復活!スイートパラディン!③
「ほ、ホントに変身した!」
「変な台詞がスラスラ出たし……あ、裸眼で目が見えるですよ!」
「感想は後だッチ! とにかくプリッキーをやっつけるんだッチ!」
己の変化に驚くふたりを、チョイスが現実に引き戻した。
「張り切って行くッチよ、スイートパンケーキ!」
「スイートクッキー、地面を蹴ってジャンプだリー!」
チョイスはパンケーキの肩に、マリーはクッキーの肩に乗る。
「じゃ、ジャンプ? どういう意味ですか?」
「いいからふたりでやってみるッチ!」
ふたりは軽く目で合図し、利き足で地面をキック! 直後!
「うひゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「ぎゃわあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」
何ということか! ふたりの体は五メートルほど宙に飛び上がったではないか! それも大砲めいた速度で!
そして当然ながら、重力に逆らえばやがて落ちてしまう!
「落ちる落ちるゥーッ!」
「だから嫌だったんですよォーッ!」
「大丈夫だッチ、着地の衝撃は魔導エネルギーが和らげてくれるッチ!」
「まど……何ですか?」
「何とかなるんだね、やってみるッ!」
先に事態を把握したのはパンケーキだった! あぜ道に着地! 無傷! クッキーは畑に突っ込み転倒!
「お、思い切りが大事なことはよく分かったですよ」
土から飛び上がって身を起こすと、ふたりは再び地面を蹴り、一直線にプリッキーの元へ向かう! プリッキーの間合いへ、数百メートルの距離をほんのふた蹴り、ものの数秒で!
『プリッキィ……イ』
瞬間。プリッキーの全身に、大きな割れ目がいくつも発生。一斉にくぱりと開いたその内側には……巨大な目玉! 大量の赤い瞳が、一斉にスイートパラディンを睨みつけた!
「うげっ!? き、キモいですよ!」
「私達に気付いたんだ!」
『プリッキィーッ!』
プリッキーはその右腕を、飛ぶ蝿を払うようにブンと振り回す!
「ぎゃあーッ!?」
「どおぉーッ!?」
ふたりは咄嗟に腕をクロスしてガード! しかしプリッキーの腕は直撃! ふたりは勢いよく吹き飛ばされ……二回宙返りで工場の屋根に着地!
「び、びっくりしたですよ!」
「でも全然何ともない!」
「手甲から魔導エネルギーを瞬間的に放出して守ったからだッチ!」
「防具で受ければ、多少の衝撃なら今みたいに耐えられるリー!」
意識的にそんなことをした覚えは無かったが、とにかくこの防具は自分達を守ってくれるらしい。クッキーは己の手甲を見つめた。
「あっ、プリッキーが動くッチ!」
「備えるリー!」
『プリッ……キ、ア、アアアアア』
唸り声をあげながら、プリッキーはその両腕を振り上げ……!
『ア、タ……アアアァ』
しかし、攻撃には移らなかった。
『アァ、タ……スケ、テエェ……アァア』
何ということか。プリッキーが発した初めての意味ある言葉は、救いを求める言葉だったのである。
『ミンナ……キラ、ワ、ナイデ……アアーァア……』
全身にある赤い目から血の涙が流れ、ぼたぼたと降り注ぐ。それは強酸めいて地面を焦がし、赤い煙を上げさせた。
『ダレカ……アアァ……プリッ……キァアイイイィ』
クッキーは思い出さざるを得なかった。
(人間が怪物に変えられて、いろんなものを壊してしまった)
「そうですよ、プリッキーは……」
「……人間」
パンケーキがクッキーの言葉を次ぎ……真っ直ぐプリッキーへ向き直った。
「あの人、助けを求めてる。本当はやりたくないんだよ、きっと」
「ですね」
「だったら助けなきゃ」
「できるですかね」
クッキーの小さな不安に答えるように、パンケーキは彼女の手を握り。
そして、笑顔を向けた。
「……何とかなるよ。頑張ろっ!」
……不思議だった。
昔からずっと。彼女が笑ってそう言えば、いくらでも勇気が湧いてくる。
「応ッ、やったるですよ」
ふたりは同時に……跳躍!
