mission0-17 少年たちの宣戦布告
ガルダストリア、エリア・”フォートレス”、玉座の間につながる回廊にて——
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はいけー リゲル・ドレークさま
いまにちから3にちご、
あなたにうばはれたもの、とりかえしにゆきます。
アンフィトリテのいきのこり
ノワール より
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「なんですこれは……!」
幼い子どもが書き殴ったような文字の手紙をくしゃりと握りしめ、リゲルはわなわなと声を震わせる。
半分は馬鹿にされたことへの怒り、そして半分は獲物が自ら近づいてきたことへの高揚。
そんな彼を見て、手紙を持ってきたネズミはけらけらと笑った。
『念のため言っておくけど、いたずらじゃないよ? これはれっきとした宣戦布告サ。ノワールが誠心誠意込めて書いた、ね』
「ええ、そうだとして……それをなぜルーフェイの
『元、だよ。今のボクは国を抜けた裏切り者サ。別にどこかの組織に所属しているわけじゃないからね』
「カハハ……なるほど、国を追われた者同士が仲良く集って、このおままごとのような手紙で私に喧嘩を売ってくるとは……面白い、面白いじゃないですか!」
ぐしゃり。
リゲルは呪術で動いていたネズミを切り捨てると、くるりと玉座の間に背を向け、自室のある方へと歩き出した。
すぐに準備をしなければ。
〈遊泳する孤島〉には、ポセイドンの神石の持ち主が戻ってきた時にいつでも迎え撃てるよう、屈強な兵士たちを常駐させている。
だが、念には念を、だ。
敵がこうしてわざわざ宣戦布告状を送ってきたのだから、自ら赴いてやらねばガルダストリア宰相の名も
(それにしても……)
リゲルはクックと含み笑いを浮かべる。
奪われたものを取り返す、手紙にはそう書いてあった。
だが、あの島に行くことで何を取り返すつもりなのだろう? 彼の一族はみな殺してしまった。換金できる物品は全てガルダストリアに運んでしまった。あの島に価値のあるものなどもう何もない。
(取り返す、ね。むしろこちらのセリフですよねぇ……!)
アンフィトリテの一族を襲ったあの日、ポセイドンの神石が手に入らなかったからこそ、今のリゲルの立場は危ぶまれている。王の信頼は自分よりも外国の傭兵団・ヴァルトロに傾き、このままでは二国間大戦の作戦指揮権を奪われるかもしれない勢いなのだ。
(……と、タイミングの悪い)
廊下の向こうから、まさにヴァルトロ傭兵団の首長を務めるマティス・エスカレードが歩いてくるのが見えたのだ。
「どこへ行く?」
会釈して通り過ぎようとしたが、呼び止められてリゲルは内心舌打ちをする。
「〈遊泳する孤島〉の視察ですよ。かの島は海上からのルーフェイ侵攻の足がかりになるかもしれないのでね」
「今の時期に賢明な行動とは思えないが」
「(私に指図するな、力でのし上がった脳筋め)……急いでおりますので、これにて」
「リゲル。制海権にこだわりすぎると、いつか己の身を滅ぼすぞ」
「カハハ……ご忠告、どうも」
リゲルは愛想笑いを浮かべてその場を去る。
はらわたを業火で煮えたぎらせながら。
マティスがこの時間、玉座の間の方へ向かうということは、王から軍事作戦についての相談で呼ばれているということなのだろう。本来ならばリゲルが務めるべき役割だが、彼は王に呼ばれてはいない。
(なぜです陛下……! なぜ……これまで一心にお仕えしてきた私ではなく、あの男を選ぶのですか……!)
