復活!スイートパラディン!②

「みんな落ち着いて! 一旦集まって、先生の指示に従って!」


 教諭の声は、生徒達の悲鳴によって掻き消された。

 秩序は既に無い。敷地の外へ逃げ出す者、建物の中へ避難する者。


「だから東堂町なんか行きたくなかったんですッ!」


 そして、涙を流しながら教師へ八つ当たりする者。


「今日は学校休めばよかったッ、そしたらこんなところで死なずに済んだのにぃ!」

「落ち着いて、先生達の言う通りに――」

「先生のせいですよ! 責任取ってください! こんなトコ行くって決めたの先生達でしょ! 私をおうちに帰し――」


『プリッキィイイィイィイィイイィイイイィイーッ!』


 ズゥンッ!

 足元に衝撃。プリッキーが一歩踏み出しただけ。それだけで子供達はよろめき、壺はじゃっぽんと中身をこぼし、パニックは加熱する。


「俺の黒酢が、麹がっ、子供達がっ!?」

「アンタ、よしな! 死んじまうよ!」

「馬鹿言え、これが無くなっても死んじまわぁ!」


 今にも泣き出しそうな声で、光野は壺にしがみついている。先程酢を配っていた彼の妻が、必死でそれを引き剥がそうとしていた。


 制御不能なカオスの中、立ち尽くす少女がひとり。

 甘寧は小刻みに震えながら、現れたプリッキーを凝視していた。


「甘寧っ、ここはヤバイですよ! 逃げるですよっ!」


 その右腕を、仁菜は左腕でがしりと掴み、引っ張る。


「みんなが」

「みんなもヤバいですけど! とりあえず自分の安全ですよ!」


 ズンッ!

 再び音を立て、プリッキーが一歩踏み出す。明らかにこちらへ向かっている!


 仁菜は無理矢理甘寧の手を引くと、彼女を連れて走り出した。

 どこへ逃げる? 分からない。ここは東堂町の郊外、周囲には畑ばかり。距離を取るしかない。プリッキーから、一歩でも遠くへ!


『プリッキィイィーッ!』


 あぜ道を駆けるふたりの背後。プリッキーは奇声を発しながら、側にぽつんとある民家を鷲掴みにした。卵型チョコが砕けるように、人生があっけなく砕け散る。


「どうしよう」


 走りながら、甘寧は震える声を上げた。


「逃げるしかないですよ! 動きはトロいですけど一歩がデカいですから――」

「みんな、みんなが」


 仁菜は呆れた。自分の未来すら分からぬこの状況で、他の生徒の心配とは。


「みんなには自力で逃げてもらうしかないですよ」

「でも、このままじゃ――」


 ズドォン!

 耳を疑う轟音。前方にある民家の屋根に、軽トラが突き刺さっている。軽トラ自体もまた、粘土か何かのように握りつぶされていた。投げたのだ。あのプリッキーが。


「甘寧、軽トラブン投げるヤツ相手にできることは無いですよ」

「でも」

「デモも体験版もねぇですよ! それとも私達があのデカブツをやっつけられるとでも言うですか!」


 雄叫びを上げるプリッキーを指差して、仁菜は声を荒げる。


「自衛隊でも無理なら私達も無理ですよ! アレを何とかするのなんて、それこそ二十三年前に現れた伝説の戦士、『スイ』――」




「――ァァァぁぁぁぁぁぁ」




 その時である。プリッキーでも生徒でもない、第三の声が聞こえてきたのは。

 ふたりは我に返り、斜め上方に顔を向ける。男の裏声のような甲高い声……。


「ああああああああああああああああああ!」

「ぎゃあぁ!?」


 嗚呼、超高速で何かが飛んで来ている! 筒状の物体にまたがった、ぬいぐるみめいた青い小動物が! 一直線に、甘寧の顔へ!


「ちょっ、待っ、ぶへっ!」

「甘寧ぇーッ!?」


 衝突! 甘寧は仰向けにひっくり返り、小動物は地面に墜落した!


