ところで貴方は誰ですか 3









***



「『花野はなの』? 花野さんって仰るんですね。花屋さんにぴったりな名前だ」



恵一の一言に「どぅふ」っと奇妙な笑い声を漏らす幽霊おとこを、萌は不愉快な思いで見つめた。

ドアの右横の壁に100均で売っていそうなプラスチックプレートが直貼されていて、中に挿し込まれた紙には確かに、『花野』と書いてある。



「で、花野さん? 鍵どこ」



「あ、ええと……そ、その植木鉢の下です」



花野に案内され、たどり着いたのは、いかにもなボロアパートだった。

最近、母のめぐみが見ていたドラマで、確かこんな物件が出てきた。

人間関係に疲れた天パーのヒロインが移り住んだ場所に似ている。


鍵は花野の言う通り、片手で簡単に持ち上げられる程度の重さの鉢の下にあった。

ドアも問題なく開く。

現れたのは六畳ほどの殺風景な和室だった。

ビニルシートと、その上に乗る植木鉢以外は特筆すべきところもない部屋だ。

角の方に布団が畳んで寄せてあり、その他に家具と言えるものは机くらいだった。

冷蔵庫もない。



こんなときでも「お邪魔します」を言う恵一を余所に、萌は靴を脱ぐとずかずかと上がった。

他人をストーカーするような輩に払う礼儀など、持ち合わせていない。

机の裏に煎餅せんべいの缶のようなものを見つけたので遠慮なく蓋を開けると、

茶封筒と見覚えのある便箋びんせんが出てきた。



「……」



どうせあるだろうとわかってはいたが、いざ見つかると微妙な気持ちになるものだ。

見上げると恵一も微妙な顔でこちらを見つめていた。

花野も一瞬肩を内に丸めて身を縮こませるような仕草を見せたが、すぐに顔を上げた。



「え、えと、一つ聞いてもいいだろうか」



「なんですか」



「君は……。君はその、恵一さんの。恵一さんの何なんだい? 恵一さんとはどういう関係なん……ですか」



「は? おいだけど」



「そ、そうか甥御おいごさんか」



なんだその、あからさまにほっとした顔は!

お前が『恵一さん』とか言うんじゃねえよ!



萌は立ち上がり、側に立つ恵一を引き寄せた。

そのまま少し低い位置にある唇に、自分の唇を押し付ける。



「先に言う。ゆずる気はない。それでも俺たちに協力するのか、しないのか」



「は?ちょ、ちょっと萌?! いきなり何を、ひ、ひ、人前で! 俺には花野さん見えないけど、ひ、人前でここここんな!そもそも、え、これ、今のって……キキキ」



「どうなんだよ、花野」

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萌-2- ぽっか @723-nanafumi

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