ネロ・パニック!パンケーキの新しい力!!②
「――はふっ! んぐ、うぅーっ、やっぱり『唐揚げ甘酢ソース』はザクザクジュワリのおっきい唐揚げを甘酢ソースと青ネギが引き立てて複雑な食感とさっぱりとした後味を実現してるから最高だねー! ミシュランの人なんでまだ来ないんだろ」
「甘寧、実は誰か見えてるですか?」
ふたりはその昼も、食堂(去年改装され『マリベル・カフェ』と改名された)の定食で若い胃袋を満たしていた。
その日の注文は日替わりランチ『A定食』。加えて金曜日は、毎回争奪戦の発生する『唐揚げ甘酢ソース』であった。
「今日は食券買えてよかったねー」
「甘寧が珍しく寝坊しなかったですからね」
「今日は寝癖も余裕で直せたもんね! 完璧ッ!」
顔へ押し付けられた甘寧のピースサインを、仁菜は振り払った。
「大体甘寧は鏡に張り付く時間が長過ぎですよ」
「身だしなみは大事だって言われたよ!」
「お父さんにですか?」
「……さぁ? わからない。誰の記憶だろう?」
「何の漫画のマネですかそれは。とにかく、美容を気にするならまず早起きですよ」
「唐揚げ美味しい~」
「話聞けですよ」
口いっぱいに唐揚げを含んで餅のようになっている甘寧を、しかし仁菜はそれ以上叱ろうとはしなかった。
「にぇ仁菜ひゃん」
「まず飲み込めですよ」
「んぐ。金曜日の唐揚げ甘酢ソースと月曜日のチーズハンバーグ、人生最後の日に食べるならどっち?」
思わぬ問いに、仁菜は唸り声を上げる。
「確かに唐揚げは美味いですよ。しかしチーハンの濃厚な旨味も捨て難し。ムム」
「せーので決めよ」
「あーちょっと待つですよ! ……はい、決めた、決めたですよ」
ふたりは緊張の面持ちで見つめ合い、小さく息を吸い込んだ。目と目でタイミングを合わせ、その口から結論を解き放たんとする。
「「せーのっ――」」
その時であった! 不吉なる爆発音、そして振動がカフェに襲い来たのは!
「えっ、これって――」
「嘘ですよ」
この音自体は、既に七度も聞いている。だが、それはいずれも東堂町内の話。今のはどう考えても音が近過ぎる!
「まさか、この学校に!?」
「ここ中吉ですよ!?」
ふたりは行動を開始していた! カフェを飛び出し、上履きで駆ける! 空は既に赤く、校庭の方角に煙の柱!
『プリッキィイィイィイィイイィーッ!』
ビリビリと震えるこの声量! 校舎を背に立つふたりの正面! グラウンドにそびえていたのは、つなぎを着たプリッキー!
「甘寧ェー!」
「仁菜ァー!」
叫び声と共に飛んできたのは、二匹の妖精達! 直前までビスケットでも食べていたのか、口の周りに食べカスがついている!
「チョイス! マリー!」
「なんでここで出るですかプリッキーが!?」
「東堂町の近くでなら出せるみたいだッチ!」
「とにかく変身だリー!」
当然分かっている。幸いと言うべきか、生徒達はふたりになど注目していない。避難を促す放送が、中年男性教師の声で幾度も繰り返されていた。
今がチャンス。ふたりは慌ただしく手を繋ぎ、ブリックスメーターを掲げる!
「「メイクアップ! スイートパラディン!」」
瞬間! ふたりを中心に光のドームが形成される! 宙を舞うふたりの制服は、聖騎士の衣装へと変化!
「膨らむ甘さは新たな幸せ! スイートパンケーキ!」
甘寧だった聖騎士は、可愛くキメポーズ!
「頬張る甘さは悩みも蒸発! スイートクッキー!」
仁菜だった聖騎士は、知的さにどこか幼さを残したキメポーズ!
ふたりは高らかに声を揃え、合体決めポーズと共にその名を宣言する!
