第2話 城跡を守る男達

 これは、他県の大学へ進学した息子が体験した話である。



 二年前のある日の事……


 その頃、ドライブにハマっていた僕は、近くに夜景が綺麗な城跡が有るとネットで知り、自分が住んでいる街を高台から見てみたいと言う思いも有って友達を二人誘って車で出かけて行った。


 その場所が戦国時代にはこの辺り一帯を統治していた大名の出城だった事は後で知ったが、景色を楽しむより他の意図は全く無かった。



 話が弾み車内は夜だと言うのに陽気な空気一色だった。


 車で登れる所まで行ったら、後は展望台まで歩きだなどと、そこが実際どんな所なのかも何も知らないではしゃいでいた。


 百聞は一見に如かずとはよく言ったものだ。山は深く、登るに従って道は予想よりも細く、おまけに電灯も少なかった。


 どこまで登ればいいのだろう、甘く見ていたな、と思い始めた頃、ようやく「←○○○城跡」の看板が見えた。


 良かった、などと思いながら、指示通りに細い脇道に曲がって入ると、切通しの中を真っ直ぐの白い道が伸び、明かりの無い突き当りには小さな神社が有った。


 城跡に神社が建てられている事など珍しくない。


 だが、それを見た時、僕は一瞬何か嫌なモノに這い寄られた様な違和感を覚えたのだ。


 道の幅は車一台分しか無く、もしも他の車が来ればすれ違う事は出来そうにないが、この時刻では心配要らない気もした。しかし幾ら何でも行き止まりの神社の前に車を止めるのは不敬な気がして、帰りはバックで出るしかないな、と思いながら参道の途中に車を停めた。


 懐中電灯の明かりを頼りに案内板の指す方へ歩いて行くが、心なしか足が重い気がした。暗い道を歩く事はそんなに苦ではないが、普段町中に住んでいるせいか、音がしない空間と言うものに慣れておらず、何だか落ち着かなかった。


 天気も上々、星も見えるのだから、夜景もきっと素晴らしいだろうと呟き、さっき感じた嫌な雰囲気を友人達に悟られない様にと思いながら歩いていると、少し登った先の開けた真っ暗な広場の様な場所に、更に黒い十五六人の人影が塊になって何かを喧喧囂囂と話し合っているのが見えて来た。それが視界に入った途端、僕は無意識にその場に立ち止まった。


 何故かは分からない。僕はただ自然に足を止めたのだ。

 黒い人だかりはしきりにやりとりしている様子なのに、声が全く聞こえて来ない。

 

 何だ、あの人達は……


 しかし、先を行く友人二人は彼等の様子も気にならないのか先を行ってしまう。


 こんな時刻にこんな特殊な所で。関係者以外この場所にいない筈なのに何をしているのか、と見咎められても面白くない気がして、僕は友人達を呼び止めようとした。


 おい、それ以上行くなよ、と言おうとしたが、喉に何か張り付いた様に声が全く出なかった。


 何これ、どう言う事。


 僕はもう一度広場にたむろしている人影を見た……


 えっ……何だ、あの人達は……人? 影? 影だけ? どうして?


 気付いた瞬間、身体中をさっき感じたのとは比べられない程の悪寒が走った。


 息苦しさと全身を走る震えに、絞り出す様に冷や汗をかきながら、広場に向かって先を行ってしまいそうになる友人達に手を伸ばそうとしたが、手が自分の物ではない様に動かなかった。


 行っちゃいけない。あの人達の邪魔をしてはダメだ。

 

 僕は足が止まったのではなく、その場にまるで、そう金縛りにあっていたのだと気が付いた。


 必死に動こうとして、身体のどこかがピクリとなって膝をガクリと折って座り込みそうになり、吐き出す様にやっと声が出た。 


「悪い。何か、気持ち悪くなって来た。」


 僕の小さな声に友人達が慌てて振り返った。


「ええっ。吐きそうなんか? どうしたんや。」


 いつもはふざけ合うだけの奴等も、僕の様子が尋常じゃない事を感じたのだ。


「大丈夫か? 車酔いしたんか?」


「分からん。腹も痛い。ダメだ。」


 蹲りそうになる僕の手を一人が取ってくれたが、彼は何かに驚き目を丸くした。


「お前、手がめっちゃ冷たいぞ。」

 

