大スクープ!私はマスコミなの!!③

『プリッキィイイィイィィイィイイ!』


 グラウンド中央。八メートルはある影の巨人が、その産声を轟かせていた。


「くぅっ、ほら立てっ」


 ジャージの顧問が、逃げ遅れている部員を起こそうとする。

 しかしグラウンドには、逃げ遅れた生徒がまだ五名。プリッキー化の爆風に巻き込まれたのだ。軽い怪我をしている者すらある。


「ウガッ! プリッキー! やれぇーッ!」


 プリッキーの肩に乗ったネロが、激しくドラミングをする。『10』のゼッケンを着用したプリッキーは、空に向かって再び咆哮した。


 ……その様子を、セブンポットは屋上から黙って眺めている。

 サッカー部のプリッキー。どこかで見たような展開だ……どうでもいいが。


「ウガァ! プリッキー! 潰せぇ!」

『プリッキィーッ……!』


 プリッキーの体が、突如赤く点滅したように見えた。

 直後、プリッキーが蚊を潰すように手を振り下ろす!


「うわあぁーッ!」


 間一髪! 狙われたサッカー部員は、指と指の間で一命を取り止めた! 泣きながら校舎側へ駆けていく少年!


「ウガ、もう一回」

『プリッキィーイ!』


 再び、あの不可思議な点滅。

 まさか、しているのか? セブンポットは考えた。

 プリッキーは見境の無い制御不能の怪物だと思っていたが、どうもネロは直感的に操っているように見える。そうでなければプリッキーの肩になど乗れまい。

 彼が何故スコヴィランにいるのか。彼女は少しだけ理解できたように思えた。


「ウガーッ、潰せ、怖がらせろォ!」

『プリッキィイィイーッ!』


 プリッキーは赤く点滅しながら、幾度もその手を振り下ろす! 狙いは雑だが、その度に起こる地震! まともに立てない部員達!


「先生ェーッ!」

「ウオォオッ!?」


 その右手が、ふたりの人間を捉える! ジャージの顧問! 逃げ遅れた部員! その頭上に、今、死が――!




「ふうぅーンッ!」

「ウガ?」




 その時である! プリッキーの手が、何者かによって受け止められたのは!


「……んぎぎぎ重ッ! パンケーキ早く!」

「うんッ!」


 吹き抜けるピンク色の風! 教諭と男子は、校舎の側まで移動させられていた!


「……スイートパラディン!」


 教諭がその名を呼ぶ! そう、ふたりの聖騎士が駆けつけ、彼らを救ったのだ!


「おと……佐藤先生! みんなを逃がして! できるだけ遠くに!」


 パンケーキは、教諭――佐藤。ありふれた名前だ、気に喰わない――に命じる。


「ぐ、グラウンドの生徒は!」

「私達が何とかするッ!」

「分かった! 頼んだぞッ!」


「潰せ、ウガァーッ!」

『プリッキィイイィイイーィ!』


 パンケーキとクッキーは再び風となり、腕を華麗に避けながら、逃げ遅れの生徒を拾い上げてゆく。一人、二人、三人! プリッキーの掌を蹴飛ばし、四人!


「さあ! 早く逃げるですよ!」

「あ、ありがとう!」


 クッキーが少年達に言い聞かせると、彼らもまた学校の裏手へ逃げていった。


 パンケーキに、クッキー。

 ダサい名前だ。セブンポットは毒づいた。顔もさほど可愛くない。能力も使いこなせていない。あれなら自分達の――否、否。自分の方が何倍も優れていた。

 何よりその色は何だ。パンケーキ。そのピンクは、チョコレートのものだ。お前のものでは、決して。


「見てクッキー! 肩に誰か乗ってる!」

「うわっ!? 何ですかあのマッチョ!?」


 どうやらふたりは、ネロの存在に気付いたらしい。


「スコヴィランの戦士、ネロだッチ!」

「プリッキーを作っている元凶のひとりだリー!」


 耳障りな甲高い声。セブンポットは今すぐ捩じ切り殺したい衝動に駆られた。


「ウガァーッ! めんどくさい! プリッキー! まとめてやれェ!」

『プァアァ……サ、サッカー、ガ』


 プリッキーが、何かを口走る。

 その瞬間、彼の腹が大きく膨れ上がり、ミチミチと縦に裂け始めた。


『マジメニ……シタイ。サッカーガァ』


 裂け目から徐々にせり出すそれは、直径二メートルはあろうかという球体! ねちょりと音を立て落下したそれは……赤黒いサッカーボールである!


