ネロ・パニック!パンケーキの新しい力!!

ネロ・パニック!パンケーキの新しい力!!①

 どの時点で、この運命が決定したのか。それは誰にも分からない。

 語ることができるのは、事実のみである。




「興味深い情報が入ったわ」


 その日の朝。会議室でキャロライナが配ったのは、何らかの記事をコピーしたものらしかった。


『特集 スイートパラディンを追え! 第一回(文責:増子美奈乃)』


 ……週刊誌『週刊リアル』先週号。パンケーキを背後から撮った写真、そしてゼッケンを着たプリッキーの写真が大きく載っている。

 こんなゴシップ誌が何だというのか。セブンポットは文字に視線を遣った。


『二十三年振りとなるテロ組織・スコヴィラン、そしてプリッキーの出現。世間を騒がせるこのニュースを知らない方はいないだろう。国民を守るはずの政府は、今もなお有効な対策を示せていない』


 挨拶めいた政治批判から始まるこの記事を、カイエンもまた訝し気に読んでいる。


『役に立たない政治家に代わり、日々彼らと戦っているスイートパラディン。しかしそもそも彼女らは、本当に信頼できる救世主なのだろうか。彼女らの活動の痕跡からその正体を探るべく、筆者は東堂町へ向かった』


 聖騎士の正体を探る試みは昔からあるが、どれも大した結論には至っていない。未だ読む価値を信じられぬまま、セブンポットは視線を動かした。

 記事は、しばらく東堂町の悪口で埋められていた。ゴミが多い、駅前はシャッターと落書きだらけ、住民は排他的、インタビューしただけで汚い言葉で脅された、車に連れ込まれ乱暴されかけた……。


『しかし調査の中で、筆者はある仮説を立てるに至った。彼女らの正体は、東堂町周辺に住む普通の女子学生なのではないか、というものである』


 まあ、正解に近くはある。少なくともナチスの遺産説や宇宙人説よりは。


『変身方法は一旦置いておいて、論拠を述べよう。彼女らは東堂町でプリッキーが出現すると必ず数分のうちに現れる。移動速度を考えるても、常に東堂町周辺に居ると考えるのが自然であろう』


 二ページ目にも写真がある。古本屋の壊れた看板や、屋根を潰された家。『もう少し周りに気を配ってほしいものだが……』とキャプションがあった。


『彼女らの年齢は不明だが、見た目は中学生程度。東堂町に中学校は三つあり、女子生徒のみに絞っても相当な数である。が、筆者は全く別の仮説を立てた』


 ここで初めて、セブンポットはやや意表を突かれた。


『二期型プリッキー一号の出現した現場、東堂町郊外。プリッキーの爪痕生々しいこの場所で、筆者は黒酢の生産・販売を行っている光野醸造に話を聞いた』


 カイエンが唸り声を上げた。


『結果、意外な事実が判明した。実はあの日、光野醸造にはある学校の生徒達が社会科見学に来ていたのだ。隣町・中吉にある県内有数の進学校、聖マリベル学院の中等部二年生である』


 ……マリ学。あの金持ち学校か。


『マリ学の中学二年生にも話を聞くことができた。その結果、複数の生徒が「光のドームが現れ、そこからスイートパラディンが出てきた」と証言したのである』


 光のドーム!

 間違いない、変身時に放出される爆発的エネルギーが視覚化されたものである。

 マリ学の生徒しかいないあの現場で、誰かが変身し、戦った。『変身してから駆け付けた』ではない。つまり。


『こうは考えられまいか。マリ学中等部二年生女子の誰かが、あの日初めて変身能力を手に入れた、と』


「記事内容に間違いは無い? カイエン」


 キャロライナがねっとりと問う。


「聖マリベル学院の子がいて、光のドームがあの場で発生したの?」

「……そうたい」

「フフ、怪我の功名ね。アナタのお陰で敵の正体が分かるかもしれないわ」


 キャロライナは記事の続きをピックアップし読み上げる。


「『マリ学中等部二年生の女子は約九十人』。『東堂町周辺の生徒と考えるとかなり絞られるだろう』ですって。確認しておく価値はあると思わない?」


「……殺したら?」


 セブンポットはおもむろに呟いた。

 カイエンはぎょっとしたようにセブンポットを見る。


「マリ学の女子全員殺したらハッキリするでしょ。いるのか、いないのか」

「確かにいい方法だと思うわ。でもね、それだと今回の作戦に支障が出るのよ」


 キャロライナは平然と返した。


「ジョロキア様の回復を待つ間、不幸の総量を増やして兵糧攻めにする。これが作戦なのは前にも説明したわよね。でも、この戦い方にはもうひとつの意味があるの……スイートパラディンを『飼っておく』っていうね」