「「メイク・ユア・ハッピー! スイートパラディン!」」
輝くふたりの聖騎士へ、視線がにわかに集まった。窓際に集まった生徒達が、他の生徒や教師の手で引き剥がされている。
『……カネモチノッ、クソガキドモォーッ』
一方作業着プリッキーは、呪いの言葉を吐きつつ背骨の辺りから何かをメキメキと取り出す。それは、プリッキーとほぼ同じ大きさの竹箒であった。
『キュウリョウ、ヤスインダゾォ……ボンボン、ガァーッ!』
生々しい不満を地を這うように呟くと、プリッキーは竹箒をブンと振り回す!
キュンキュンキュンキュンキュン!
それは、グラウンドに落ちていた石! 砂利ほどのサイズから親指の爪ほどあるものまで、その全てが銃弾めいた速度で飛来する!
「うっ!?」
「だあっ!?」
ふたりは両腕でガード! だが、防ぎきれない細かな石が体に突き刺さる!
「うっ……んん!」
「ぐぅん!」
ふたりが全身に力を入れると、突き刺さった石がプッと一気に吐き出される。その傷は煙を上げながらたちどころに塞がっていった。
が、彼女ら以外の者はそうもいかない。砕け散った窓ガラス。生徒の幾人かは、ガラス片や石で怪我をしているようだった。
「ど、どうしよう、これじゃ――」
「皆さん、窓から離れるですよ! 体を低くして、机とかで身を護るですよ!」
パンケーキの言葉を遮り、あらん限りの大声で、クッキーが校舎に向け叫ぶ!
「悪いですけど全員は守れないですよ! アレは私達で止めるですから! その間自分の身は自分で守るですよ!」
一瞬の静寂の後、人々は動き出した。ある教師は体を低くしつつ怪我人を連れ、ある生徒は自分の体を机で守り、またある生徒は一刻も早く校舎を出ようとする。
「……クッキー」
「心配だと思うですけど、パンケーキ」
パンケーキに向き直り、クッキーが言った。
「この状況で優先順位見失ったら、逆に無責任ですよ。アレを止めなきゃ被害は広がるです。そして、止められるのは。私達だけですよ」
パンケーキはハッとした顔でクッキーを見る。
「……みんなを信じるですよ。きっと、今すべきことをしてくれるですよ」
パンケーキは口をぐっと結び……頷いた。クッキーはニッと笑顔を作ってみせる。
「さ、いっちょ今日も世界救ったるですよ」
「うん……頑張ろっ!」
クッキーが、パンケーキが。同時に地を蹴りプリッキーへ迫った――その時!
「ウッガアアアアアアアァァァァァァァ!」
獣めいた絶叫! ふたりは思わず足を止め、声の方向を、赤い空を見上げた!
嗚呼、何ということか! そこにあったのは、パラシュートも無しに急降下してくるふたつの人影! ひとつは白目を剥いたスーツの男性、そしてもうひとつ! 三メートルはあろうかというその巨体は!
「「……スコヴィラン!?」」
「ガアアアアアアアァァァァァァァ!」
瞬間! サラリーマン男性の体が突如赤黒に発光! そして……爆発!
「きゃああああ!?」
「ぬおおおおお!?」
『プリッキィーッ!?』
至近距離での爆発! 作業着プリッキーはズシンと尻餅をつき、聖騎士達はグラウンドの端に投げ出された!
そして、煙の中から現れたのは……!
『プリッ……キィィィィィイイイイイィイィイィ!』
「に、二体目……!?」
「聞いてないですよッ……!」
スーツを着た、もう一体のプリッキーである! 作業着プリッキーより二メートルほど大きく、十メートルには達していようか!
その肩の上には、スコヴィランの戦士・ネロが乗っている!
「に、二体とかアリですか!?」
「ちょ、ちょっとチョイス達は離れとくッチから!」
「ふたりならできるリー、頑張るリー」
「あ、ちょっと!?」
妖精が高速でどこかへ飛び去って行く。立ち上がりながら、クッキーはギリと奥歯を噛みしめた。
「……やるしかないよね」
「くぅっ、これが私達の役割ですよ、やるしかねぇですよ!」
ふたりは短く頷き合うと、攻撃の構えを取り――!