 もう一人は僕の顔を覗き込んで触って更に驚いた。


「何だその汗。全身びっしょりじゃないか。」


「下のコンビニまで我慢出来るか?」


「分からん。」


「とにかく降りるぞ、急げ!」


「車、運転出来るんか? お前しか免許持ってないんぞ。」


「何とかがんばる。」


 帰ると決めたからか、急に体が軽くなって冷や汗が引いた。


 しかし、こんな所に長居は無用だと思った。


 彼等のに不用意に入って行こうとした自分達がどんな報いを受けるか分かったものではない。


 とにかく僕が彼等に気付いた事を、彼等に知られてはならないのだ。


 走る様に車に戻り、エンジンを掛けて僕は更に息が止まりそうになった。


 真っ暗い参道をヘッドライトが照らした先の突き当りの神社の前に、一台のパトカーがこちらを向いて停まっているのが見えたのだ。


 警官らしき人影が二人乗っているのが見えた。


 彼等はライトも付けずに、こちらにゆっくりにじり寄って来た。


 何か違反をしただろうか。普通なら咄嗟にそれを思うのに、僕の頭に浮かんだのはただ一点、彼等はどうやってあの場所に車を進めたのか、だった。


 道はこの狭い一本だけで、脇道は無い。


 神社の向こうはすぐにせり上がった崖だったのだ。


 僕らが来る前からあの場所にいた筈も無い。


 これはヤバい。早くここを出なければ。


 僕は見てはいけないモノを見てしまった。それを彼等に気付かれてしまったに違い無いのだ。


 そう思えば思う程、何時もなら難なく出来る車の操作も上手く行かなくなった。


 バックで進むのに手間取っていると、パトカーから二人の制服を着た警官が下りて来た。


 二人は車体に貼られた僕のを見て、先程のもたつき具合を納得したのか少し口元に笑みを浮かべた。


 その人好しそうな表情は、僕が想像していた無表情な亡者のものでもなく、怒りに満ちた悪霊のそれでもなく、紛れも無く血の通った人のものだった。


 それを見た瞬間、僕は逆にホッとして悪寒も全て何かの思い違いだった様だと肩から力が一気に抜けた。


 パトカーも、きっと何処か地元の人なら知っている道が有って、そこから入って来たのだろうと思った。 


 窓を開けて、との指示に素直に従いつつ彼等を見た。


 二人の警官は、お決まりの様に警察手帳を僕に提示しながら言った。


「こんばんは。こんな所にドライブですか?」


「はい……夜景を見に来ました。」


「もうお帰りですよね。一応免許証を拝見出来ますか?」


 そんなやり取りの間、もう一人の方は車の中にいる友人を順に見ている。


 免許証を出しながら、僕は警官の顔を見た。


 三十代の普通の人だと思った。


「すいません。急に腹が痛くなって……ちょっと急いでるんですけど、この近くにコンビニって有りますか?」


「えっ、腹痛ですか。ああ……ここを出たら右に降りて行くと有る筈です。山道は暗いので気を付けて運転して下さい。では。」


 僕に免許証を返し、二人はパトカーに引き上げて行った。


 後部座席の友人が身を乗り出して僕の顔を覗いて来た。


「お前、本当に大丈夫か?」


「何か、急に治った。でも帰ろう。」


「おう。行こうぜ。」


 車の頭と頭を突き合わせる様に狭い道を慎重に進み、僕らの車が路地をやっと出ると、前進して来たパトカーが先に公道に出て走り始めた。


 僕も彼等に続こうと十メートル程行った三叉路を、自分達と同じ方向へ曲がるパトカーを見ながら車を進めた。


 ところが、曲がり終えた一本道の山道にパトカーの姿は無く、暗い道だけが僕らの前に続いていた。


「……」


 彼等は、パトカーは一体何処へ……


 血の気が引いた僕の横と後ろで、友人達二人は何も気にも留めず呑気にコンビニでの買い物について喋り始めた。


「あのパトカーいなくなった。」


「えッ? パトカー? そんなもの最初からおらんけど。」


 僕はそう返して来た友人の顔を見た。冗談で嵌めようとしている訳では無さそうだった。


「お前さっきから窓開けて何喋っとったん、一人で。」


「だから……警官に免許証見せ……」


 友人達にはパトカーも話し掛けて来た警官も見えていなかったのだ。



 それ以来、僕は夜のドライブに誘われても、何だかんだと理由を付けて断る事にした。








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