『ミンナァ! マジメニヤレヨォ!』

「うげぇッ!? な、何ですかあれェ!」

「来るよッ!」


 シュート!

 そのボールは、学校の敷地外! 住宅街へ向かおうとしている!


「ダメぇッ!」

「うおっとぉ!」


 ふたりの聖騎士はその間に割り込み、ぬめつくボールを両手で受け止める! ふたりの掌で回転するボール!


「これくらいならァ」

「何とかなるよッ!」


 しかし、次の瞬間だった!

 サッカーボールが突如したのは!


 悲鳴を上げたふたりは爆風で吹き飛び、表の道路へと転がった!


「ウガハハッ! ドカーンってなった!」


 常人なら粉微塵。しかしふたりは耐え切り、再び立ち上がる。体中の細かい傷は、既にほとんど再生し終わるところだった。


「ゴキブリかよ」


 セブンポットがフゥとため息をついている間に、プリッキーは二発目のボール爆弾を産み出していた。


「ウガハッ、もう一回ィ!」

『キィイ……チャント、レンシュウ、シロヨォ……!』

「と、止めなきゃ!」

「ですよォッ」


 ふたりが再び迎撃態勢に入ろうとした、その時。


 カシャッ!

 響いたのは、カメラのシャッター音であった。ふたりは咄嗟に背後を振り向く。

 そこには、嗚呼。赤い軽自動車。そして、大きなデジカメで現場を撮影する、ポニーテールの女があったのだ!


「マスコミさん!?」

「増子さん!? こんな時に何やってるですかッ!」


『プリッキィーッ!』


 プリッキーは待たない! 再びのシュート! 美奈乃の元へ向かうボールを、ふたりは受け止めざるを得ない!

 当然ボールは炸裂! 地面に転がるふたり! シャッターを押す美奈乃!


 セブンポットは、それをせせら笑った。

 防戦一方では、永遠にプリッキーは倒せない。多少の疲労は魔導エネルギーが緩和してくれるが、それもどこまで持つ?

 いっそ一個くらいボールを無視し、ふたりで畳みかけてしまえばいいのだ。背後の女は爆死するし、周囲の家も一軒や二軒砕けるだろうが、負けて被害が拡大するより何倍も良い。

 ……もっとも、そんなことはできまいが!


「ウガッ、止められるばっかり、つまらん!」


 ネロは、爆発するボールに早くも飽き始めているようだった。


「プリッキー、もっといっぱい撃て!」

『プリッキィイイィー……』


 やや無茶な注文に……プリッキーは、今までと違う形で答えた。腹からドロリと流れ落ちたのは、普通の大きさのボール。ただしその数が尋常でない。どう見ても百個以上はあろう。

 水音を立て落下するぬらぬらとしたボールは、こぼれ落ちる虫の卵を連想させた。


「ウガホッ! いいぞ!」


 ネロは巨人の肩からひょいと飛び降り、アメコミのヒーローめいてズンと着地! 大量のボールへ近付くと!


「ウガァ!」


 次々とそのボールを蹴り飛ばし始めたのである!


「ウガッホーイ!」

「えっ――」

「らああああッ!」


 弾丸めいた速度でボールが飛ぶ! ゴールキーパーめいて咄嗟に受け止めたのは、パンケーキであった!

 炸裂! パンケーキは吹き飛ばされるが、何とか体勢を立て直し、傷も治り切らぬうちに次のボールを受け止める! これも爆発!


「パンケーキ!?」

「行って!」


 三つ目のボールを弾き飛ばしながら、パンケーキが叫ぶ!


「プリッキーを止めて!」

「でも――」

「私は何とかするから、頑張るから! 傷付く人、減らすから!」


 クッキーは一瞬戸惑ったようだったが、やがて「畜生!」のひと言と共に、プリッキーへと向かって行った!