「ウガアァーッ!」
『プリッキィイイィィイーッ!』
――そして見た。突如赤く輝いたスーツプリッキーが、作業着プリッキーの顔面に拳を叩き込むのを。
『プリッ、キ……!?』
「ウガッ、ウガッ、ウガァーッ!」
赤く輝くスーツプリッキーは、作業着プリッキーの腹を幾度も踏みつける。七度ほど繰り返された後、作業着プリッキーはぐったりと動かなくなった。
「……なん、で」
「ウガァーッ!」
『プリッキィーッ!』
スーツプリッキーは、作業着プリッキーの足首を両手で掴む。そして始めたのは、ハンマー投げめいた高速回転!
「うぐっ、風が――」
「クッキー! あの人まさかッ!」
「えっ――あ!?」
パンケーキに言われ、クッキーはようやく相手の狙いを理解した!
「ぶ、ブン投げるつもりですか!? 校舎に向かって!?」
「止めなきゃ!」
「いや、間に合わんです……えぇいっ! こうなりゃイチかバチかですよ!」
ふたりは同時に宙返り跳躍! キュルキュルと回転しながら、校舎の壁へ着地! プリッキーをキッと正面に見据える!
『プリッ……キィーッ!』
スーツプリッキーが、作業着プリッキーを放り投げる! 大気を切り裂きながら、校舎に向かって飛来する作業着プリッキー!
ふたりの聖騎士は壁に立ったまま手を繋ぎ、魔導エネルギーを高速循環させる!
「はうんッ」
「くぁ……ふぅッ」
チャージに使える時間は普段より遥かに短い! しかし魔導エネルギー循環修行の成果を見せるならば、最早今しかないのだ!
「「スイート・ムーンライトパフェ・デラーックスッ!」」
『プリッキィーッ!?』
間に合った!
ピンクと黄色の光が絡まり合い、作業着プリッキーを包み込む! みるみる人間台に縮み、つなぎの用務員中年男性へ戻ったプリッキーは、ドサリと音を立てて地面へ落下! 惨劇はすんでの所で回避された!
スイートパラディンは壁を蹴り、地面に着地し直す。
「ぎ、ギリギリセーフですよ……修行はするモンですね」
「でも、なんで……こんなことに」
「分からんですよ、それよりまず、アレをなんとかしないと……!」
嗚呼、目の前のプリッキーが、自分の着ていたジャケットをバリバリと破る。腕、肩、胸、腹と盛り上がった赤黒い筋肉が露わになった。
「ウガ……見せつけるゥ」
『ミセツケル……!』
「オレの、強さァ……誰より、強いィ」
『ツヨサ……ミセ、ツケルゥゥ……!』
ふたりの聖騎士は走り出す! パンケーキは蹴りを、クッキーは拳を、プリッキーへぶつける為に! だが!
『フンッ!』
プリッキーは突如その体を若干内側に向け、腕を体の前で円を作るよう組む! 筋肉が盛り上がり、腕と胸が強調された! そして!
バチィン!
そのプリッキーは、ふたりの一撃を……筋肉で弾いてみせたのである!
「えっ!?」
「嘘ですよォ!?」
聖騎士の攻撃が効かないプリッキーなど、ふたりは見たこともなかった。
『オレヨリ、ヨワイクセニ……』
プリッキーの意思か、それともネロの意思か。両腕を上げながら、プリッキーが怨嗟の声を上げる。
『オレヨリ、キンニクガナイクセニ……ナメヤガッテェ』
両腕を組んだプリッキーは、それを足元へ……振り下ろす!
『オレノ! チカラヲ! ミロォ!』
聖騎士の足元に向け、バキバキと地割れが迫ってゆく!
「うわっ!?」
「ちょっ――!」
ふたりは何とか攻撃をかわす!
地がぱくりと割れ、グラウンドの真ん中に小さな谷が生まれた!
「こんなの、何発も使われたら」
「学校がメチャクチャですよ、早く止めないと!」
次の狙いは顔面! 筋肉の薄そうな場所を選び、同時に一点を攻撃する計算!
『フゥーンッ!』
それさえも! 腕を頭の後ろで組んだ筋肉強調ポーズにより、びくともしない!