先ほど切り捨てたネズミの死骸を何度も何度も踏みつける。高価な皮靴が汚れようが、何度も。それでも、彼の怒りと焦りは一向に収まることはなかった。
そして、三日が過ぎた。
「いてて……」
〈遊泳する孤島〉に向かって移動するシャチの背の上で、クレイジーは青紫にくすんだ左手の薬指を押さえていた。彼曰く、呪術によって使役したネズミが殺されると、使い手に反動が起こるのだという。
「なかなか腫れが引かないもんなんだな。悪い……そんな風になるとは知らなくて」
ノワールが謝ると、クレイジーは首を横に振った。
「キミが罪悪感を感じる必要はないよ。あの宰相さん、相当余裕がなさそうだったからね。ボクが引き際を見誤っただけサ」
そう言って彼は懐からリゲルに渡した手紙の写しを取り出した。
「それよりボクはちゃんと意味が伝わったかどうかが心配だよ。こんなの……まるで怪文書だ」
ノワールが必死で書いた文章を指してクレイジーは腹を抱えて笑う。彼がこの件でノワールを茶化すのは三日間で通算二十七回目だった。初めのうちは「初めて文字を書いたんだから仕方ないだろ」などと言い訳をしていたが、そのうち毎度相手をするのに疲れて、ノワールは小さくため息を吐くだけにとどめる。
「文章の内容が伝わるかどうかが重要じゃない。メッセージが届いたって事実が重要なんだ」
「『アンフィトリテの一族をいきなり襲ったあんた達とは違う』……そういうことでしょ?」
シアンの助け舟に、ノワールは頷く。
リゲルに対して宣戦布告を出すことについてはジョーヌから散々反対されたが、これだけはノワールにとって譲れなかった。ノワールがそこまで主張を曲げないのも珍しいことだったので、最終的にはジョーヌの方が折れる形になったのだ。
やがてシャチが「キュイ!」と高く鳴く。
目的地に迫っている知らせだ。
「島に上陸する前にもう一度作戦を確認しよう」
ジョーヌがそう言って、羊皮紙を広げた。そこにはトリトンやかつて〈遊泳する孤島〉に立ち寄ることが多かったシャチたちの記憶を元にした島の地図が描かれていた。
全体が黒い大きな岩礁で形成されている島のため、上陸するとしたら船用に岩を削った岸から上がるしかない。
当然そこには常駐しているガルダストリア軍の軍艦があり、見張りの兵士も立っているはずだ。
「まずはここを突破できるかどうかが鍵になる。この件に関してはトリトン、君に任せていいんだったね?」
ジョーヌが確認すると、彼らが乗っているシャチの隣を泳いでいるトリトンは高音で答える。
“ああ、問題ない。お前たちは上陸してからのことに集中しろ”
海岸に上陸すると、その先にはアンフィトリテの一族がかつて住んでいた集落がある。ドーム状になっていて、岩の内部を削って住居にしていたようだ。
「ここもガルダストリア兵たちが待ち伏せしている可能性は高い。ノワールはこの奥にある、覚醒の儀を行うための祭壇をまっすぐに目指しなさい。そして我々はノワールが敵に足止めされないよう護衛する必要があるが……」
ジョーヌはちらりとクレイジーの方を見やる。
「クレイジー、君は本当に我々に協力してくれるつもりなのか?」
この集落跡地での戦いは死角が多い分、飛び道具が扱えて危機察知能力の高いクレイジーは作戦に欠かせない存在だ。
問題は、彼が裏切らないかどうかだが。
クレイジーはへらりと笑って答える。
「だから、何度も言ってるでしょ? 今のボクはルーフェイを裏切って生きる目的も特になし、仕方ないから何か面白そうなことをやろうとしてるキミたちに付き合うつもりだって。ま……気まぐれっちゃ気まぐれだけど」
「あんたねぇ……!」
いい加減はっきりしなさいよ、シアンからそんな言葉が飛び出しそうになったが、ノワールはそれを遮る。
「ありがとう、クレイジー。気まぐれでもいい、お前が協力してくれると心強いよ」
「はァ……そんな風に期待されても困るんだけどな」
クレイジーはやれやれと肩をすくめる。
相変わらず素顔の半分を仮面で隠し続けているせいで表情は窺いづらいが、彼がノワールの言葉に不快感を持っていないことは明らかだった。
「……で、集落を突破したらいよいよ祭壇、か」
祭壇は地下、つまり海中に位置する場所にある。シャチたち曰く、染み込んだ海水に囲まれた祭壇に、アンフィトリテの一族に代々伝わる神器が祀られているのだという。神石と神器は本来二つで一つ。ノワールが持つポセイドンの神石を神器の窪みにはめることで覚醒の儀は果たされる。
ノワールは首から下げた石をぎゅっと握りしめた。
(母さん……どうか……どうか、見守っていてくれ……)
進行方向を見ていたシアンが声を上げる。
黒い岩礁の島、〈遊泳する孤島〉が見えてきたのだ。同時におびただしい数の軍艦が島の前に並んでいるのも目に入る。
「あーあ、やっぱりガルダストリアの動きにつられてルーフェイ軍も出てきたみたいだねェ……」
クレイジーが呟く。
確かに、島の前に停泊している軍艦はガルダストリア軍のものだけではないようだ。
この作戦が失敗して、神石がどちらかの国に渡るようなことがあれば、あの軍艦同士が力を利用して激しい戦いを海で繰り広げるだろう。そうなったら人の血が多く流れ、鉄くずがたくさん捨てられ、海はますます荒れ果てる。
(そうは、させない……!)
ノワールは決意を新たにすると、目的地をまっすぐ見据えて叫んだ。
「行こう! 最初で最後の戦いを始めに……!」
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