「ちょ、甘寧! しっかりするですよ! なんですか今の、えっ?」

「痛たたた……痛いッチ」


 状況が飲み込めず混乱する仁菜の目の前で、更なる異変が起きた。


「ポンコツマシンめ、使えんッチ……チョイスは悪くないッチ」


 あまりの極限状況に狂ったか? 今、このオモチャが……。


「しゃ――」

「喋ったぁ!?」

「復帰早ッ」


 甘寧は驚くべき速度で体を起こし、謎のぬいぐるみを両手で抱えると、素早く全身を探り始めた。


「何何何? お人形さんどこから来たの? お名前は?」

「ちょちょちょ、やめるッチ! うわっ、そ、そんなところまでぇ!」

「あ、甘寧、確かに興味深いですけど今はそれどころじゃんほぉ!?」


 直後! 仁菜の顔面にも飛行物体が激突! 仁菜は一回転して畑に落下!


「仁菜ちゃん!?」

「チョイス! やっと会えたリー!」


 嗚呼、何ということか! 一体だけでも驚くべき存在、喋る小動物が! 突如としてもう一体姿を現したのである!


「な、何だってんですよ今日は!」


 突如現れたプリッキー! その上喋るぬいぐるみが二体! 一匹目が青色なら、こちらはピンク色! 仁菜の理解力を既に超えている!


「マリー! 生きてまた会えたッチー!」

「チョイス、あんまり飛ばすからだリー、気を付けるリー!」


 青い方がチョイス。桃色がマリーらしい。ひっしと抱き合う二匹を数秒黙って見つめた後、仁菜と甘寧はハッと現状を思い出した!


「そ、そうだ、逃げるですよ甘寧! 喋る動物どころじゃないですよ!」

「ご、ごめんね、よかったら一緒に逃げる? ここ危ないよ、ほら」


 甘寧が指差した方向を、チョイスとマリーは絶望的な顔で見上げた。


『プリッキィイイィイィイィイイィイイイィイーッ!』


「や、やっぱり遅かったリー……もう少し早く着いてれば」

「チョイスは悪くないッチ、『ファクトリー』が『ショトー・トード』より広すぎるせいだッチ」


 耳慣れない単語を口走ったが、今は追及する余裕がない。


「とにかく、逃げなきゃ」

「私達は行くです、アンタ達も早く――」

「しょうがないッチ、ちゃちゃっとここらで調達するしかないッチ」


 ふたりの言葉を聞いていたのかいないのか、チョイスとマリーはふよんと浮かび上がり、ふたりの眼前へ迫った。


「ふたりとも、ここら辺に十四歳前後の女子がいないかリー?」

「活きの良いのがふたりほど必要なんだッチ」


 意味は全く分からなかったが、心当たりならあり過ぎるほどである。


「一応私達、今年で十四歳だけど」

「今日は社会科見学ですから、ここらで女子見かけたら大体十三か十四ですよ」

「何とッ! それは空腹にケーキだッチ」

「渡りに船みたいな意味ですかソレ」


 二匹の小動物達は、先程までまたがっていた筒を拾い上げる。

 ピンクと白を基調としており、長さ二十センチほど。先端は笹切りめいて斜めに尖っている。その反対、柄の部分に覗き穴が開いており、二匹の小動物達はそこに顔を近づけ始めた。ちょうど望遠鏡を覗くように。


