大スクープ!私はマスコミなの!!④

「やったなぁ……オレに、ひどいことしたなぁ……!?」


 嗚呼、周りの大気が歪む。

 ネロの目からは涙が、そして口から赤黒い蒸気が吐き出される……!


 これまでにない強大な力を、クッキーは感じていた。パンケーキも恐らく悟っていよう。ふたりがザリと後ずさった……次の瞬間!


「よさんねッ」「よしなって」


 別々の方向から、ふたつの影が飛来。ネロの前に立ち塞がった。

 片方は、この季節に似合わぬ黒と赤のロングコートを着た、短髪の男。

 もう片方は、ゴシック&ロリータめいた……そしてどこか聖騎士に似た衣装の女。

 共通点といえば……その瞳が、邪悪な赤に染まっていること。


「おったとねお前、良かばってん」「来てたのアンタ、まあいいけど」


 突然現れた二人は顔を見合わせ、そしてぽかんとしているネロへ向き直る。


「さ……三人もいるッチ!」

「ヤバイリー!」


 妖精達は震え上がり、聖騎士達の背中へ隠れる。その様子をチラリと見、ゴスロリめいた女は舌打ちをした。コートの男はそれを気にも留めない。


「ネロ。お前、命令ば忘れたとか。ボール遊びはギリギリセーフにしたっちゃ、それ以上は怒らるぅばい」

「ウグ……怒られるか。それ、良くない……」


 ネロの目から炎が消え、怒り顔はしょんぼりした顔へと変わってゆく。コートの男はふっとため息をつき、ふたりの聖騎士へ向き直った。


「……あなた達」


 先に口を開いたのは、パンケーキだった。


「スコヴィランの人、ですか」

「分かっちょるごたぁね。俺達はスコヴィランの戦士。魔王ジョロキア様のしもべ。俺がカイエン。そっちン男がネロ。こん女がセブンポット」

「ちょっと、仕切んないでよ」

「今は黙っちょれ、せからしか」


 セブンポットと呼ばれた女が口を挟むと、カイエンはぴしゃりと言い放った。


「お前らんことは知っちょる。スイートパンケーキ。スイートクッキー。そしてショトー・トードの妖精、チョイス、マリー……コソコソ隠れる腰抜け共たい」

「な、何だとッチ!? 二十三年前、チョイス達に手も足も出なかったくせに!」


 パンケーキの背中から目より上だけちらりと出し、チョイスは反論する。セブンポットはハッと笑った。


「な、何だッチそこの派手女! 何がおかしいッチ!」

「あなた達」


 チョイスの声を遮り、パンケーキは戦士をキッと睨みつけた。


「どうしてこんなことするんですか。人が不幸になることばっかり」


 誰も答えようとしない。パンケーキが続ける。


「みんな困ってます。家を壊された人、怪我した人、家族や友人が亡くなった人……プリッキーにされた人もいます。なんでですか、辛いお菓子の為ですか」

「今更どうでん良か、そげんかこつ。スイートファウンテンは潰したけんな」

「じゃあ、なんで」

「あのさ」


 喰らいつくように問うパンケーキに、ひどく冷めた顔でセブンポットが言った。


「逆になんでアンタ、こんな世界救おうとすんの。なーんにも良いことないのにさ」


 嗚呼、その言い方はまるで、聖騎士の未来を見透かしているようで――。


「人を幸せにすることに」


 しかしパンケーキは、何も迷いも無く返す。


「理由なんて要りません。みんな幸せなのが一番のはずです」


「みんな! ククッ、みんなねぇ……アンタ」

「もう良かろうが、俺達は議論ばしたいわけじゃなか」


 カイエンはセブンポットを諫め、一歩踏み出す。


「警告しとくばい。ジョロキア様が望む限り、俺達は戦いを続ける。そして……感じたやろうばってん、その気になれば俺達は今すぐお前らを殺せる」


 ネロから一瞬ドロリと出た邪悪な気配を、クッキーは思い出した。アレが全力なのだとしたら……。


「これ以上俺達ん邪魔ばするとやったら、命は保証せんばい。それが嫌やったら、つまらん抵抗は止めてとっとと何処にでも――」

「やめません!」


 パンケーキは、大気が震えるほどの声でそう叫んだ。