「こっちですよッ、プリッキー!」

『プリッキィアァ!?』


 プリッキーの脚を蹴飛ばし、クッキーは自分を狙うようアピール! 案の定プリッキーは、クッキーに向けてその拳を振り下ろし始めた!


 なるほど。セブンポットはこの判断を分析する。

 プリッキーを引き付け、新たなボールを産ませない。ネロの球が尽き、隙ができたら共同でプリッキーを倒す。ネロへの対処はその後……といったところか。

 急ごしらえにしては良い作戦かもしれない。あの小娘共では不可能という一点に目をつぶれば。


「ふおぉーッ!?」


 クッキーは懸命にプリッキーを抑えているが、昨日今日聖騎士を始めた娘が、ひとりでいつまで耐えられるか。そして何より。


「きゃあぁあ!?」


 爆発するサッカーボールは、パンケーキの体力を見る間に削っていく。

 ネロが絶え間なくボールを蹴る為、回復が追いつかないのだ。


 嗚呼、クッキーは未だ致命的な一打を叩き込めていない。

 そうしている間にも、パンケーキの動きは鈍っていく。体中を傷まみれにしつつ、それでも何とかボールに食らいつく。しかし、それも既にギリギリといった風情。


 呑気なもので、美奈乃は未だカメラを構え続けている。

 この娘が手を滑らせれば、自分の命が一瞬で砕け散るとも知らず。自分がそこにいること自体が、聖騎士の足を引っ張っているとも知らず。

 こんな愚者の為に戦って。愚者の為に散る。

 やはり下らない。聖騎士など、下らない!


「ウガッ……オマエ、なかなか強い」


 全身から煙を上げつつ、なおも立つパンケーキ。

 ニタニタと笑いながら、ネロは次のボールを構える。


「でも、オレ、もっと強い。ウガハッ、ウガハハ」


 ネロはそのボールを、再び蹴り飛ばそうとし、そして――!




「おい、アンタぁっ!」




 大音量のクラクション、そしてそれに負けないほど大きな男の声が響いた!

 パンケーキは、美奈乃は、そしてネロさえも、思わず音の方向を見る。白い乗用車から飛び降りてきたのは……先程のジャージ男! 佐藤教諭!


「おと……佐藤先生!?」

「アンタ、何やってんだッ! アンタだよ! そこのカメラ構えてる!」


 佐藤教諭は、怒声と共に美奈乃へ詰め寄る!


「邪魔だって分からないのか!」

「何ですかいきなり、私は報道の使命を背負って――」

「ふざけるなッ!」


 反論しようとする美奈乃を、佐藤教諭は一喝!


「こんな若い子が! アンタが巻き込まれないように体張ってるんだぞ!? カメラ越しの風景は見えるくせに、そんな簡単なことも見えないのか!?」


 佐藤教諭は言うが早いか、美奈乃の腕を掴み、無理矢理車の後部座席へ叩き込む!


「ちょ、ちょっと! 誘拐ですか!?」

「何とでも言え! ――スイートパラディン、生徒は逃がした! 後は頼む!」


 必死で、そして少しだけ泣きそうな顔で。佐藤教諭はパンケーキに叫んだ。


「情けない大人で済まん! 君達にしかできない! ……アイツを、ウチのキャプテンを頼む!」


「――ウガッ、もういいか」


 白い車が猛スピードで発進した頃、ネロは欠伸と共に言った。


 今のうちにまとめて爆死させればスカッとしたものを。セブンポットは、ネロの対応が大いに不満だった。あのような輩が、セブンポットは一番好かない。何かを、誰かを思い出すようで。


「次だぁ!」


 美奈乃がいなくなったが、状況は依然変わらない。背中の側には家があり、受け止め損ねれば爆発。

 ネロは全身全霊でボールをキック! そのボールをパンケーキは……!


「らあぁッ!」


 ……嗚呼、何たることか! のである!


「ウガッ!?」

「らああーッ!」


 パンケーキはそのボールを放り投げ、空中宙返り! そして鋭いキック!


「ガッ!? ウガァーッ!」


 勢い付いて返ってきたそのボールを、ネロは更に蹴り返す!


「らぁッ!」


 そのボールを、パンケーキが更に蹴り返す!


