大スクープ!私はマスコミなの!!②

『東堂堂々非合法! 昼間っから真っ赤な目! 開いた瞳孔!』


 東堂駅から徒歩三分。表通りに面した、二階建てのモダンな木目調建物。

 喫茶店・アチャラナータは、甘寧、そして仁菜行きつけの喫茶店であった。もっとも仁菜は、甘寧に付き合って行くだけだが。


『レペゼン東堂B-BOY! ヒップホップ知らなきゃ貧乏! 魅せて来た実力!』


 カウンター席五つ。テーブル席三つ。一番奥に散らかった事務机がひとつ。少ないスペースが有効活用された店内には、ヒップホップ音楽が流れ続けている。


『母ちゃんに感謝より先に知ったガンジャ! ツレにもかけまくった迷惑と顔射!』


 ……仁菜の耳には、お世辞にも上品な曲とは聞こえないが。


「お待たせぇ~」


 奥のキッチンから笑顔で出てきたのは、三十歳前後と思われるエプロンの女性。長いウェーブがかった金髪と、脳の溶けそうなゆったりした声が特徴の彼女が、この喫茶店のママであった。


「仁菜ちゃんはクッキーアイス、甘寧ちゃんはいつものね」

「どうもですよ」

「やったぁ!」


 仁菜の前に運ばれてきたのは、砕いたチョコクッキーの入ったアイスクリーム。

 甘寧の注文は、バニラアイスの乗ったパンケーキ。彼女専用メニューである。


「甘いのいっぱいかけときました」

「ありがとう蒔絵まきえさん! ……うん! アツアツフワフワのパンケーキとヒエヒエのバニラアイス、相反するふたりが手を組んで! しかもメイプルシロップの強い甘さがアイスとパンケーキで緩和されて! 奇跡的なバランスで調和してる一皿だね!」

「甘寧、その語彙と表現力を何故普段生かせないですか」

「いつも美味しく食べてくれて、嬉しいわぁ」


 仁菜は思わずママ……蒔絵を見る。特に、カウンターにどっかりと乗った、牛も自信を失うようなその胸を。


「痩せてるですのに……何を食べればそんな」

「蒔絵さんのパンケーキ毎日食べたいなぁ」

「ありがと。毎日来てくれてもいいのよ」

「お小遣い無くなっちゃうよぉ……お父さん、蒔絵さんと再婚しないかなぁ」


 仁菜は思わずむせ返った。


「あらダメよぉ、私には愛する夫と娘がいるんだからぁ」

「ダメかぁー。よし、もう私が蒔絵さんの子になるしかないっ」

「でもウチじゃマリ学に通わせられないわぁ」

「それは困るなぁ。仁菜ちゃんと居られなくなっちゃうし、我慢しかないか」


 ……甘寧は、思ったことをあっさりと口にし過ぎる。


 昔からそうだった。母親がいないことも。東堂町出身であることも。何の打算もなく、当たり前のように、彼女は日常会話のテーブルに載せるのだ。

 仁菜はいつも面食らう側である。どう反応していいか、今後どう接するか。仁菜のそんな心配をよそに、甘寧はいつも通り過ごし、いつも通り笑う。ならば仁菜は一度深呼吸をし……やはり普段通りに戻る。いつもそうやって過ごしてきた。


「甘寧、ママさんをあんまり困らせたら――」


 その時である。店の奥。『立入禁止』の札が下がった扉がバンと開き、熊めいた大男が現れたのは。


「ひぇっ!?」


「……おぉ、甘寧ちゃん。それと仁菜ちゃんだっけか」

「あ、おじさん。やっほー」

「ど、どうも。ご無沙汰してますですよ」


 男は、甘寧、そして仁菜と握手を交わした。その太い腕にはタトゥーが刻まれており、着ている半袖白Tシャツには赤い文字で『東堂非合法』と印刷されている。


「あらダーリン、RECレックおしまい?」

「オウ。腹減ったからカレー作ってくれ」

「はぁーいっ」


 蒔絵が「ダーリン」と呼ぶこの男こそ、この店の主にして、インディーズヒップホップレーベル・アチャラナータの主宰。先程から流れている『東堂非合法』を代表曲とするラッパー、MCエムシー FUDOWフドウである。


