甘くて危険なふたりの絆!?②

「「スイート・ムーンライトパフェ・デラーックスッ!」」


 ピンクと黄色の光が絡まり合い、プリッキーを包み込む。プリッキーが人間大に戻ると、赤い雲は霧散し、青空が戻った。


「クッキーっ」

「分かってるですよ」


 パンケーキは後方宙返り跳躍! 街灯の上へと羽根のように着地! 大きく息を吸い込むと!


「ぴんぽんぱんぽーんっ!」


 迷子呼び出しめいたチャイム音を、やや調子外れに歌い上げる!


「プリズモール東堂店へお越しの皆様へご案内です!」


 野次馬達が、一斉にパンケーキへ注目する。多数の目とカメラが向く中、彼女は弾けるような笑顔で宣言した。


「本日はプリズモール東堂店をご利用いただき、ありがとうございます! 只今発生いたしましたプリッキーは、無事退治されました!」


 それは、今回プリッキーの現れたショッピングモール、プリズモールの館内放送を模したアナウンスであった。市民達が一斉に拍手をし、パンケーキへ声援を送る。


「あ、でも、三階の映画館がちょっと壊れちゃったので! よぼよぼのおじいちゃんになった超人ヒーローの最後の戦いを描いた映画『老眼』とかが見れなくなっちゃうかもしれません! ごめんなさい、次はもっと壊さないようにします!」


 ……パンケーキは、なにもふざけているわけではない。

 彼女が注目を浴びている間に、クッキーが動いていた。プリッキーに変えられていた中年女性を抱きかかえると、色付きの風めいて高速移動。

 行き先は決まっている。怪我人の集められた駐車場の隅。ブルーシートの敷かれたその場所へ、クッキーは女性をそっと寝かせた。


「あと、えーっと、家が壊れちゃった人は、役所に行けばお金を貰えるって聞きました! まだの人は行ってみてください! あと、あと……」

「待たせたですよ」


 場を持たせるトーク力の無さが徐々に露呈し始めていたパンケーキ。その隣の街灯にクッキーが着地した。


「私達はこれで失礼するですよ!」

「あ、良かった! 皆さん、スコヴィランに気を付けてくださいねー!」


 歓声やカメラの音に見送られながら、ふたりは現場から跳び去ってゆく。


 ……これで、今回のプリッキーの正体を知る者は最小限にとどめられる。

 これはクッキーの提案した作戦であった。パンケーキが注目を集め、クッキーが後処理を行う……即ち、プリッキーにされた人間を安全で目立たない場所へ移し、正体を隠匿する。

 これで『元プリッキー』の誹りに怯える人間を……公庄タマミのような人間を、ひとりでも減らせる。そうであってほしいと、クッキーは願っていた。


 ふたりはやがて、藤影川の土手へ着地した。町の中央を縦に突っ切るよう流れる、やや大きな川。タマミを介抱した場所に。


「いやー、今回も楽勝だったッチねぇ」

「怖いモノ無しだリー」


 二匹の妖精が、どこからか現れてはやし立てる。


「アンタ達、今回も隠れてただけだったですね」

「チョイスは悪くないッチ。アドバイス不要なくらい立派に戦えてるんだッチ」

「ううん、まだだよ」


 チョイスが弁明する中、そう呟いたのはパンケーキであった。


「今回も、建物壊されちゃった。怪我した人も出たし」

「……まあ、亡くなった人がいないだけでもマシになったですよ」

「でもやっぱり何とかしなきゃ。家が壊れても怪我しても、悲しいよ」


 パンケーキはその拳を握りしめ……クッキーへと笑顔を向ける。


「だから、もっと強くなろっ!」

「……ですね」

「というわけで、折角変身してるし! 今日はこのまま修行しようよ!」

「わ、今からですか。戦ったばっかですのに」


 修行。

 ふたりが最近続けているこれは、パンケーキが提案したことである。


 事の始まりは、パンケーキのあの台詞。


(強くなります! 強くなって、アナタ達を止めて、みんなを幸せにします!)


 戦士を相手に啖呵を切った甘寧は、二日後の放課後に突然『修行』を提案した。


「考えたら、強くなる方法全然分かんなくてさぁ」

「そりゃそうですよ」

「それで大人に訊いてみたんだ、強くなる方法」


 甘寧は珍しくメモ帳など取り出し、その内容を読み上げていった。


「お父さんはねぇ、『毎日練習だな、ボールを足で操るってのは普段しない動きだから、続けなきゃすぐ忘れるぞ』って。FUDOWおじさんは『ネタ仕込んでめかし込んでもリアルな奴にゃ敵わねぇ、つまり日々ガチで戦え』って言ってた」


