mission0-7 ストリート



『”ストリート”……”ストリート”……』


 電子音のアナウンスが流れると、昇降機の動作が停止して正面の扉が開いた。話をしている間に目的地に着いたらしい。一緒に乗っていた人々も半数くらいがここで降りていく。ノワールたちもその流れに乗って”ストリート”の街へと降り立つ。


 街の様子を見て、ノワールは一瞬めまいを覚えた。


 ここは、何もかもが


 人も建物も、あらゆるものが狭い場所にぎゅうぎゅうに押し込められたような街で、人々の話し声や建物に乱雑に取り付けられた看板の文字——読めはしないがそれが文字という言葉を記号で表したものであることはジョーヌに教わった——がそこらじゅうを飛び交っている。


 昇降機を降りた瞬間に、海の中やココット村とは比べ物にならない膨大な情報の渦に飲み込まれたような感覚がしたのだ。


「うわ、ちょっと大丈夫? もしかして昇降機で酔ったの?」


 心配と呆れ、その両方が混ざったような表情でシアンはノワールの顔を覗き込む。


 まだめまいのような感覚は続いていたが、ノワールはふと自分の任務を思い出してパッと顔を上げた。


「ごめん、もう平気だ。ジョーヌ、俺がんばるよ」


 強がってみたものの、まだ顔の青いノワールを見てジョーヌは笑う。


「そう無理をしなくていい。君はまだボディガード見習いなんだから。今日はシアンちゃんについて彼女の立ち回りをよく勉強してくれ。それに、私はこれから古い友人と一対一で会うからボディガードはしばらくお預けだ」


「ってことは……!」


 きょとんとするノワールをよそに、シアンの瞳が急にぱぁっと輝いた。ジョーヌはにっこりと微笑んで答える。


「ああ。私の用が終わるまで二人は好きに過ごしていなさい。買い物でもいいし、観光でもいい。二時間後にこの通りの先にある酒場〈レッド・デビル〉で待ち合わせをしよう」






 ジョーヌと別れてから、シアンとノワールは二人で繁華街を歩いていた。はじめシアンはノワールと一緒に行動するのを嫌がったものの、文字の読めない彼を雑踏に置き去りにすることはさすがに気が引けて、自分が行きたいところに付き合ってくれるのなら一緒に来てもいいと同行を許したのである。特に行きたい場所などなかったノワールは、迷うことなくシアンについていくことにした。


 シアンの行きたい場所というのは、同じ年頃の少女たちが集まっている衣料品店や甘い香りを漂わせているスイーツショップなどではなかった。それどころか、彼女が立ち寄ったのはむしろ筋骨隆々のごつい男たちが出入りしている傭兵ギルドばかり。


 そのうちの一つ『傭兵団ヴァルトロ』のガルダストリア・ストリート支部は、数ある傭兵ギルドの中でも最も大規模な建物を構えていた。この辺りの家屋にはない、北国仕様の傾斜のきつい屋根が特徴的だ。


「ここは今世界中で一番勢いのある傭兵ギルドよ。リーダーが北国出身の荒くれ者たちをまとめあげて、実力主義でどんどん勢力を拡大して、今じゃ国みたいな規模までに大きくなったの。リーダーのマティスって人は、ガルダストリアの王様にもすごく信頼されているって言うわ」


「へぇ、傭兵でそこまでのし上がれるなんてすごいな……それにしてもシアンは傭兵ギルドで一体何をするつもりなんだい」


 ノワールが尋ねると、シアンはいたずらな笑みを浮かべた。


「決まってるでしょ、高収入な働き口を探すの!」


「え、でもそれじゃジョーヌは……」


「いいのよ。傭兵稼業ってそういうもんなんだから。ジョーヌは元々うちの親のお客さんでね。収入はそこそこいいけど、反戦家なんて今のご時世合わないでしょ。もっと払いのいいお客さんがいたらさっさと乗り換えてやるんだから」


 シアンはそう言うと、ギルドの中に入って掲示板に貼られている求人票を一つ一つ見始めた。そのうちの一つに気になるものがあったのか、彼女はその求人票を掲示板から剥がしてカウンターにいるマスターに話しかける。


「ねぇ、この仕事やってみたいんだけど今から面接は受けられる?」


 すると支部のマスターは豪快に笑いだした。


「お嬢ちゃんが傭兵をやるのかい? そっちの兄ちゃんならまだ見込みはありそうだが」


 そう言ってマスターはシアンの後ろに立っていたノワールの方を見た。シアンはムッとしてマスターとノワールの間に割って入る。


「こう見えても、私はココット村でボディガード稼業を営む家の当主よ。両親の代にはガルダストリア政府の要人の警護も」


 シアンの言葉の途中でマスターは首を横に振ってため息を吐いた。


「冗談はよしな。もしもお嬢ちゃんが傭兵の端くれだって言うんなら、この業界が実力主義ってのも知ってるだろう? 自分のものじゃねぇ肩書きなんざあてにならねぇ。認められたきゃまずは簡単な任務からこなして実力を証明するんだな。そうだ、まずは近隣の森でウサギを捕獲してくるなんてのはどうだ? “ロイヤル”の貴族のお坊ちゃんからの任務なんだが、簡単すぎて受注する奴がいなくてよぉ」


 マスターが幼い子どもをあやすかのようにそう言うと、周囲にいた屈強な男たちが皆笑い出す。馬鹿にされて、シアンの顔は真っ赤に染まっていた。


「……ああそう! そういうことなら、こんなギルドこっちから願い下げよ!」


 シアンはくるりと向きを変えて出て行こうとする。ノワールも慌てて彼女の後を追う。マスターは全く気にかけていない様子で、軽い口調で二人に向かって声をかけた。


「待て待て、強気なお嬢ちゃん。金が欲しいだけなら、別に傭兵みてぇな効率の悪いことをしなくても稼ぎ口はいくらでもある。例えばほら、そこにいるメガネの実験体として付き合ってやるとかな」


 そう言ってマスターが顎で示したのは、部屋の隅にうずくまって座り込んでいる眼鏡をかけた少年だった。年はノワールたちと同じくらいで、左腕には金属でできた義手をつけている。マスターに紹介をされたことに気づいていないのか、ずっと俯いたままブツブツと何かを呟いている。


「……屈辱的だわ」


 シアンはぽつりとそう言うと、眼鏡の少年には構わずにギルドを出て行った。



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