『プリッキィアアァアィィィイイイイーッ!』
プリッキーは再び腕を伸ばし、ふたりを叩き落とそうとする!
「らああぁあーッ!」
が、パンケーキに躊躇は無い! その拳で、プリッキーの掌に一撃!
『プリッキィイィ!?』
ふたりを丸ごと握りつぶせるようなプリッキーの手が、パンチ一発で弾き飛ばされたのだ!
「成る程、魔導エネルギー? とやらで」
「そうだッチ! プリッキーの攻撃を弾いてダメージを与えられるッチ!」
自分の手を不思議そうに見つめるプリッキー! 再び着地したふたりは、全く同じタイミングで再跳躍!
「「ムーンライト……パーンチ!」」
何の捻りも無いネーミング! しかしその双拳は、プリッキーの膝裏に命中! ぐらりとバランスを崩すプリッキー!
「今だよ!」
「応ですよッ!」
側転めいた動きで正面へ回り込んだふたりは、またしても同時跳躍! プリッキーの顔近くまで飛び上がった! そして!
「「ムーンライト・キーック!」」
正義のヒーローめいた蹴りのポーズで急降下! 加速! 加速! 脚の周囲に広がる衝撃波! 聖なるふたつの鉄靴が、今! プリッキーの胸に……直撃!
『プリッキィーッ!?』
プリッキーを踏み台とし、ふたりは後方へジャンプ、軽やかに着地。一方プリッキーは、バランスを崩し仰向けに倒れた。ズゥンという地響きと共に土が舞い上がる。
「やっつけた!?」
「いや、まだですよ!」
『プリッキィ、イィイィイーッ!』
然り! プリッキーはまだ倒せていない! 手足をジタバタ動かし、周囲の畑を、道路を、なおも破壊しようとしている! 加えてこの振動! プリッキーが駄々っ子のように暴れる度、震度五強めいた強い揺れが周囲に広がる!
「これじゃ被害が!」
「二匹! 何か手は無いですか!」
「あるッチ! 隙だらけの今こそ、必殺技のチャンスだッチ!」
「変身の時みたいに手を繋ぐリー!」
クッキーはパンケーキと指を絡め、しっかりと手を繋ぐ。手甲越しにも彼女の温もりが感じられるのは、魔導エネルギーとやらの力だろうか。
「その手に気持ちを集中させるッチ!」
「お互いの魔導エネルギーをしっかり混ぜ合わせるッチ!」
「ま、混ぜ合わせる?」
「早くするッチ、奴が目を覚ますッチ!」
そう、プリッキーとていつまでも倒れているわけではない。全身の目でこちらを睨みながら、その上体を起こそうとしている。
クッキーは目を閉じ、手へ意識を向けた。確かに伝わるパンケーキの温もり。まるで肌と肌で触っているよう。パンケーキの手から、温もりが流れてくる。体温だけではない、とても心地良い何か。
「へぁっ……」
腕を伝わるそれは、くすぐったくて、優しくて……気持ち良い。熱いモノが全身をゾクゾクと駆け巡り、思わず膝が震える。
これがパンケーキの魔導エネルギーだというのなら、お返しをせねば。クッキーは本能で理解し、気持ち良いものを同じだけ流し返す。
「ふ、はぁ」
パンケーキも同じ気持ちなのが伝わってきた。パンケーキがクッキー、クッキーがパンケーキであるような、曖昧な感覚。
気持ち良い。もっと循環させたい。モーターの回転数が上がるように、ふたりの魔導力が爆発的に増加していく。
同時に覚えるのは、背中に立つ神聖なモノの感覚。ふたりが繋がり、大いなるものに接続している直感。生きとし生けるもの全ての母に守られているような気持ち。
「パンケーキっ」
「クッキーっ」
互いの名を呼ぶ。解き放ちたい。でないと狂ってしまう。暴発寸前となった、この魔導エネルギーを!