 ……甘寧の訊き方が間違っている気がしたが、二人の言いたいことは仁菜にも理解できた。


「つまり、日々の実践ですか」

「多分そう! だから毎日練習しようよ、部活みたいな感じで!」


 幸いと言うべきか、ふたりに所属部活は無い。

 早速その日からふたりは修行に取り掛かった。人の滅多に来ない場所……学校の屋上やこの土手といった場所でこっそりと変身し、戦いの訓練を行うのだ。


 修行について、チョイスとマリーは特に口出しをしなかった。

 むしろ「後は若いふたりに任せるッチ」等と言って、どこかへ飛び去ってしまう。前に効率的トレーニング法を問うたが、「前のスイートパラディンは特に修行とかしてなかったリー」としか返って来なかった。

 妖精が基本役に立たないのは、クッキーにもかなり分かってきた。であれば、自分達の手探りで何とかするしかない。

 よって修行の時間は、その多くがいわゆるスパーリングに費やされていた。


 クッキーが拳を打ち出す。パンケーキは両腕の手甲でガード。アクションの隙を与えず、続けざまにもう二発。ガードが崩れ、僅かによろめく。

 拳の重さに関して、クッキーはやや自信を持ち始めていた。拳を鳩尾に叩き込み、プリッキーを僅かに宙へ浮かせたことすらある。

 喧嘩も格闘技も経験は無いが、単純に振り回すだけで高火力を実現するこの拳は、クッキー最大の武器と呼べるかもしれなかった。


「ふんッ!」


 相手に『ストップ』をかけさせれば勝ち。ふたりの定めたルールはこうだった。

 クッキーは右腕に魔導エネルギーを集中させ、最も早く重い一撃を繰り出そうとした。スタミナが切れ始めているのか、相手の動きはやや鈍くなっている。勝機は今。


「ヌオォッ!」


 ゴウと風を巻き起こし、クッキーはその拳を解き放つ! 狙いは腹! 後方へ吹き飛ばし、立ち上がれぬうちにマウントを取ることで勝利とする!


「ふッ」


 ……パンケーキは短く息を吐き、ぞっとするほど鋭い目つきでその拳を見据えた。


 パンケーキの足元がミシリと音を立てる。クッキーの拳は完全にパンケーキの腹を捉え、突き刺さった……が。彼女は倒れるどころか、一歩たりとも後ずさらない。


「なァ!?」


 魔導エネルギーを足と腹筋に集中させたか!? とはいえ腹に防具は無い! 鉄の防火扉も壊せるこの拳を、ガードも避けもせず! 血と吐瀉物の混合物が、口から僅かに噴き出した!


「パンケーキっ!?」

「くぷっ」


 パンケーキはよろめきもせず、クッキーの腕を両手で掴んだ。伸び切り、エネルギーが完全にゼロとなった右腕を。


「あっ」

「ふぅッ」


 再び短い息を吐いたパンケーキは、クッキーの体を軽々と持ち上げ……地面へ向けて振り下ろす!


「ぐほぁっ!?」


 仰向けで地にめり込むクッキー! パンケーキは間髪入れず馬乗りになり――!


「す、すとーっぷッ!?」


 ――クッキーの悲鳴で、振り上げたその左腕を止めた。

 パンケーキは数度短く息を吐くと、


「やったぁー! 今日は勝ったぁ!」


 小さな子供のように、立ち上がってぴょんぴょんと飛び跳ねてみせた。無慈悲な闘士めいた表情をどこかに脱ぎ捨てて。


「うえー、お昼のチーズハンバーグちょっと出てきちゃった」

「汚いこと言うなですよ……」


 しかしその姿に、既にダメージの余韻は見られない。

 当然である。聖騎士は魔導エネルギーで傷が常時回復していくのだから。全てが一瞬とはいかないが、四肢や首を落とされたり、脳を完全に破壊されるようなダメージでない限り、たとえ心臓が断裂しようが再生するのだとマリーが言っていた。


「ねぇねぇ、クッキー! 私強くなった? なったよね!」


 パンケーキは目を宝石のように輝かせ、クッキーに問う。


 間違いない、彼女は確実に強くなっているだろう。


 パンケーキの戦闘センスは自分より上だろう。魔導エネルギーという常人にはまず概念すら理解できぬ力を即座に駆使し、実戦で活かしている。


 だが、学習精度ならクッキーに分があった。いつも赤点ギリギリの甘寧と違い、仁菜は覚えが早く、また応用も得意としている。

 パンケーキが戦闘中勘でやったことを理論化することで、クッキーは戦闘能力を常に少しずつ高めていた。


 親友同士で殴り合いは流石に、と躊躇しているうちに倒された最初の一日以外、およそ一週間ほどクッキーは負け無しだった。


 様子が変わってきたのは、二週間目から。確かにまだ勝てるのだが、クッキー側の余裕が明らかに無くなってきた。十日目でとうとうクッキーが敗れ……現在、既にクッキーの勝率は六割を切っていた。


 躊躇が無く、予測できない。それがパンケーキの戦闘スタイル。

 たとえ親友でも修行なら突如殴るように、やると決めたら常識外れの行動でも平気で取ってくる。

 そして……


 聖騎士の特性を考えれば、理に適った戦法なのかもしれない。

 剣で斬られながら間合いに踏み込み。殴ってきた相手の腕を捕まえ。銃弾を全身で受けながら距離を詰め。痛みは魔導エネルギーで和らげ。倒す、倒す、倒す……。


 ……だが、自分が平気ならば、どんな方法で戦ってもいいのだろうか?

