マーク・チャップマン 7

そんなこと、今日始めて言われた。

久々に会う同期の面々はみな、酷い事故のあとで無事、復活した恵一に、


-元気そうだな

-顔に怪我してなくて良かったな

-今度、合コン行こうぜ

-本当、顔が無事で良かったわ!


等々、好き勝手に声をかけて来たのに……。


(主に顔が)元気で良かったと安心はされても、心配はされなかった。


「ちゃんと寝れてるか? 薄いけど目の下にクマができてるし、若干痩せた気もする」


長谷川の太い眉が心配そうにハの字に下がる。

縦に長い身体を折り曲げる様にして、長谷川は恵一の顔色を伺って来た。


「だ、大丈夫。ありがとう」


散々迷惑をかけた相手に、これ以上心配をかけるのは気が引ける。

実を言うと、体調が万全と言う訳でもなかった恵一は、長谷川に自身の不調を悟られたことに若干、驚いた。


「本当に? 」


「……嘘じゃないって。まあ、ちょっとばかし寝不足なのは本当だけど」


「悩み事とかあったら、言えよ? いつでも聞くからさ。また、飲みにでも行こう」


「ああ」


こいつは本当に、友人思いのいい奴である。

そう思うと同時に、寝不足の本当の理由を語ることは多分、出来ないなとも思った。

ここ最近、未成年の甥っ子に添い寝されドキドキし過ぎて眠れないなんて、そんなことをこぼそうものなら千年続いた友情も一瞬で冷める。

「友人」から「変態」へ格下げされてしまう。

それだけは嫌だった。


品川に美味い日本酒の店を見つけたんだと微笑む長谷川に、恵一は「研修終わりに行こう」と約束を交わして別れ、背を向けた。

その、別れ際のこと。



「あれ、石橋。シャツの襟、首の後ろの方、曲がってるぞ」


「へ?」


振り返る間際、恵一は自分の背に激しい悪寒を感じた。

体温が急激に下がったうなじに、長谷川の太く長い指が触れていた。




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