 FUDOWはどっかりと事務机に……つまり自分のデスクに座った。


「おじさん、また曲作ってたんだ! おじさんの友達の悪い人の曲? おじさんが売ってる変な葉っぱの曲?」

「コラコラ、俺がどっちかの話しかしねぇみたいに言うんじゃねぇよ。あとクサのことはあんまり人に言っちゃダメだぞ」


 街で見かけたら間違いなく目を逸らすような強面の男と、甘寧は臆するどころか談笑している。それもパンケーキを食べながら。


「で、何の曲かって話だっけか? 簡単に言うと、プリッキーの曲だよ」


 不意に現れたその単語に、ふたりの食べる手が止まった。


「お前ら、ウチのモモと同じ中二だよな? じゃあリアルには体験してねぇよな、二十三年前の……話したことあったっけな。スコヴィランのせいで俺も危うく死ぬとこだった。でも、スイートパラディンが助けてくれたんだよ」


 FUDOWもまさか、ふたりがその名を継いでいるとは夢にも思うまい。


「俺も久々にプリッキー見て、色々思い出してな。この町をずっと見てる俺だからこそ、これでバース蹴らなきゃ嘘だろって思った。それで――」


「失礼します」


 その時であった。チリンとドアベルが鳴り、店内にひとりの女が入ってきたのは。


 白い春物の服を嫌味なく着こなす、ポニーテールの若い女。フレームレス眼鏡が知的さを際立たせている。

 好感の持てる笑みと共に、彼女は店内へ足を進めた。


「いらっしゃーい」


 蒔絵が店の奥から出てくると、ポニーテールの女は小さくお辞儀をする。


「突然失礼いたします。わたくし、フリージャーナリストの増子美奈乃ますこみなのと申します」


 彼女が差し出した名刺には、『アナタも気になる! 私も気になる!』という謎のキャッチコピーと共に、似顔絵と思しき可愛らしいイラストが小さく載っていた。


「ますこ、さん? ユニークなお名前ねぇ」

「アハハ、よく言われます。続けて読めば――」

「『』!」

「お嬢ちゃん正解!」

「イエス!」

「別にクイズじゃないですよ」


 ガッツポーズの甘寧に、思わず仁菜がツッコんだ。


「マスコミさん、ご用はお店? それともレーベル?」

「いえ、申し訳ありません。今日は別件で聞き込み調査中で……あ、録音しても?」

「はあ」


 美奈乃は鞄から手帳とペン、そしてボイスレコーダーを取り出す。


「わたくし今、プリッキーの事件に関する調査を行っていまして」

「あらまあ」


 仁菜は思わず身構えた。プリッキーの調査をするマスコミ、という概念に、決して良い印象を持てなかったからである。


「それで、早速ですが――」

「おい」


 次の瞬間、重苦しい声が店の奥から響いた。FUDOWである。


「誰が質問していいっつったんだよ。俺の店からさっさと出てけ」

「……あ、店主の方でいらっしゃいますか。申し訳ありません、挨拶が遅――」

「挨拶寄越せって言ったかよ俺は? 消えろっつったんだ」


 デスクを一度蹴とばし、指をボキボキと鳴らしながら、FUDOWは立ち上がる。


「俺はなぁ。マスコミがこの世で一番嫌ぇなんだよ。東堂町をクンクン嗅ぎ回るネズミみてぇなヤツが特にな」

「あ、あの」

「吐く言葉は全てがリアル、それが俺のスタイルだ。この町とこの世、どっちから消えたいか今すぐ選べ」


 ……美奈乃へ迫るFUDOWには、たとえ相手が女でも『やると言ったらやる』凄みがあった。美奈乃は笑顔のまま、思わず数歩後ずさる。


「ご、ご気分を害してしまったようで。申し訳ありません。失礼します」

