大スクープ!私はマスコミなの!!

大スクープ!私はマスコミなの!!①

「……そろそろ教えんね、どげんつもりか」


 四人の戦士が集う会議室。腕組みして座ったカイエンが、しかめ面で訊ねた。


「俺ん出したプリッキーが二体。セブンポットんプリッキーが一体。合わせて三体。スイートパラディンに倒されちょぉばってん」


 そう、スイートパラディンは、いともたやすくそれをやってのけた。

 無論被害は出したものの、それが天災めいた規模になる前に、あの忌々しい小娘達に退治され、人々はそれを持てはやす。

 セブンポットは思い出し、ギリと歯ぎしりをした。聖騎士の力も名誉も、本当は自分のものなのに。勝手に使って、しかもせっかく作ったプリッキーを。


「これは魔導力の無駄じゃなかとか。もっとジョロキア様の体調が良ぉなってから、改めて作戦ば――」

「いいえ、カイエン」


 答えたのは、ホワイトボード前に立つキャロライナ。彼女は音も無く、左上をホチキスで留めた資料を配っていく。


「星辰がいつも正しき位置にあるとは限らない」

「うン?」

「何事もタイミングってこと。アナタとセブンポットの仕事は、間違いなく今必要なことだったのよ。ご覧なさい」


 それは、新聞記事の縮小コピーだった。日付は一週間ほど前、カイエンが初めてプリッキーを出した日。


『×県でプリッキー出現 死者二名 二十三年振り』


 見上げる角度で撮影された、二期型プリッキー一号――政府命名らしい――の姿。


 プリッキーが東堂町郊外に出現。

 近隣の建物や畑に被害。

 怪我人と死者もいる。

 スイートパラディンと思しきふたり組によって事態は終息。

 政府は「状況を総合的に判断し、プリッキーである可能性を視野に入れながら、関係各所と連携し適切な対応を進めていく」とコメント……。


「読んだ? じゃあ次のページね」


 退屈な記事を読み終え、セブンポットはページをめくる。


『【やべえええ】プリッキー復活……これはマジでヤバいだろ……』


 それは、ネットの書き込みをまとめて掲載するサイト、いわゆる『まとめサイト』の記事であった。

 マスコミの記事をコピー&ペーストしただけで特に目新しい情報は無く、下方には「また沢山死ぬんじゃねえの……何とかしてスイートパラディン……」という、管理人による毒にも薬にもならぬコメントが寄せられていた。


 更に次のページは、そのサイトのコメント欄だった。


『まーた東堂町か』

『東堂町の近くに住んでるけど、ヤンキーとキチガイしか住んでないから今度こそ滅びた方がいいよ』

『また散々殺して何の責任も反省も無く「僕は操られただけでーすwwwww悪くありましぇーんwwwwwww」って言うんだろうな 死ねやマジで』

『この町のヤバさを知らない奴は古野憲樹の本をちゃんと読め さっさと焼き払って除染しろや あそこの野菜食ってる奴どんどんプリってるから覚悟しろよ』


 東堂町及びその住民を誹謗中傷する内容の書き込みが延々と続いている。


 その次は、つぶやき投稿型SNS『ヒウィッヒー』のつぶやきをまとめたもの。

 カイエンの作った『一号』のみならず、セブンポットによる『二号』、その後再びカイエンが作った『三号』の写真もある。

 様々なユーザーが今回の件に関する持論を述べ、別の意見を持つ者に叩かれ、水掛け論となり……。


「何ねこれは」


 カイエンが忌々し気に声を上げた。キャロライナはクスリと声を上げ、長テーブルにそっと寄りかかる。


「どう思った? カイエン」

「コイツら阿呆とね。プリッキーのことも魔導のことも知りもせんとに、知ったかぶって出鱈目ばかり言いよるばい」


 カイエンはつぶやきを指差しながら、やや熱を入れて言う。


「闇の種は人間の心ば支配して、破壊衝動に抗えんごつするモンばい。それをコイツら、植えられた人間が自分の意思で殺しばやったごつ書いちょる。しかもいっぺん植えたら人格が壊れるやら、土地に汚染が残るやら。無かばい、あんなちっぽけなモンにそげな影響は……ほら、『根拠ン無か』って指摘されたら逆ギレしよぉばい」