 回復に副作用は無いのか。治せないほどの攻撃はどうする。不安材料は多い。


 そして何より。いくら和らげようと、痛いものは痛いのだ。


 パンケーキの力は、己が安全を質に入れて借り受けた力だ。それがいつまで持つのだろう。利息を払わねばならぬ日が、いつか来るのではないか。


「パンケーキ」


 クッキーは口を開きかけ……大きく息を吸って、吐いた。


「なあに?」

「……次は負けんですよ」


 クッキーは立ち上がり、ニッと笑って見せる。


「うんっ! 私も頑張る!」


 初等部からの付き合いだ、分かっている。パンケーキは優しい子だ。困っている人を「何とかしたい」と思う感情が、人より少し強すぎるだけ。プリッキーが絡めばなおのことである。

 この戦闘スタイルを彼女は変えないだろう。

 ならば、いつも通り。自分が隣に立って、この暴走機関車を御すればいい。

 今より強くなり、支え、時に軌道修正して。後始末をする影であろう。この目が眩むような笑顔を、これからも彼女が自然に出せるように。


「ふぅ、しかし連戦はこたえるですねぇ」

「ねぇ、クッキー」


 クッキーが軽口を叩いてみせたその時。

 パンケーキが、心なしか少しもじもじしながら言った。


「どうしたですかパンケーキ」

「……今日も、するよね?」

「……あ、ですか」


 そう、この修行には仕上げが残っている。

 プリッキーを倒すのに必須の技『スイート・ムーンライトパフェ・デラックス』の威力を高める訓練。つまり、魔導エネルギー循環の練習である。


「行くよ、クッキー」

「こ、来いですよっ」


 この訓練は、単に必殺技威力向上に役立つだけではない。クッキーは少しずつその効能に気付いていた。

 これを行うと、修行の疲れが取れ頭がスッキリする。肌の調子も良くなり、ニキビができにくくなってきた。修行を毎日始めてからこっち、バストサイズが明らかにAからBへ成長している。

 そして、何より。


「はあっ、ぅあぁ」

「うあっ、まだですよパンケーキ、もっと先まで」

「いいよ、クッキー、クッキーっ」

「パンケーキっ、まだいける、まだいけるですよっ」


 ……この行為はとても、

 続ければ続けるほど、目の前が真っ白になりそうになる。足ががくがく震えて、涙とよだれが垂れてしまって、何も考えられなくなって。お互いの熱いエネルギーだけが感じられて。


「クッキーっ、もう無理っ、しんじゃう、しんじゃうよぉ」

「ふひゃあぁ、わた、わた、しも」


 こんなことをしていいのか。クッキーの肩に背徳感が付きまとう。なのに体が、この行為を求めてしまう。

 高まり、高まり、高まった魔導エネルギーの循環は……やがて、バチンという派手な破裂音と共に終了した。


「ひいぃんっ!?」

「あはぁっ!?」


 ふたりの繋いだ指が、弾けるようにほどける。ふたりは同時に地面へ倒れ込む。同時に変身が解け、仁菜と甘寧は普通の少女へ戻った。


「……あは、今日は前より……すごいとこまで行けたね」

「これならっ、次は……もっと強いのが、出せるですよ」


 これはあくまで修行だ。これをするお陰で、自分達の戦闘能力は劇的に向上している。だから、しなければならない。必要なことなのだ。

 仁菜は毎回己に言い聞かせ、この奇妙な罪悪感を取り除こうとしていた。


「仁菜、ちゃん」


 やがて、甘寧が細い声を上げる。


「明日も……がんばろーね……」

「……応ですよ」


 ふたりは荒い呼吸のまま、手探りでお互いの手を探し、弱々しく握り直した。

 甘寧の小さな手は今にも壊れそうなほど繊細で、そして温かかった。




「……?」


 この時ふたりは気付いていなかった。

 この土手に、もうひとつの人影があったことに。

 ふたりの修行場の側に掛かった橋、藤影橋。その橋脚の陰に、髪の長い少女の姿があったことに。


「……


 少女はやがて踵を返した。腰まで届くその黒髪をなびかせながら、ギターケースと共に大きな秘密を背負って。


 ……この戦争の表舞台に彼女が現れるのは、もう少し先のことになる。

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