「「はああああああぁぁぁぁぁぁぁーッ!」」
ふたりは同時に目を開き、空いた手で強く拳を握る!
パンケーキの左腕にはピンクのオーラが! クッキーの右腕には黄色のオーラがほとばしる!
大いなる力がふたりの背中をぐいと押した! 今だ! 寸分のずれもなく、ふたりはその手を前へ突き出した!
「「スイート・ムーンライトパフェ・デラーックスッ!」」
瞬間!
パンケーキの左腕からは、ピンク色の光の波が! クッキーの右腕からは、黄色の光の波が!
ふたつは螺旋を描いてまざり合い! プリッキーへと真っ直ぐに飛んでゆく!
『プリッキィイーッ!?』
プリッキーの巨体が光に包まれる!
その姿はぐんぐん小さくなり……人間大まで縮むと、ドサリと地へ落ちた。
同時に空の不自然な赤色も霧散し、そこには元の青い空が戻ったのであった。
「……やった、ね」
「ですよ……」
手を繋いだままハァハァと息を切らし、ふたりは膝をつく。
「やったッチ! やはりチョイスの見立てに間違いは――あれっ」
が、パンケーキは既に立ち上がり、走り出していた。
クッキーは気付いた。パンケーキの向かう先は、畑にできた小規模なクレーターの中心。先程までプリッキーだった、農夫らしき老人の倒れている場所。
「大丈夫ですか!」
パンケーキが揺り動かすと、老人はゆっくりとその目を開けた。
「……お前さんは?」
「ああ、よかった……もう大丈夫ですよ」
「わ、儂ぁ――」
「パンケーキ! まずいですよ!」
しかしクッキーは気付いた! 安全を確信した聖マリベルの生徒達が、やや離れた距離から自分達を観察していることに!
よりによって同級生の前で変身して戦ったなどと。絶対に面倒が待っている!
「ち、違うですよ、これは、無理矢理!」
「す、すげぇっ! スイートパラディンだよなアレ!?」
が。
「ホンモノ? じゃなきゃ倒せないかあんなの!」
「リアルにいたんだ、初めて見た!」
「可愛い~!」
……もしかして、バレていない?
考えれば当然である。髪型や髪色も違う、衣装も違う、よく見れば顔立ちもメイクめいて若干整っている。間近でジロジロ見られればともかく、この距離なら。
「パンケーキ、今のうちに――」
「スイートパラディン、こっち向いてー!」
「やっほー!」
「パンケーキ! ファンサービスしてる場合ですか! 一旦逃げるですよ!」
周囲に笑顔で手を振るパンケーキの腕を引っ掴み、クッキーは輪の外へ跳んだ!
「も、もう大丈夫なので!」
「みなさんお気をつけてお帰り下さいですよーッ!」
風を切りながら、ふたりは目にも留まらぬ速度で現場から離れていく! 生徒達はスマホのカメラで一生懸命これを追ったが、その動きは最早ピンクと黄色の風にしか見えなかった!
