mission0-6 ガルダストリア首都



 ココット村から北西に向かって街道を歩くこと三日。ジョーヌ、シアン、ノワールの三人はようやくガルダストリア首都にたどり着いた。


 ガルダストリア首都は小高い丘を基盤にした階層型の都市構造になっている。


 元は王城と城下町のみであったが、産業革命以降は産業の中心となる工場や研究施設が作られ、人口が増えるごとに上へ上へと金属によって作られた地盤を重ねていき、それぞれのエリアを行き来するために昇降機が発達。


 外側から見れば、まるで都市全体が巨大な機械仕掛けのような格好をしていて、工業大国という肩書きを表すのにはこれ以上ない街並みである。


「こんなものを……人間が……」


 今まで海で過ごしてきたノワールにとっては、軍艦でさえ畏怖の対象だった。だが、それを軽く上回るものがこの世界に存在することを目の当たりにして、胸の内が不穏にざわつく。シャチたちはまだ自分たちこそ海の王者であるというプライドを捨てきれていないところがある。だが、人間の方はシャチのことなど滅ぼそうと思えばいつでも滅せるのかもしれない。


 十六年前に、一瞬にして自分の故郷が失われてしまったように。


 街を見て絶句していたのはノワールだけではなかった。隣に立っているシアンもぽかんと口を開けたまま眼前にそびえる巨大都市を見つめている。


「もしかして、シアンも初めてなの?」


 ノワールが尋ねると、シアンははっとした様子でぶんぶんと首を横に振って否定した。


「べ、べ別に? 来るのが初めてってだけで、噂は色々聞いたことあるし! 地図だけなら何回か見たことあるから、街の大まかな地理感は分かるわよ。ガルダストリア人ならそれくらい当然でしょ!」


 そう言いつつも、彼女のぬいぐるみのショルダーバッグから顔を出している旅行ガイドは、彼女がいかにここに来るのを楽しみにしていたかを物語ってしまっていた。


「まぁそう照れるなシアンちゃん。首都はガルダストリア人たちの憧れの街。世界中でもこれほど賑わっている土地は他にない。せっかくだし、色々見聞きしていくといいだろう……だが」


 ジョーヌは真剣な顔つきになって、少年少女の目をまっすぐに見る。


「それゆえに首都にはあらゆる人間が集まっている。ガルダストリア軍の監視の目は他の地域より強く、目立つようなことはできない。それに南の大国・ルーフェイとは緊張状態にあるとはいえ、人の出入りが禁じられるほどにはまだなっていない。先日私たちを狙った仮面舞踏会ヴェル・ムスケがまた襲ってくる可能性もあるだろう。街の中に入ったらくれぐれも気を抜くなよ」





 ガルダストリア首都は大きく五つのエリアに分かれている。


 王城構える最上層の”フォートレス”、裕福な人々の住む高級市街地”ロイヤル”、ガルダストリアの産業を支える企業群のある”オフィス”、研究施設が立ち並ぶ”ラボラトリー”、そして最も広く最も多くの人々が行き交う繁華街の”ストリート”。


 ジョーヌの目的地は”ストリート”だった。


 ジョーヌの「仕事」というのは反戦に賛同する有力者の署名を集めることだ。"ストリート"にも王政を支える有力者は何人かいる上に、"フォートレス"から"ラボラトリー"の上層に住む人々より中立的な立場が多いのだ。ジョーヌは彼らを説得して、少しでもガルダストリア首都に住む人々の署名を集めようとしているのである。


「なぁ、ひとつ聞いてもいいかな?」


 街道から"ストリート"のエリアに移動するための昇降機に乗っている途中、ノワールは尋ねる。


 ジョーヌは「何だい?」とにっこりと微笑んだ。彼にとって、ノワールがみるみるうちにあらゆる知識を身につけて行くのはまるで我が子の成長を見守るかのような心持ちだったのだ。それゆえに、少しでも気になることがあったら何でも尋ねるようにと伝えていた。