「分かったでしょう」


 段々と早口になるカイエンを、キャロライナが制する。


「あの頃とは状況が全然違うのよ。出したのはたった三体。でも……不幸は一瞬で世界中に燃え広がる。枯れかけのスイートファウンテンは一体どうなってるかしら?」


 カイエンは唸り声を上げると、どかっと椅子へ座り直し、それきり黙った。


「この東堂町でプリッキーを出せば、人は嫌でも悲劇を思い出す。東堂町とプリッキーを結び付けたがる。セブンポット。意味が分かるでしょう?」

「……分かるに決まってんでしょ」


 セブンポットは吐き捨てるように言った。


「ここにいる全員がよく分かってるわよねぇ。このがどれだけの不幸を生むか」


 嗚呼、キャロライナは利用するつもりなのだ。

 瓶井ナナが東堂町を出、落ちぶれることになった原因のひとつ。

 ネットの海に潜在化、慢性化し、若い世代へ今も脈々と受け継がれる呪い。

 プリッキーとなった者、ひいては東堂町の住人自体を遠ざけ、叩き、人ならざる穢れと扱う……いわゆる『』を。


「……カイエン」


 実に機嫌よさげに、キャロライナは語り掛ける。一方のカイエンは、あまり顔色が良くないようだった。


「アナタの作った最初のプリッキー……確か農家のおじいさんだったかしら」

「そうばってん」

「知ってた? って」


 カイエンはハッと顔を上げ、キャロライナを見た。


「可哀想に。思い詰めちゃったのね。悪い噂が立って、野菜が売れなくなったら? 子供や孫が差別を受けたら? マスコミも家に押しかけたそうよ。実名報道してたメディアもあるわ」

「……あのプリッキー、『助けて、嫌わないで』っち」

「そうらしいわね。元から苦しんでたんでしょうね、二十三年も経つのに。彼の家族もきっと……ふふっ、ふふふふ、トドメを刺したのはアナタよカイエン。素晴らしいわ。これからもジョロキア様の為に、一生懸命働いてね」


 キャロライナが拍手をすると、カイエンは下を向き、口を真横に結んだ。


「……さ。じゃあ今日も張り切って不幸を広めましょう。ネロ?」


 セブンポットはカイエンの左に視線を遣った。

 これだけ存在感がありながら、あまりにも静かすぎて忘れていた。スコヴィラン一の巨漢、ネロ。その腕力で幾度となくナナらに立ちはだかった存在であり――。


「……ネロ?」

「……ンゴッ……ウガァ、寝てた」

「あらあら」

「オレ、文字、難しい……」


 ――そして、スコヴィラン一の馬鹿としても記憶に残っている。


「今回はアナタがプリッキーを作る番よ」

「ウガッ、やったー」

「でもアナタは戦っちゃダメよ」

「ウガァ……やだ……」

「ジョロキア様の為よ、あと少しの辛抱ですからね」

「ウガァ、分かった……」


 子供に言い聞かせるように、キャロライナは作戦内容を伝える。


「それじゃ、アナタは『かんたんネロ』で行きなさい」

「ウガ」

「場所はそうねぇ……沢山人がいる場所がいいし。ここなんかどうかしら」


 キャロライナはどこからかタブレットを取り出し、それを長テーブルの中央へ置いた。セブンポットはそれを覗き込み……眉間へ僅かに皺を寄せた。


「周りは家が多いし、若い子が沢山いるわ。壊し甲斐あるんじゃないかしら」


 その場所の名は、東堂中学校。

 セブンポットの……瓶井ナナの母校であった。




 広くも狭くもない敷地に、四百人ほどの生徒。低い塀で囲まれたボロの校舎に、整備不足のグラウンド。


「何やってんだろ、アタシ」


 東堂中学校。その屋上に立ったセブンポットは、僅かに自己嫌悪した。


 セブンポットに出撃命令は出ていない。キャロライナは「戦闘及び目立つ行動以外は何をしてもいい」と言っていたが……こんなところに来てしまうとは。


 時刻はそろそろ五時になろうとしていた。生徒達は帰宅、あるいは部活に勤しんでいる。

 校庭では、サッカー部が気だるげに準備運動を行っていた。顧問らしきジャージの男と、背番号『10』の生徒だけは妙にキビキビしていたが。


 背番号『10』。

 セブンポットの脳裏を、忌々しい記憶がかすめる。


(やっ、ナナちゃん。いづみ)


 通学路。ダッシュでふたりを追い抜いて行く、夏の海めいて忌々しく眩しい男。


(今度さ、サッカー部の試合あるんだ。ふたりとも、応援来てくれないかな。女子の応援があれば、他の部員も少しはやる気出すだろうし)

(えっ、いいの! 行く行く!)

