第2話「ビリジアンのペン4つ」
「まず簡単なところから調べよう。安藤さん、この文字の色と同じビリジアンのペンを持っている人を集めてくれないか」
窓際の彼の席に置かれた私のノートに顔を近づけながら、ショウヤくんは振り向きもせずにアイリちゃんに指示を出す。
すぐさま「ビリジアンのペン持ってる人、ここに並んで!」とその場を仕切り始めたアイリちゃんは、途中で我に返ったように振り向いた。
「なんであんたが指示すんのよ!」
「……安藤さんはそういうの得意だよね?」
ノートの匂いを嗅ぎながら、ショウヤくんは次々に差し出されるペンを横目でちらりと見ただけで仕分けていく。
ビリジアンなんて言う珍しい色のペンなのに、40名のクラスの中でそれを持っている人の数は案外多く、7人が名乗り出た。
「隠してる人、居ないわよね? みんな知ってる人でビリジアンのペン持ってる人いたらちゃんと教えなさいよ」
アイリちゃんはそう言いながら、教室中のみんなの口元に耳を寄せて聞き込みをする。
全員に聞いて回った後にはビリジアンのペンが2本。新たに加わっていた。
「成沢と三島ちゃん、どうして隠してたの? 怪しいわね」
手に持ったペンをショウヤくんに渡しながら、アイリちゃんは追及する。
窓際の一番端の席に座っていた成沢くんは、慌てて弁解した。
「オレ関係ないもん。藤村の席とはぜんぜん離れてるし、オレのペンはもうインク無くてそんなに濃く書けないしさ」
アイリちゃんは「ふん、どーだか」と腰に手を当てながら睨む。
もう一人、ペンを隠していた三島さんにアイリちゃんの視線が移ると、三島さんは涙目で肩をすくめた。
「三島ちゃんも――」
「――あーごめん。安藤。それ俺のペン。貸してたんだ」
問い詰めようとしたアイリちゃんの言葉を遮って、となりの席の
背の高い井伏くんは三島さんの所まで歩いて、アイリちゃんとの間に体を入れて隠した。
「だからマ……三島は関係ない」
井伏くんが「マリは」と言いかけて「三島は」と言い直したことに、教室のあちこちから笑い声があがる。
二人が付き合っていることはみんな知ってるんだけど、それは公然の秘密って言うことになっていた。
アイリちゃんも「まぁいいわ」と笑いをかみ殺す。
でも、これでビリジアンのペンは合計9本になってしまった。
容疑者が9人も居たのでは、犯人を特定する決定的な手がかりとはいえない。
そんなふうに思っている私の前で、ショウヤくんは最後のペンの仕分けを終え、そのうち5名をすぐに無罪放免にした。
「なによ、全員怪しいでしょ? なんでこっちは違うのよ?」
ホッとした表情で自分の席に戻って行くクラスメイトを見ながら、アイリちゃんが首を傾げる。
確かに、私の目にもそのペンに違いは無いように見えた。
「ぜんぜん違うよ」
「だからどこがよ」
詰め寄るアイリちゃんの視線を避け、ショウヤくんは私を見る。
その顔にはあの面白そうな笑顔が浮かんでいて、それは私に対して「わかる?」と問いかけているように見えた。
何かあるんだ。
大好きな推理小説の主人公と同じ。
見た目では分からなくても、簡単に仕分けられる自明な理由が。
「……あ」
ショウヤくんがノートの匂いを嗅いでいたことを思い出し、私は思わず声が出るのを止められなかった。
自分のノートを手にとって、何度も何度も色濃く書かれた『ダメ』の文字に顔を近づけて匂いを嗅ぐ。
ついさっきまでショウヤくんも同じように顔を近づけていた事を思い出して、ちょっと耳が熱くなったけど、私は気を取り直してインクの匂いに意識を集中させた。
「これ……水性ペン?」
揮発性の匂いがしない。
なるほど、ショウヤくんの仕分けた理由がわかった。9本のペンのうち5本は油性のマジックだったのだ。
彼は笑って頷き、ランドセルの中から小さなビニール袋を4枚取り出す。
刑事ドラマで鑑識の人が証拠品を入れるような、ジップ式のビニール袋。
どうしてそんなものを持っているのか、みんながその疑問を口に出すより早く、ショウヤくんはそれぞれのペンを一つずつ袋に入れる。
黒い名前ペンで持ち主の名前を書き添えると、彼はそれをポケットに入れた。
「……さて、そろそろ移動しないとチャイムが鳴っちゃうよ」
「あ、忘れてた! みんな急いで理科室に移動~!」
別に学級委員でもなんでもないんだけど、こう言うときアイリちゃんはきっちり仕切る。
みんなもそれを疑問にも思わず、そそくさと教室移動の準備を始めた。
「安藤さん、藤村さん、それからこのペンの持ち主の、井伏、寺崎、工藤さん、沢渡には放課後、ちょっと付き合ってもらうよ」
なんとなくウキウキとした様子で、ショウヤくんはペンの色が染みたコーヒーフィルターを1枚抜き取って、返事も聞かずに理科室へと歩き始める。
アイリちゃんと私は、その後ろ姿をただ眺めていた。
「……変なヤツだね」
「……うん、そうですね」
そう言いながら、私もアイリちゃんも思わず笑いが溢れる。
「藤村、安藤、遅れるぜ」
残った容疑者の一人、となりの席の井伏くんと三島さんが、肩を寄せ合いながら教室を出る。
鳴り始めたチャイムに慌てて理科の教科書を持つと、私たちは笑いながら廊下を急いだ。
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