「ウガァーッ! オレは、強い! カイエンより、セブンポットよりぃ! いっぱい暴れて、いっぱい壊すゥ!」
巨人の肩の上、ネロががなり立てて大気を震わせる。
「そんな……顔もダメなんて」
「あのポーズがあれば無敵ってわけですか!」
「行けェーッ!」
『モットォ! ミロォ!』
嗚呼、悪魔的な太さの腕が! 再び地面に向けて振り下ろされる! その時!
「――分かったッ!」
「えっ」
パンケーキは既に色付きの風となっていた! 向かう先は……プリッキーの腕がまさに振り下ろされんとする、その場所である!
「パンケ――」
ドゴシャア!
圧倒的腕力により、パンケーキはぺしゃんこになるかに思われた! しかし!
「……くあぁ」
『プリッ……!?』
そこにあったは、巨大ダブルスレッジハンマーを両腕で支えるパンケーキ!
「パンケーキ!?」
「今のうち! 攻撃して!」
パンケーキへかかる負荷は尋常でない! 二の腕や腿の皮膚が裂け、血が噴き出す! 魔導エネルギーが傷を塞ぐが、治ったそばから再び肉が引きちぎれてゆく!
「早くッ!」
「だっ――いつもそうやってェ!」
常人ならショック死してもおかしくない! これほどまでに無謀な作戦を!
「潰せ、潰せェ!」
『プリッ……キイィィイィ!』
「そんな戦い方、堪忍袋もプッツンですよ! この戦いが終わったらお説教ですから覚えとくですよ!」
クッキーは全身に魔導エネルギーをみなぎらせる。
これで決めねば、パンケーキが危ない! クッキーの真っ赤な顔に血管が浮かび、つつと鼻血が流れた!
「どらあぁぁぁぁぁあぁあぁあ!」
クッキーは地を蹴り、プリッキーの顔面へ!
「だらぁッ!」
バキィン! 顎を直撃! プリッキーの首が、異様な方向へと曲がる! それでもクッキーの拳は止まらない!
「ウガッ!?」
「だらららららららららららぁーァアァアァアァアアァアッ!」
連打! 連打! 連打! 最後に顔の中心を一撃! 影の巨人はぐらりとバランスを崩すと、その場に仰向けで倒れ込む!
「パンケーキ!」
クッキーはパンケーキの隣へ駆けつける! 全身が血まみれで、目の焦点がやや合っていない!
「分かるですかッ、とどめを刺さないとッ!」
「……手、繋いで」
立つのもやっとといった様子で、パンケーキは声を絞り出す。
「そしたら……大丈夫。頑張れるよ」
「……もう、ホントにッ!」
ふたりは手を結ぶと、魔導エネルギーを循環させる! 一日に二度の必殺技は今までに例が無いが、プリッキーにとどめを刺す方法はこれしかないのだ!
「ふぅうあ、あったか、きもちい」
とろんとした顔で、パンケーキが微笑む。
「行けるですか、パンケーキ!」
「いくよ、いけるっ」
クッキーは、パンケーキの分まで魔導エネルギーを注ぎ込む!
「「スイート・ムーンライトパフェ・デラーックスッ!」」
「ウガアァーッ!?」
『プリッキィーッ!?』
ピンクと黄色の光が混ざり合い! プリッキーを包み込む!
プリッキーはぐんぐんと縮み、人間大になると……やがて、空の青さが戻った。
「はっ、はぁっ」
「うぅ……やった、ですよ」
ふたりの聖騎士は膝をつく。ここまでの消耗は初めてあった。しかし、休んでいる暇はない。
「……助けなきゃ、プリッキーに、された人」
「です、ね」
パンケーキは校舎の前で伸びていた用務員を、クッキーはグラウンドに転がる上半身裸の男を抱き上げて合流する。一刻も早く安全な場所へ運ばねば。ふたりが辺りを見回し始めた、その時。
「オレは、強い」
割れた地面の隙間から、声。
「お前ら、より、ずっと、強い」
地の底よりぬっと這い出し、首を一度ゴキゴキと回して見せたその男は。
「だから、殺す。ジョロキア様に、褒めて、もらう……!」
全身土まみれながら、体に傷ひとつ付いていない、ネロであった。
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