「強くなります! 強くなって、アナタ達を止めて、みんなを幸せにします! 絶対絶対、何とかします! 頑張ります!」


「……救いようがないわ」


 呆れたような顔で、冷たい目で、セブンポットは嘆いた。


「ホンット、救えない」

「なら知らん。次は命のやり取りたい……帰るばい、ネロ、セブンポット」

「仕切んなってのに」


 三人の足元に、赤黒い影が広がる。三人の戦士達が沈んでゆく。

 クッキーは一瞬あっと声を上げるが、それ以上どうすることもできなかった。


「殺すわ、アンタ達」


 沈み切る直前、セブンポットは地獄から響くように言った。


「絶対に、殺すからね」


 ……赤黒の影が消え去ると、今度こそ本当に、辺りに静けさが戻った。

 パンケーキは短く息を吐きながら、戦士のいた場所を鬼気迫る顔で睨んでいる。


「……ぱ、パンケーキ」


 クッキーが恐る恐る声を掛けると、パンケーキはハッとして振り向き、そしてゆっくりと普段の笑顔に戻っていった。


「あはは、やっつけますって言っちゃった。頑張ろうねクッキー」


 クッキーは……一度深呼吸をし、


「おうともですよ」


 親指を突き立てて、笑ってそう返した。


 それとほぼ同時である。クラクションと共に、白い乗用車がグラウンドへと入ってきたのは。

 クッキーはその車の運転者を覚えている。佐藤教諭……つまり、佐藤甘寧の父親。東堂中で教鞭をとっている、サッカー部顧問の社会科教師である。


「おーい、スイートパラ――うおぁッ!?」


 甘寧の父親が窓を開け、ふたりに向けて手を振ったその瞬間。爆発が開けた穴にタイヤを取られ、甘寧の父の車がガクンと沈み込んだ。


「アハハ、あの、いきなりカッコ悪いけど、ちょっとこれ持ち上げてくれないかな」

「えー、もーっ!」

「パンケーキ! 一応他人設定ですから今!」

「そうだった……お、お助けします! 次から気を付けてくださいね!」


 ふたりの聖騎士は(パンケーキは若干不服そうに)、家具でも運ぶように車体をぐいと持ち上げ、安全な場所へ移す。

 甘寧の父親は頭を掻きながら車を降り、改めてふたりに頭を下げた。


「スイートパラディン。改めてありがとう、ウチの藤村と……そして、この町を助けてくれて」

「いえ、そんなですよ」

「ちょっとグラウンドが練習しにくくなりましたけど」


 いやいやと、甘寧の父親は首を振りながら、未だ倒れたままの藤村へと駆け寄る。


「この子の……よいしょ、藤村の命がある。部員の命も。それで充分過ぎるくらいだよ。君達にはいつも……よいしょ、助けられてばかりだ」


 後部座席に少年を寝かせると、甘寧の父親は再びふたりへ向き直る。


「代替わり、したんだな……当たり前か」

「はいですよ」

「先代から聞いたりしてるかな。その、おじさんはね。スイートパラディンに助けられたことがあるんだ」

「聞きました」


 聞いた、ではなかろうが、それを今指摘するほどクッキーは野暮ではない。


「おじさんが教師になりたいと思ったきっかけは、今考えるとあの時だった。君らの先輩みたく、子供達を、未来を助ける人間になりたいってね」

「そう、だったんですね」

「うん。でも実際は……今日の通りだ。情けない、マスコミを追い払うくらいだよ、おじさんができたのは」

「いえ、そんな」


 甘寧の父親は、車の方をちらりと見る。


「この子はきっとこれから大変だろう。東堂町内でも町外でも、奇異の目で見られるかもしれない。進学や就職に響くかもしれない。俺達の頃、実際に起きたことだ」

「…………」

「でも、この子とて望んでプリッキーになったわけじゃない。悪いのはスコヴィランなんだ。だから、俺がいる限り。この子を酷い目には絶対遭わせたくない」


 己を鼓舞するように、ひとりの教師は胸をドンと叩いた。


「君達がプリッキーを倒した『その後』をどうするか。そこが俺達大人の物語だ。あの頃とは違う。ご両親、他の先生方、関係機関。協力しながら、必ずこの子の未来は守ってみせる」