 ノワールは頭の中を整理しながら言葉を選んで紡いでいく。


「えっと、昨日シアンから聞いたんだんだけど……ジョーヌはガルダストリアの王様とリゲルって人と意見が合わなくて首都を追われることになったんだよね?」


「ああ、そうだよ。王と宰相のリゲルはルーフェイとの戦争に賛成していて、私はそれに反対したからね」


 ジョーヌの答えに、ノワールは腑に落ちない表情を浮かべた。


「うーん……そこがよく分からないんだ。何で王様たちは戦争をしたがってるんだ? 戦争っていうのは国同士の喧嘩なんだろ。そんなことしない方がいいに決まってるじゃんか。それなのに、なんでジョーヌの方が追い出される側になったのか……」


 するとジョーヌはふっと笑って、ノワールの頭を撫でる。


「ノワール、君は純粋だな。だが、残念ながらガルダストリアの人々の多くはそう思っていない。たとえ話をするとしたら……そうだな、君はココット村沖の海域はシャチのものか人間のものか、どちらのものだと思う?」


「えっと、あの辺は色んなところからの海流が集まる貴重な狩場だから、何十年も前からシャチたちがナワバリにしていたらしいんだ。人間があの辺りまで船を出せるようになったのはわりと最近のことなんだろ? だったらシャチのものだ。俺はそう思う」


 ノワールは自信ありげにそう答えた。


 だがジョーヌは首を横に振る。


「それは君がシャチと暮らしてきた時間が長かったからそう思うだけだ。人間にとってみれば、そんな事情は当然知るわけがない。誰のものでもないと思って、侵略を進める。そうしたらシャチたちは怒るだろう?」


 ノワールは頷く。


「シャチたちも生きるのに必死なんだ。自分たちの狩場を守るために、人間の船を襲うと思うよ」


「そうだろうな。だが人間にとってみれば新しい漁場に突然凶暴なシャチが現れたという風に見える。そして身を守るために応戦するだろう」


「うーん、それじゃあお互いにきりがない」


 頭を抱えるノワールを見て、ジョーヌは満足げにうなずいた。


「その通り。そもそもこの議論は不毛なのだ。創世神話の考え方を借りれば、大地の資産は神が創りし共有の財産。それに誰かの名札をつけること自体が本来罰当たりなことなのさ。だが、人は自分ごととなると創世神話に書かれた最初の三行すら忘れてしまう」


「創世神話……こないだジョーヌが読み聞かせてくれたやつ? それなら最初の三行、俺は覚えているよ。確か、『人を傷つけてはいけません。人のものを盗ってはいけません。人に嘘をついてはいけません』だった」


「よく覚えていたね。その通りだ。話を元に戻そうか。ガルダストリアはもともと小さな農業の国だった。だが、産業革命によって国は急速に発展し、さらに発展をし続けるためには国の中にある資源だけでは足りなくなった。だから他の地域に手を伸ばそうとした」


「だけどその他の地域っていうのは、すでに別の国が目をつけていたってこと……?」


「そういうことだ。ガルダストリアとルーフェイは、それぞれの南北の大陸に挟まれている砂漠地帯・スヴェルト大陸を狙っている。ガルダストリアがスヴェルト大陸に求めるのは新たな資源だ。ただ……」


 ジョーヌはそこで言い淀む。そして周囲をちらと見やった。昇降機には他に何人か乗っているが、こちらの話に耳を傾けていそうな人物はいない。それでも、彼は声を潜めてノワールに答える。


「ルーフェイの目的ははっきりしていない。あの国は産業よりも呪術によって勢力を伸ばした国だ。スヴェルト大陸の資源が目的とは思えない。王家による公式見解でも、産業の発展云々よりもガルダストリアを直接煽るような言動ばかり。まるで戦争を起こすこと自体が目的かのようだ。私が戦争に反対する理由は、単に平和を愛しているだけではなく、そこにあるんだよ」


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