「ウガッ!」「らぁッ!」「ウガッ!」「らぁッ!」「ウガッ!」「らぁッ!」


 回復の隙を与えてしまったからか!?

 否、これは! !?


「ウガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガーッ!」

「アララララララララララララララララララララァーィッ!」


 まさかパンケーキは、この一瞬で――というのか!?


「ラァーッ!」

「ウガァ!?」


 遂に耐えきれなくなったボールが、ネロの元で爆発!


「ウガッ、ウホォおぉぉぉーッ!?」


 周囲の爆発ボールが、連鎖的に起爆! グラウンドに上がる土煙の柱!


「フゥッ……!」

「パンケーキっ……悪いですけど余裕あればこっちにッ……!」


 パンケーキはハッとして声の方向を見た! プリッキーに踏み潰されそうになりながら、クッキーが何とか耐えている!

 パンケーキはピンクの風となり、プリッキーの膝へタックル!


『プリッキィイ!?』


 プリッキーから距離を取り、体勢を立て直すふたりの聖騎士!


「助かったですよ」

「ううん、遅くなってごめんね」

「いいってことですよ」


『サッカァー……!』


 しかし、この隙をプリッキーは逃さなかった! 腹の裂け目からメリメリと、もう一度巨大ボールを産み出すプリッキー!


『サッカーブニ、ヨサンヲ、ヨコセェー……!』


 その狙いは……ふたりの背後! セブンポットの立つ場所! 校舎! プリッキーはそのボールを……シュート!


「うわ、ヤバッ」


 セブンポットは逃げようとし、しかしそれを止めた。


「パンケーキ!」

「クッキー!」


 何故なら最早、ふたりは怯んでいない! 同時に飛び上がり、宙返り! そして!


「「ムーンライト……シュートっ!」」


 全く同時に、そのボールを蹴り返した! ギャルギャルと高速回転したボールは、プリッキーの股間に命中! 炸裂!


『プリッキィヤアァァァアァアァァアァァア!?』


 股間を押さえながら、プリッキーは膝から崩れ落ち、うずくまった!


「今がチャンスだリー」

「むごいッチ! 早くとどめを! 騎士の情けだッチ!」


 どこにいたやら、いつの間にか妖精達がふたりの元へ戻っている。


「分かってるですよ! パンケーキ!」

「うんッ! しよッ!」


 パンケーキとクッキーは指を組み、お互いの魔導エネルギーを循環させる!


「はうぅ、くるっ」

「へ、変な表現やめるですよ……くふぁ」


 高まりゆくエネルギー! 解き放たねば!


「「はああああああぁぁぁぁぁぁぁーッ!」」


 ふたりは空いた手で強く拳を握り、ピンクと黄色のオーラをほとばしらせる!


「「スイート・ムーンライトパフェ・デラーックスッ!」」


 突き出した腕から放たれた光の波は、ふたつは螺旋を描いてまざり合い! プリッキーへと真っ直ぐに飛んでゆく!


『ボールッ、ボールガッ、ボールヲォォ』


 プリッキーの巨体が光に包まれ……人間大へ戻ると、赤い雲は霧散し、元の青空が戻ったのであった。


「……ふぅ、やったですね!」

「あっ、あの子助けに行こ!」

「ああ、でしたでした」


 ……結局プリッキーはプリッキーか。

 セブンポットは肩をすくめた。せめてどちらかくらい爆死させてくれれば。


 しかしやはり不快だ、スイートパラディン。セブンポットは改めてそう感じた。

 結局、グラウンドの爆発痕以外に大した被害を出させず。あまつさえ戦いの最中に、目の前の状況へ適応してみせるなど。

 あんな目障りなモノ、さっさと始末――。







 ――瞬間。セブンポットは感じた。何かおぞましい闇の気配を。


「オ、マ、エ、らぁ」


 セブンポットは、そしてゼッケンの少年へ駆け寄りかけた聖騎士は、顔をそちらへ向ける。

 全身から煙を上げながら、ゆらりと立ち上がるネロ。その赤く燃え上がる目を。


「やったなぁ……オレに、ひどいことしたなぁ……!?」


 嗚呼、周りの大気が歪む。

 ネロの目からは涙が、そして口から赤黒い蒸気が吐き出される……!

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