 キャロライナは、犬のリードをぐいと引っ張るジェスチャーをしてみせた。


「カイエン、ワタシ達が本格的な殲滅作戦に移れないのは何故?」

「そら、ジョロキア様のご体調に障るけんやろうもん。俺達が直接戦ったら、莫大な魔導エネルギーば使うけんが」

「そうよね。ということは、スイートパラディンが戦うと? セブンポット」


 小学生を相手にした教師めいた口調で、キャロライナは問う。


「ああ、そういうこと」

「何ね、勿体ぶらんで言わんね早く」

「スイートパラディンが全力で戦えば、それだけの魔導エネルギーも消費される」


 女王ムーンライト。

 ショトー・トードの支配者の名が出た途端、カイエンは眉間にしわを寄せた。


「確かにそうやろうばってん……奴は怪我やら気にせんで魔導エネルギーば供給できるとばい。やっぱり俺達も一旦ジョロキア様が回復してから――」

「あら、忘れてないかしら?」


 半分椅子から立ち上がりかけたカイエンの台詞を、キャロライナが遮った。


「どうしてワタシ達は泉を破壊したの?」

「そらお前……あっ」


 然り。住む世界は変われど、動かしがたい事実。

 即ち。


「僅かなお菓子を分け合って。内部の不満にも対応して。外敵に備えて結界も張りながら、スイートパラディンに魔導エネルギーを供給しないといけない」

「腹減ってイラついてんのにチョイスがいっぱいいて騒いでるみたいな感じ? アタシなら一週間持たないわ」

「そうやろたい……辛かけんな。飢えるとは」


 カイエンはそれきり腕組みしたまま何も言わなかった。


「というわけで。今後もあの子達は基本的に生かす方針で行くわ。あの子達がプリッキーを倒しても、こちらの損害は僅かで、女王の状況は厳しくなる。でもスイートパラディンを動かさないと、今度こそ完全に泉は枯れてゲームオーバー」

「詰んでるわけね、アタシ達が倒されない限り」


 キャロライナは一度頷き、言葉を継ぐ。


「でも、野放しにはできないわ。いつ計画の邪魔になるか分からないものね」

「邪魔になったら消せるように、どこの誰かくらいは把握しとくべきってこと?」

「その通り。じゃあ、今回はセブンポット。お願いしようかしら」


 セブンポットは迷わず首を縦に振った。


「聖マリベル学院で、誰かをプリッキーにして暴れさせてちょうだい。当然だけど放課後までに。その時、ドームが校内で発生すれば確定よ」

「了解」


 セブンポットがガタリと音を立て立ち上がった、その時。


「……オレ」


 ぼそりと口を開いたのは、これまでひと言も喋らなかったネロであった。


「オレも、行きたい」


 三人の視線が、ネロへ集まる。

 会議中、この男が発言することは珍しい。発言できるほど会議の内容を理解できていないからだろうが。


「オレも、もっと戦いたい……」


 視線を下に遣ったまま、ネロは怒られている子供のように唇を結んだ。


「ネロ、プリッキーならこの前作ったでしょ」

「一回しか作ってない……カイエン、四回。セブンポット、二回」

 

 ネロの記憶は正確だった。キャロライナは困ったように微笑む。


 キャロライナも、このでくの坊を持て余しているのだろう。

 今のスコヴィランに、ネロを全力で暴れさせられる力は無いらしい。今の彼はニトログリセリンだ。いつうっかり暴発するか分からない。しかも彼は既に一度暴走しかけている。慎重にもなろういうものだ。


「気持ちは分かるけど。これもジョロキア様のご意思なのよ。ね」


 ネロの禿げ頭をキャロライナが二度撫でると、ネロはうつむき、呟いた。


「……ジョロキア様、会いたい……」


 瞬間、場の空気がスッと冷えたように感じられた。セブンポットは見た。カイエンのハッとした顔を。キャロライナの一瞬見せた、鉄の仮面めいた表情を。


「怪我……お見舞い、したい」

「ネロ。ジョロキア様は誰にもお会いにならないわ」

「ジョロキア様に、言う。戦わせてって」

「ネロ。聞き分けてちょうだい、良い子だから」

「ジョロキア様――」


 キャロライナは、ネロの肩を掴む。貼り付けたような笑顔のその額に、一筋の汗が流れていた。


「……ねぇ、良い子でしょ。言うことを聞いて。お願いよ」


 ネロは……無言で立ち上がると、扉につかえながら会議室を後にした。

 カイエンは何か言いたげにしていたが、結局黙ったまま。キャロライナはホワイトボードの前に戻り、天井を見上げながら一度ため息をついた。

 その表情は、酷く疲れたような、そして寂しげなそれであった。




「……セブンポット」


 地味な洋服に着替えたセブンポットを、カイエンが駐車場で呼び止めた。


「何? これからマリ学行くんだけど」

「分かっちょる」

「アンタまで『俺も行きたい』なんて言わないでよね」

「言わんわ、バカチンが」


 毒づく声に、いつもほど棘が無い。

 何か言いよどんでいるのが、セブンポットにも伝わってきた。


「何の用?」

「……お前は、どげん思っちょおとか」


 やや視線を逸らしながら、カイエンがゆっくりと問う。


「何を?」

「何をっち……そらお前、アレたい」

「アンタのことなら何とも思ってないけど。っていうかしばらく男はパス」

「そ、そげな話じゃなか! 何ば言いよっとか!」


 顔を真っ赤にして怒鳴るカイエンを、セブンポットは鼻で笑った。


「ど、どんだけ自分に自信があっとねお前は」

「当たり前じゃん。一応聖騎士時代はちょっとしたアイドル扱いだったんだから。絶対いたと思うよ、アタシでオナニーした男子」

「おお、もう良か……」


 カイエンは頭を抱えため息をつくと、ホテルの自動扉を手動でガラガラと開ける。


「何? 結局」

「戻ったら話すたい、早う行ってこんね」


 ホテルのロビーへ消えてゆくカイエンを、セブンポットはしかめっ面で見送った。


「何なわけ、気持ち悪っ」


 カイエンの妙な態度に毒づきながら、セブンポットは普通の人間のように外へと出て行った。

 魔導エネルギー節約、そして「廃ラブホテルからスコヴィランが飛び出してきた」という目撃証言を作らぬ為の策だというのが、キャロライナの説明であった。

 走った方が遥かに楽であろう道のりを、今更人間のように電車など使って進まねばならぬとは。それもあの小娘にチート無双ごっこをさせる為に。

 想像とやや異なる戦士生活にモチベーションを若干下げながら、セブンポットはとぼとぼと駅までの道を歩いていった。




 この時、誰かが気付いていれば、結果は変わっていただろうか。


 語ることができるのは、事実のみである。

 この時、のだ。

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