「早速探すリー!」

「オーケーだッチ! さっさと『適合者』を見つけ、て……」


 ……二匹は、凍り付いていた。

 その望遠鏡を、ふたりの。甘寧と仁菜の方向へ向けて。


「あのー、どうかした?」

「私達そろそろ行くですよ、プリッキーがすぐそこまで――」




「「!?」」




 二匹が突如上げた大声に、甘寧と仁菜は思わず一歩飛び退いた。


「……ふたりとも、適性があるッチ」

の……『』の適性を、持ってるリー……!」


 スイートパラディン。

 その名が、少女達の心臓をドクンと鳴らした。


「……す、スイートパラディンって、あの?」

「お、知ってるッチか」

「当然。どんな武器も通用しないプリッキーやスコヴィランを唯一倒した、正体不明の女子ふたり組……それに、私達が!?」


 早口でまくし立てる仁菜に向け、二匹の小動物達はこくりと頷いた。


「万にひとつの才能の持ち主がふたりまとめて! 驚きだッチ」

「さあ、この『ムーンライト・ブリックスメーター』を使って変身するリー」

「ちょ、ちょっと待った、待つですよ!」


 両手をブンブンと振り、仁菜は叫んだ。


「とっくのとうにキャパオーバーなんですよこちとら、プリッキーは出る、ぬいぐるみは喋る、その上スイートパラディンって。いきなり言われても、そんな」


「――


 仁菜の台詞を遮ったのは、左隣の少女。甘寧だった。


?」

「あ、甘寧?」


 甘寧の表情には、小さな火が灯っていた。


「モチだッチ。モチすぎて餅になるッチ」

「ふたりで力を合わせれば、プリッキーごとき楽勝だリー」

「やるッ!」

「そ、即決ゥ!? 待つですよ、一旦落ち着けですよ甘寧!」


 仁菜は慌てて甘寧の前に割り込んだ。


「急すぎるですよどう考えても! 戦いのたのじも知らない私達がいきなり変身したって、あんなデカい相手に勝てるワケ」

「私達がやらなきゃ、みんな困るんだよ」

「んなこと言われたって、心の準備が」

「何とか……」


 甘寧は仁菜を押しのけ、チョイスの前に立ち、そして、


「……なるよッ!」


 チョイスの持つ『ムーンライト・ブリックスメーター』を……受け取った!


「んあぁ~もう! 甘寧はすぐそうやって! 分かったです、付き合うですよ!」


 半ば捨て鉢のようにして、仁菜もマリーからブリックスメーターを奪い取る!


「よーし、話が早くて助かるッチ! 変身の手順、急ぎで説明するッチよ!」


 ふたりの周りをぐるぐる回りながら、小動物達はレクチャーを始めた。


「まずはふたりとも手を繋ぐッチ!」

「て、手?」

「こう?」


 甘寧は己の右手で、仁菜の左手を取った。


「そんなんじゃ足りんッチ、指を絡ませてしっかり繋ぐんだッチ!」

「ゆ、指ぃ? なんかこっ恥ずかしいですよ」

「そんな場合じゃないよ仁菜ちゃん! ほら!」


 妙に思い切りの良い甘寧にリードされ、仁菜は甘寧と恋人めいて手を繋いだ。


「次! ブリックスメーターの尖った方を上にして掲げるんだリー!」


 言われるまま、仁菜は右手の、甘寧は左手のブリックスメーターを空へ掲げる。


「最後! 『メイクアップ・スイートパラディン』って叫ぶッチ!」

「あとはライブ感で何とかするリー!」


 ライブ感の意味は分からないが、最早いちいち突っ込む段階に無い。


「行くよ、仁菜ちゃん!」

「分かってるですよ、甘寧!」


 ふたりは小さな胸いっぱいに息を吸い込み……そして叫んだ!




「「メイクアップ! スイートパラディン!」」




 瞬間、ふたりを中心に光のドームが発生!


「……って、ぎゃっ!? どうしよ、私達裸だ!?」

「あれ!? せ、制服はどこですか!? 眼鏡は!?」


 手を繋いだまま、ふたりは一糸纏わぬ姿になっていた! ただし全身が謎の光を放ち、肌は見えなくなっている!


 ふたりは空中を横回転しながら、聖騎士の衣装を纏い始めた!


 鏡のように輝く手甲が右腕に、左腕に!

 続いて鉄靴が右脚に、左脚に!

 肩当てが右肩に、左肩に!

 煌めく宝石付きの大きなリボンが胸に!

 甘寧の髪型が、ボリューム感のたっぷりあるポニーテールに!

 仁菜の髪も一気に伸び、両側で輪を描くプードルヘアに!


 ふたりは赤子のように身を縮め……勢い良く大きく開く!

 体を覆っていた光のヴェールが弾け飛び、現れるはフリル付きエプロンドレス! 甘寧はピンク、仁菜は黄色! スカートの下にはスパッツ!

 地面へ急降下したふたりは、大きく膝を曲げズンと着地した!


「膨らむ甘さは新たな幸せ! スイートパンケーキ!」


 先程まで甘寧だった聖騎士は、可愛くキメポーズ!


「頬張る甘さは悩みも蒸発! スイートクッキー!」


 同じく先程まで仁菜だった聖騎士は、知的さにどこか幼さを残したキメポーズ!


 ふたりは高らかに声を揃え、合体決めポーズと共にその名を宣言する!




「「メイク・ユア・ハッピー! スイートパラディン!」」




 今、この瞬間! 女王ムーンライトが聖騎士、スイートパラディンが! 再びその姿を現したのである……!

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