足 1










「なんで怒ってるの」


静まり返る車内で、萌は隣の運転席に座る恵一に尋ねた。

ヘッドライトが住宅街の狭い夜道を照らしている。

横を見るのも気まずくて、萌がただじっと前を向いていると、

ちょうど野良猫がブロック塀の陰に消えたところだった。


公園から萌の家へは徒歩で戻り、夜も遅い時間だと言うことでそこからは恵一が車を使ってリョウマと京平を送った。


二人をそれぞれ送り届けた帰りなので、

車内は今、萌と恵一の二人きりだ。


当たり障りの無い話題を無難に選んで沈黙を埋めてくれる京平と、

恵一が連れていた犬の名前がジョン

-正式名はジョン・トラボル太-だったことにひとしきり笑い転げていたリョウマが居なくなると、

急に居心地が悪くなった。


「兄さん。話してくれないとわからない。怒ってる理由、教えてよ」

何も言わずに黙っていられたら、戸惑うばかりだ。


「別に怒ってなんかない」


「嘘だ」


「嘘じゃない。本当に怒ってなんかない。お前、俺を心配してあそこに行ったんだろ? それがわかってるのに怒るわけないじゃないか」


そう言う口調が既に怒っているのだが……。


萌は声を柔らかくして聞いた。


「……じゃあ、なんで」


「なんで俺に黙って行ったんだよ。別に帰ってきてから、俺も一緒にあの場所に様子を見に行くでも良かったじゃ無いか。それに、京平くんとリョウマくんまで危険な目に合わせて」


「なんでターゲットにされてる人を連れて犯人かもしれない奴のところに行くんだよ」


思わず眉を寄せて恵一を見据えると、

今の言葉がいかにも気に障ったと言う顔をしていた。

言い方はキツかったかもしれないが、萌にだって言い分はある。


「リョウマと京平は勝手に付いて来たんだよ。俺からは誘ってない。「危ない」って言って断っても、「危ないなら尚更3人で行った方がいいだろ」って言う奴らだし、前に兄さんが事故にあったときも今日みたいにあちこち行ってたじゃないか。なんで今更」


「あのときは俺も身体は無かったけど側に居れただろ! 今日は違ったじゃないか。お前たち子供達だけで出掛けて何かあったら」


「何か起こる前に俺が気付く。それに、さっきも言ったはずだ。あれは害のない霊だったって」


「現場に行って初めて気づいたんだろうが!そうじゃ無かったら3人ともただじゃ済まなかったかもしれない。それにお前、霊が側に居ると上手く物事が視えないときがあるって、力の調子が悪いときがあるって、言ってたじゃないか」



「確かめに行かないと、『問題』を放って置いても何にもならないじゃないか。無事に済んだんだ。もしもの事で怒っても仕方ないだろ。それにアレが危険で近づくべきじゃないモノだったんなら、力の調子が悪くても俺が前もって視てるはずだ」


恵一はついに、堪忍袋の尾が切れたと言うように、片手で自分の髪をぐしゃりとかき乱した。


「萌!お前な、そう言うのを傲慢ごうまんって言うんだぞ。嫌がってた力にそんなに頼って!そう言うのは良くない」


「違う。傲慢だとかそんな、自分に自惚れてる訳じゃない! 感覚でわかるものを『わかる』って言って何が悪いんだよ。先の事が視えたり、霊が見えたり、それが俺なのに、ありのまま感じて理解できた事を伝えて何が悪いんだよ」


ー全部、兄さんの為じゃないか!


その言葉は言わなかった。だってあまりにも恩着せがましい。

自分はただ、自分が、恵一の役に立ちたいがために動いているのだ。


自分なりに。


自分ができる精一杯で。


それを否定されたら、どうすれば良いと言うのか。


「もう良い。これ以上喋ると酷いこと言いそうだから」


頭に血が上っているのに、胸を締め付けられて息が苦しいのは、

傷ついた思いの行き場が無くて身体中を駆け巡っているからだ。

ただただ、切なかった。


誰にも理解されない。


それを思い知った過去の記憶が萌の中に鮮明に蘇っていた。

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