「いやー、スコヴィランの企みをまずはひとつ潰したッチねー」
「今後も聖騎士として頑張るリー。それが女王様の与えた使命だリー」
二匹のぬいぐるみ達は、風に揺られながら呑気に笑っている。
「待つですよ、成り行きでやっちゃったですけど、私達まだ何も――」
「まだ生まれるんだよね、プリッキー」
抗議の姿勢を取ろうとしたクッキーを、パンケーキが遮った。
「なら、頑張るよ」
「ちょ、パンケーキぃ!?」
あまりにもあっさり承諾するパンケーキに、クッキーは動揺を隠せなかった。
「クッキーも覚悟を決めるッチ、食べかかったアイスだッチ」
「乗りかかった舟みたいに言うなですよ! パンケーキ、マジでやるですか? そりゃパンケーキの気持ちは――」
「何とかなるよ!」
クッキーの様々な懸念を一蹴するように、パンケーキは笑顔を添えて宣言した。
「何とかなるよ、頑張ろっ!」
その眩しい顔から、クッキーは思わず目を逸らした。
自分達にしかできない、世界の為になることだと言われれば、断りづらい。
それに、可愛いなどと言われることも、普段はまず無いし。
何より、パンケーキと一緒に……また、あの、手を繋ぐ、気持ち良いやつを――。
「だああぁ、何考えてるですか私は!? いや変なことじゃないし別に!」
「クッキー?」
「分かったです! やるですよ! 何でしたっけ、その! 食べかかったアイス!」
「よく決心したッチ!」
「これからよろしくリー!」
勢いに任せ、結局クッキーはこれを承諾してしまった。
「頑張ろうね、クッキー!」
……それでも、パンケーキがこうして隣で笑うなら。それも悪くはないと、クッキーには思えた。
隣同士並んだふたりは、風のように跳んで行く。
これから訪れる長い長い戦いへの使命感、不安感、高揚感……様々な感情、ついでに不思議な生物二匹を背負って――。
――ふたりを視線で追う、邪悪な赤い瞳に気付かぬまま。
「追っても良かばってんな」
鉄塔の上に立つその男は、五月の陽気に似合わぬロングコートを着込んでいた。
短髪に太眉、彫りの深い顔。背中にふたつ背負っているのは、一メートルはあろうかという巨大なピザカッター状武器。
「戦闘になったら、あの女の命令に違反してしまうけんがな」
まるで誰かに言い聞かせるように、男は独りごちる。
「今日はこれでよかたい。狼煙にはなったやろ。俺達『スコヴィラン』が帰ってきた、っち」
男は目を閉じ、あろうことか……鉄塔から飛び降りた!
男は前転で受け身を取り、衝撃を回避。そして再び目を開けた時、何たることか。そこは既に別の場所だったのだ。
アスファルトを雑草が突き破る、寂れた駐車場。
すぐ側には、高い塀に囲まれる廃城めいた三階建て建造物。
駐車場の出入り口は閉ざされ、隣にそびえ立っているのは……色あせた看板。
かすれた飾り文字が示すその名は、『
廃ラブホテルの自動ドアを、男は手でガラガラと開ける。ピンクの妖しい間接照明で照らされたホテルロビーが、カイエンを出迎えた。
「戻ったばい」
「お帰りなさいませ、カイエン様」
ロビーには、中学生くらいにしか見えぬ小柄なメイド服娘がひとり。
「アナハイムね。あの女はどげんしたか」
「キャロライナ様でしたら、『例の方』のお部屋に」
シニヨンヘアのメイド――アナハイムは、特に愛想も無く淡々と告げた。
「『例の方』……ああ、あの新入りね」
カイエンは大きくため息をつく。
「信用して良かとね、あげな女ば」
「わたしが決めることではございませんので」
「分かっとったい。全てはキャロライナの意志で……同時に俺らが主、魔王ジョロキア様の意志やけんな」
アナハイムは答えず、無表情を貫くばかりであった。
「ばってんがくさ。言うなら敵ばい、例の女は。いつ裏切ってショトー・トードにつくか分かったもんじゃなか。キャロライナは一体――」
……召使いに言っても無駄か。
澄ました顔のアナハイムに気付き、カイエンは再び深いため息をついた。
「……アナハイム。辛いモンば部屋に持って来んね。疲れたばい」
「かしこまりました」
アナハイムが奥の廊下へ去ると、カイエンは数度頭を掻いた。
こんな状態で、魔王の意志が――ファクトリーの完全破壊が遂げられるのか。
スイートパラディンが再び現れたというのに、何を考えているか分からぬキャロライナ。こんな時頼るべきふたりの仲間のうちひとりは去り、ひとりはこの手の話題が苦手だ。
そして何より、キャロライナが連れて来たという新たな『仲間』。
アレがどんな結果をもたらすか、まるで想像がつかない。
ロビーに立ち尽くしたまま、カイエンは思いを馳せる。
今もベッドで寝ているであろう、その女。
女王ムーンライトの擁していた最大の兵器。自分達全員の敵だった女。
……『元』聖騎士、スイートチョコレートに。
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