 力強く笑って見せた甘寧の父親は、そして再び頭を下げる。


「スイートパラディン。君達を追い回してアレコレ言う人間が、これからもきっと出てくるだろう。そんな世の中になったのは、俺達の力が及ばなかったからだ」

「先生」

「だが、君達が守った『その後』の世界を。俺達は必ず良い方向に導いてみせる……だから、やりたいようにやれ。そして世界を救ってくれ」


 パンケーキは、そしてクッキーは、ゆっくりと、そして力強く頷いた。


「……良かった。やっと言えたよ。もう一度会えたら絶対言おうって、ずっと前から考えてたんだ」


 照れ隠しのように、甘寧の父親は笑って見せ、そして慌てて周囲を見回した。パトカー、救急車、その他報道機関のものらしき車が少しずつ集まっている。


「……それじゃあ俺はこの子を連れてくから、君達も面倒になる前に急ぐといい。先代に会ったらよろしくな」


 車に乗り込み、甘寧の父親はもう一度こちらへ手を振ると、車を発進させ――。


「うおぉ!?」


 ……再び穴にタイヤを取られた。


「おーい、済まない! もう一回だけ助けてくれ!」

「もう、締まらないんだからぁ!」




 ……その日、彼が我が家へと帰り着いたのは、夜も十時を過ぎてからだった。

 一日中あちこちを走り回り、スーツはくたくた、汗まみれ。弁当チェーン店で買った弁当をふたり分持って、彼はガラガラと玄関の戸を開けた。


「ただいまー」

「あ、お帰りー!」


 リビングのドアがバンと開く音。猛牛めいた足音と共に、廊下を走ってくる娘。


「悪いな甘寧、遅くなった」

「いいえー、ふふふ」


 ……機嫌が妙に良い。


「お父さぁん、ご飯にするぅ? お風呂にするぅ? それともぉ、お・菓・子?」

「なんじゃそりゃ。大体ご飯買ってきたの俺だろうに……というか『お菓子』?」

「ふふふ、来て来て」


 甘寧は彼の腕を引き、リビングへと連れて行く。そのままキッチンへ駆けた甘寧は、冷蔵庫をバンと開けた。


「こらこら、冷蔵庫はそっと開けなさい」

「うるさいなー、はいこれ」


 甘寧が取り出したのは、小さな白い箱。ぱかりと開いたその中には、チョコレートケーキがふたつ。


「おっ、どうしたんだこれ」

「『グリッターパティスリー』で買って来たんだぁ」

「済まん、今日誰かの記念日か? 甘寧か? 母さんか? 俺じゃないよな」

「ううん、いつもお疲れ様のケーキ」

「そ、そうか。ありがとう……とりあえず、ご飯でも食べるか?」


 ……不気味なほどサービスが良い。

 とにかく、スーツの上着をハンガーにかけ、彼は買って来た弁当を広げた。唐揚げ弁当と、チーズハンバーグ弁当。甘寧は予想通りチーズハンバーグを取った。


「お父さん、肩をおもみもみしましょう」


 甘寧は突然彼の背後に立ち、その両肩をぐいぐいと揉みほぐす。


「ガチガチですねお客さん」

「何だ何だ、今日は本当にどうしたんだ甘寧」


 流石に気味が悪くなってきた彼は、娘に問う。


「なんでもないよー。ふふ……ウワッホント硬いねお父さんの肩。動くの?」

「はは、動くに決まってるだろ」

「……ねぇお父さん」

「どうした」


 来たか、何が目的だろう。小遣いの増額か、何か欲しいものがあるのか……食い気ばかりのこの子に限って有り得まいが、恋人でも作ってきたか。


「……お父さん、今幸せ?」


 しかし甘寧の口からは、彼が予想もしない言葉が出て来た。


「今って? 確かに肩もみしてもらえるのは幸せだが」

「うーん、そうじゃなくて……人生、かなぁ」


 人生。随分と大層な言葉を口にするようになったものだ。


 自分が幸せかどうか? どうだろう、彼は少しだけ考えた。

 教師としての激務に追われ、悪ガキの相手に日々手を焼き。妻を亡くし、両親の遺産と教師の稼ぎで何とか娘を食わせ、良い環境で勉強できるよう、少しばかり背伸びした私立学校に通わせて。

 くたびれることも多いが……だが、答えは決まっている。


「当然! 甘寧がいて、命があって、ウチがあって、笑顔は絶えず、美味しいご飯。これ以上の幸せがあるか」

「そっかぁ……良かった」


 ……結局甘寧は、食事の間もニコニコするばかりで何も要求しては来なかった。

 弁当を食べ、発泡酒を飲み、ケーキを食べ。今日学校で起きたことを聴いているうちに、彼もまた娘に抱いた違和感を忘れてしまった。


 写真立てに飾られた妻の写真は、野の花めいた微笑みでふたりを見守っていた。

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