「次会ったら三度目は無ぇぞ、ファッキンビッチ」


 大急ぎで出て行く美奈乃の背中に、FUDOWはそう追い打ちをかける。

 ドアが閉まり、ドアベルの余韻も消えた頃……FUDOWはデスクに戻り、大きなため息をついた。


「蒔絵、カレーまだ?」

「あ、そうだったわねぇ。待っててね~」

「済まねぇなふたりとも、荒っぽいことして。ここは俺の奢りだ、たらふく食え」


 FUDOWはそう言ってニカッと笑い、甘寧は平然とパンケーキのふた皿目を注文したが……仁菜はそれ以上何も喉を通る気がしなかった。




「失礼します! 聖マリベル新聞社の佐藤です!」


 店を出、駅に向かって歩き出した直後。甘寧は突然そう言って仁菜の前をうろちょろし始めた。


「えっ、何ですかいきなり」

大迫おおさこ総理! 『寝坊せずに学校行けたらおやつにアイス乗せパンケーキが出る法案』についてどう思われますか!」

「えっ、これインタビューですか」


 甘寧はマスコミに嫌悪感が無いのだろうか。さっきの今でこんなごっこ遊びを始めるくらいだ、恐らくそれほどではないのだろう。

 良くも悪くも、そういうところにこだわらないのは甘寧の個性だ。仁菜は苦笑いしつつ、この遊びに付き合うことにした。


「オホン、そもそも早起きは生活の基本、やって当たり前のことですよ。このような法案は到底国民の理解を得られないと思われるですよ」

「しかし大迫総理! 最低限文化的な生活の為、パンケーキは全国民に支給されるべきだという意見も根強いですが!」

「おっ、こりゃやべぇ国の総理になっちまったですよ」

「ごっこ遊びッチか? 子供っぽいッチねぇ」


 そう言いながらふよふよと飛んできたのは、チョイスとマリーである。


「あれ、ふたりともどこ行ってたのー?」

「愛を育んでたリー」

「な、なんかコイツらが言うと不潔なニオイがするですよ」

「何を言うかッチ、いずれ引き裂かれる運命、ならばこうして会えるうちに愛を重ねるのは当然だッチ」


 そう、仁菜は甘寧と駅で別れねばならない。仁菜の家は東堂駅から二駅先、大出水おおいずみ駅だからである。

 聖騎士を見守るのが役目……という理由で、チョイスは甘寧の、マリーは仁菜の家で生活している。つまりふたりが離れる瞬間は、そのまま二匹が離れる瞬間でもあるのだ。


「お別れッチね」

「でも、使命の為だリー」

「アンタ達お菓子食って寝てるだけですよどうせ」

「ごめんね、悲しい思いさせて。仁菜ちゃんと私が一緒に暮らせればいいのに……」

「やめるですよ甘寧まで。ほら、二匹ともさっさとカバンに隠れるですよ、見つかったら面倒――ん?」


 そこで仁菜は気付いた。東堂駅前、『まほー堂』の駐車場で、プリッキーに破壊された看板を撮影している女がひとり。


「あ、マスコミさーん」


 甘寧は一切の躊躇なく、先程の女……美奈乃へ話しかけた。


「え? ああ! さっきの」

「取材進んでますかー?」


 振り向いた美奈乃の顔は、一瞬ひどく疲れているように見えた。しかしふたりの顔が視界に入った瞬間、彼女は慌てたように笑顔を作り直した。


「そこのお店に取材お願いしたら断られちゃった。難しいのね、東堂町の人って」

「そうですかー……よければ何か答えましょうか?」

「あ、甘寧?」

「だって困ってるよ、マスコミさん」

「ありがとう! 私が知りたいのはね、スイートパラディンのことなの」


 美奈乃は大慌てで手帳を取り出し、案の定面倒な話題を出してきた。甘寧が乗せられて余計なことを喋るかもしれない。


