顔の見えない男

顔の見えない男 1




****



「へくしょいっ!……あ〜、寒っ」


カサカサと鳴る枯れ葉を蹴散らして、恵一は一人、夜の公園を歩いていた。


3日間の研修はあっと言う間に終わり、長谷川との約束通り品川で飲んだ後は、こうして帰路に着いている。


帰路・・と言っても、もちろん神奈川にある萌の家への、である。

謎のストーカー男が自宅付近に出没する限り、恵一は自分の家には帰れない。


品川からは、電車を乗り換えることなく、東海道線一本で萌の家の最寄り駅まで移動できた。

楽でありがたいのだが、思っていたより早く着いてしまった様で、レモンサワー三杯と梅酒のお湯割二杯によるいからはまだ、醒めていない。


恵一は酔ってぽや〜っとした頭でもって、

「未成年のいる家に酔っ払いが帰ると言うのは、やはりあまりよろしく無いだろう」と、結論を出した。

その結果が、夜のお散歩と相成あいなった。


蹴散らした落ち葉はカサカサと鳴る。

足に触れていない落ち葉も、風に吹かれてカサカサと鳴る。

他に音のしない夜の公園で、「カサカサ」だけが幾重にも重なって、近くから、遠くから、響いていた。


月が明るい。

耳の先と頬骨の上が冷たいけれど、その分、空気が澄んでいた。


ふと、空から視線を戻すと、何となく地面のとある一点に目が吸い寄せらた。


枯れ葉が歩道の縁石に沿って、薄く広がって集まっている。


その濃淡のまちまちな枯れ葉のオレンジ色の中に、ぽっかりと二つ、黒い穴が空いていて、そこだけ歩道の地面が見えていた。


それは何だか、人の足跡のようだった。


誰かが立っている場所に落ち葉が積もり、その後足を引き抜いた様な、そんな具合だ。


恵一の髪を揺らし、冷たい風が吹く。

枯れ葉が舞い上がり、乾いた音を立てながら、いくつもいくつも地面を滑る。


カラカラ

カラカラ

カラカラカラカラ


そのうちの数枚が、二つの穴の元へ流れて行った。

流れて行って不自然な場所で止まる。

誰か立っていれば、足首とすねの間ほどの高さだった。


恵一以外、誰もいない公園で、見えない何かに引っかかって、枯れ葉は空に浮いている。

空中に、とどまっていた。





****************

「良いね」と思ってくださった方もそうでない方も、是非コメントをくださいませ。

励みになります 🙇

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る