(頑張ってね、応援してる)


 瓶井ナナの左隣で、いけしゃあしゃあと微笑を浮かべる女狐。


(私達も応援頑張るから。ね、ナナ)

(うんうんッ! やってみせるよ、頑張ってね、淳児君――)


「あ゛あ゛ッ」


 屋上の柵を、思わずセブンポットは捻じ曲げていた。

 何をムキになっているのか。今更あんな、瞬きのうちに殺せるカス共のことなど。セブンポットは己に言い聞かせた。

 自分は奴らの遥か上にいる。こうして天上から眺めていればいいのだ、プリッキーが破壊を、殺戮を行うさまを。


 ……しかし、肝心のプリッキーはどうした。

 セブンポットは先程からそれが気がかりだった。先回りしてしまったが、まさか迷ったか。有り得なくはない。あの頭では地図が読めなくても――。


 その時だった。けたたましいブレーキの音が、下界から轟いたのは。


 セブンポットはそちらへ視線を遣る。グラウンドの塀を挟んで向こう側、表の道路にある横断歩道。赤色の派手な車が、ブレーキ跡を残し停車している。


「テメェ! ブッ殺されてぇのか!」


 今のセブンポットなら、この距離で会話を聴くこともできる。

 プリンめいた金髪の男が怒鳴り付けているのは、車の前にぼんやり立つ禿げた浮浪者の男。もう五月だというのに黒く汚らしいジャンパーを着ている。


「おい、轢き殺されてぇのかっつってんだよ!」


 浮浪者の男は答えず、口を半開きにして立っているだけ。しびれを切らしたプリン頭男は、車を降りて詰め寄る。


「おい、ナメてんのか。ボサッとしてんなって言ってんだよ邪魔くせぇ」


 腹に蹴りを入れられ、浮浪者は道路端に転がる。それでも浮浪者は唸り声を上げるばかりで、謝罪も反論もしない。


「んだよ、喋れねぇのか? このキチガイが」


 プリン頭男が悪態をついた、その時。

 うずくまった浮浪者が、僅かにびくりと反応した。


「頭足りてねぇくせに人様に迷惑かけてんじゃねぇぞクソバカが」

「……ていった」


 ほとんど囁くように、浮浪者男は初めて声を上げた。


「あ?」

「なんて、いったんだ」


 何かが奇妙だ。セブンポットは思わず身を乗り出し、その行動に注目する。


「聞こえねぇのかボケ、お前みたいなキチガイはなぁ、外歩いてないで病院――」




鹿!?」




 瞬間だ! プリン頭男が、愛車のフロントガラスに頭から突っ込んだ!

 何が起きた!? 浮浪者である! 哀れな犠牲者の頭を右手で掴み、窓ガラスへ叩き込んだのだ!


「オレをぉ! 馬鹿にするなあぁーッ!」


 浮浪者男のジャンパーがメラメラと燃え上がり、そのシルエットが膨れ上がる! そこに立っていたのは、スキンヘッドで半裸の筋肉男……ネロ!


「……『かんたん』、『ネロ』……?」


 セブンポットは、キャロライナが言っていたことを思い出した。

 あの浮浪者姿が『かんたんネロ』。変装と魔導エネルギー節約を兼ねているのか。


「ウガッ、ウガァーッ!」


 ネロは車の前部を両手で抱え、軽々と持ち上げる! 勢い良く振り下ろし、道路に打ち付ける! 打ち付ける! 続いて上にまたがり、殴打! 殴打! 殴打! 当然中の男は全身が変形!

 セブンポットは久方振りに思い出していた! ネロが、『馬鹿』と言われるとブチギレるという癖を持っていたことを!


「ウガガガガガァーッ、フゥーンッ!」


 血まみれの鉄屑を、ネロは中学校の塀に叩き付けた! 塀に開く大穴! 近所の人間が、通行人が、そしてサッカー部員が騒然とする!


「ウガ……あ。戦っちゃ、ダメだ。怒られる」


 ネロは冷静になったようだった。彼はその筋肉質な姿を維持したまま、塀のあった場所をのしのしと歩いて行く。


「でも、ついた。東堂、中学校。ウガハッ。プリッキー、作る」


「ひ、ひぃッ」

「みんな逃げなさい! 早く!」


 顧問らしき男が、サッカー部員達を怒鳴りつけて避難を促す。しかし、あまりの事態に足腰の立たない部員、そして立ったまま失禁している部員も!


「どーれがいいか、きいてみよ。まーおうさまに、きいてみよ」


 そんな部員を順番に指差しながら、ネロは数え歌らしきものを歌う。


「あーたまくうか、あしくうか。はらわただすか、かわ、はぐ、か」


 ネロが最終的に指差したのは……震えながらも部員を連れて逃げようとしていた、背番号『10』の少年!


「きーまった」


 一瞬の砂埃! 巨体に見合わぬ速度で、ネロは少年の眼前へ接近! 左腕で脚を掴み、ひょいと持ち上げる!


「うっ……!?」

「オマエが、プリッキー」

「あ゛っ、あ゛っ、あ゛あ゛……!」

「よせっ、やめろォ!」


 ジャージの顧問が叫ぶ! しかしその声をネロは一顧だにしない!

 幼子のように、しかし残忍に笑ったネロは。右手に生み出した闇の種を、少年の胸にずぶずぶと埋め込んで……!

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