「スイートパラディンが戦ってるトコって見たことある?」

「うーん、あるっていうか、すぐ近くでっていうか」

「甘寧ェ!?」


 ボロが出るのが早過ぎる。


「そうなの、どんな風だった?」

「えーっと。こう、ジャンプジャンプ! ってして、わーって行って、パーンチ、キーック、みたいな」


 ……美奈乃の表情がみるみるうちに苦笑いに変わっていく。食レポ以外では壊滅的な甘寧の語彙に救われる形となった。


「それじゃあ、別の質問。スイートパラディンのについてどう思う?」


 美奈乃の質問の意図が掴めず、甘寧は、そして仁菜もしばしきょとんとしていた。

 ビジネス用の笑顔のまま、美奈乃は続ける。


「世間的に見ると、スイートパラディンは無条件に褒め称えられる風潮があるわ。でもね、『』って意見もあるの」


 ……仁菜と甘寧は、思わず表情を曇らせた。


「ほら、住宅街って人も家も多いでしょ。そこでプリッキーが暴れちゃうと、余計に被害が広がっちゃうじゃない。攻撃を避けた拍子に屋根が壊れたとか。蹴り飛ばして倒れた拍子に家が潰れたとか。そういう話もあったりしてね」


 確かに、言われてみればその通りだが……そんなことを言われても、一体どうすればいいというのか。仁菜は反論したい気持ちを何とか抑える。


 プリッキーが出る度に、郊外へ連れ出せと? どうやって? 被害を広げるだけに思える。そもそも家の無い場所とて誰かの土地だし、何が大切かは持ち主本人にしか分からない。

 誰も傷付けずにプリッキーを倒す。そんな都合の良い手段があるのか。少なくとも仁菜には思いつかない。


 そして何より……今その手の話をされるのは、甘寧にとって絶対に良くない。


「もう少しスイートパラディンが工夫してくれれば――」

「ごめんなさい」


 甘寧が小さく呟いたのが、仁菜にだけは確かに聞こえた。


「え?」

「すみませんですよ、そういう話は私達ちょっと――」




 仁菜が無理矢理話題を終わらせようとした、その時である!

 四度目の爆音! 厄災の始まる合図が、東堂町中に轟いたのは!




「「プリッキー!?」」

「えっ……あっ!」


 ふたりは同時に音の方を向く。そして、美奈乃も。

 もうもうと煙の上がるその方向は……。


「東堂中ですかッ!?」

「!」


 甘寧の顔が凍り付く!


「東堂中!? オーケイ、ありがとう! 続きはまた今度聞かせてね!」


 一方、使命感の炎を目に宿したのは美奈乃である!

 彼女は素早くふたりへ別れを告げると、赤い軽自動車に乗り込み大慌てで出発! 荒っぽい運転で向かう先は、明らかに東堂中の方向!


「何考えてるですかあの人!? 巻き込まれるですよ!?」

「……仁菜ちゃん」


 甘寧のその声は、僅かに震えていた。


「甘寧」

「行かなきゃ、早く」

「えぇい、分かってるですよ!」


 嗚呼、何故世界は、こうも甘寧を困らせるのか。

 甘寧の右手を、左手でしっかりと。固く固く握りながら、仁菜は歯ぎしりする。


 普段通りに振る舞っているが、甘寧があの件から……公庄タマミの件から立ち直っていないのは、仁菜も気付いている。

 その上、美奈乃から遠回しに責められて。

 しかもあろうことか……東堂中学校は、ときている!




 今はただ向かわねば、東堂中へ!

 様々な不安を掻き消すように、ふたりはブリックスメーターを掲げ、叫んだ!


「「メイクアップ! スイートパラディン!」」

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