知らずの城あと

@sonogi

第1話

大学時代、私は或る球技部のマネージャーをしていた。大勢の部員がいた中で同学年なのにほとんど話したことが無い選手がいた。

そのI君は北陸地方のF県出身で警察署長を父に持つ、真っ直ぐ正しく育った向日葵を思わせるような青年だった。


4回生の春、たまたまI君と二人クラブボックスに居残りする事になった時もお互いの口は重かった。

I君の故郷の話題を出すまでは。

…そういえば私達ほとんど話した事なかったね。でもF県は私の父方ひいひい爺ちゃんの出身地でね、親近感はあったよ。平氏の流れを汲む家らしいけど落武者だったのかなぁ。

笑ってI君を見やってギョッとした。

彼は目をカッと見開き、上半身を乗り出してきていた。本当に、本当に?

必死になって尋ねる彼に対して頷くとその顔にパァッと笑みが広がり、I君は喜びを押さえられないとばかり怒涛の勢いで話し始めた。

「やっぱり、俺の妄想とか幻じゃなかった!めちゃくちゃ嬉しいよ。俺らは実は結構近い間柄かもしれんぞ。いや、間違いない。」

そして「頭おかしいと思わんでくれ。俺ら前世で会ってるんだ。俺の故郷の近くで。」

私の先祖がF県出というだけで…と困った私に、彼はくるむような暖かい笑顔で続けた。

「今から話す事はな、実は誰にも言ったことがないんだよ。家族にも彼女にも友達にも。頭がおかしいと思われるだけだからね。」


彼はずっと昔から、夢の中でいつも決まった或る場所に行くのだと言った。

小学校か中学の時分からか、彼は立っているだけで「そこ」は石垣の残る城の跡だった。

「たぶん俺の実家から、そう遠くない所。家から見渡したら周りにはぐるっと山があって、その幾つかには戦国時代の山城の跡があるって聞いてる。そのうちのどれかには違いない。」

近頃は体から抜け出て空を飛んでいって城跡に降りるんだよ。昼寝中でも。

そしたら、そこは昔のちゃんとした城に戻っていて人々が暮らしているんだ。俺も、その城の人間でね。そして

「お前がいるんだよ、いつも。」

間違いない。お前もその城の人間なんだ。俺とお前は家族や夫婦ではないようだったし、どっちが身分が偉いのかもわからん。

「でも似ている誰かじゃなくて絶対にあれはお前なんだ。というより前世か。ずっとそれを話したかった。」

ああ、胸のつかえが取れたよ!今日話せて本当に良かった。幸せだ!

そして「俺さ、死んだらあそこに行くよ。」

I君は満面の笑顔で締めくくったのだった。

彼がその城跡は何処だったのかを突き止めたのかは分からない。いや、既に突き止めてはいるだろう。


夢の中の城あとの話を話してくれた3ヵ月後、I君は自動車事故で亡くなった。

夏休み早々に車で実家に帰り、下宿に戻る道で居眠り運転のトラックに追突されたのだ。

葬儀参列のため彼の実家に赴き、彼の話していた山々を見つめた。もう城あとに戻っているのか。幸せそうなI君を思い出すと心は暖まるのだが、彼との会話を思い返すと正直な気持ち、薄ら寒くなる。


あの時。最後に彼は私にこう囁いたのだ。「お前も来るよ。必ずね。」


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