔を突っ込んでスープを飲み始めた。
バシャバシャと食事で立てる音とは思えないものを作り出す職人芸をリトラスはぼうっと眺めていた。
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