practice2~練習2~ 2

practice2~2章~



「なっちゃんはなおだから、見てればわかるよ」

「そ、そうなの? じゃあ、まさか……優にも……」

だいじようだと思うよ。お兄ちゃん、自分に向けられる好意にはにぶいから」

 あっさりとした口調ながら、雛のてきするどいものだった。

 言われてみれば、と夏樹ののうにも次から次へと心当たりが思い浮かぶ。



 優は他人を優先するクセがあり、しかも本人にとってはそれが自然な状態らしい。

 家の外でも中でも、「お兄ちゃん」が抜けないのだろう。一見、ガキ大将タイプの春輝のほうがよほど兄っぽいのだが、部活でも実際にかじりをしているのは優のほうだ。

 その場の空気にはびんかんにできているのに、雛が指摘したように自分に向けられる好意にはどんかんなところがあった。

(私も「お姉ちゃん」だから、ほうっておけないって思っちゃうのかな)



 考えをめぐらせていると、横顔に注がれる視線に気がつく。

 ちらりと見れば、息をひそめ、じっと様子をうかがっている雛と目があった。あれこれ言ったはいいが、夏樹の反応が気になったのだろう。

「……雛ちゃん、ずいぶんオトナっぽいこと言うんだね」

「でしょー? もう高校生だもん!」

 まんげに胸をはる雛はやはりかわいらしく、夏樹はたまらずきしめる。

「もう! 雛ちゃん、かわいーい!」

「なっちゃん、くすぐったいよ~」



 はしゃいだ声が部屋にひびく中、ノックもなくドアが開け放たれた。

 そんなことができるのは、たった一人しかいない。

「何やってんだよ、他人の部屋で……」

 部屋の持ち主である優が、あきれた顔でっ立っていた。

「お兄ちゃん! おかえりー」

 雛にならい、夏樹もひらひらと手をふる。

「おかえりー。って、おっそーい! どこ行ってたの?」

「どこでもいいだろー」



 フローリングに座りこむ二人を器用にけ、優は奥の机へと進んでいく。

 その手には、一駅はなれたところにある大型書店のふくろがにぎられていた。雑誌にしては小さく厚みもあるから、また新しい参考書を買ってきたのかもしれない。

(おばさん、優も夏期講習受けるみたいだって言ってたもんね)

 まだ高一の夏樹の弟が合宿に参加するとごうした翌日、自宅のリビングで母親同士が盛りあがっているのを耳にした。なぜか夏樹の前ではそんな素ぶりをめったに見せないのだが、優もそれなりに受験勉強に打ちこんでいるらしい。



「せっかくの休日なのに、ウチに入りびたってていいのか?」

 さいかみぶくろを机の上に置きながら、優がからかうようにたずねてくる。

 いまさらな質問に、夏樹は「んん?」と首をかしげた。

「だって優は特別。それに、いつものことじゃん」

「……あっそ」

 自分で聞いておいて照れたのか、優が口をもごもごとさせる。

 心なしか横顔も赤く見えるが、外から帰ってきたばかりだからかもしれない。下手に指摘するのもためらわれて、夏樹はあいまいに笑い返した。



「で、今日は何しに来たんだ?」

 くるりとふりかえった優が、おう立ちで聞いてくる。

「勉強教えてもらおうと思って」

 へらっと笑う夏樹に、優と雛が意外そうに声をそろえた。

「ゲームじゃないんだ」

「ゲームじゃなかったっけ?」

兄妹きようだい、仲良いな! ちがうよ!」



 それじゃあ、私がいつもゲームしかしてないみたいじゃん!

 こうの言葉がのどもとまで出かかったが、「うん」としか返ってこないのではと不安がよぎった。

 よくよく思い返してみると、優の部屋に入り浸っている時間の半分は、筆記用具ではなくコントローラーをにぎっていたような気もする。

(こうなったら、ブツを見せるしか……!)

 夏樹はすっかり存在を忘れ放置していた数学のプリントをかかげ、しようとして突きつける。



「ほら、これ! 一問しか解けてないでしょ?」

まんげに言うなって。ったく、俺はけ込み寺かよ……」

 しようしながら、優が折りたたみのテーブルに手をのばす。口ではなんだかんだと言うものの、どうやら今日も教えてくれるようだ。

 夏樹が筆記用具をかかえると、雛もスペースを空けるために立ち上がった。



「おじや虫は退散するね」

 悪戯いたずらっぽいみを浮かべる雛に、夏樹は内心ひやりとする。

(わっ! そんな言い方したら、さすがの優も変に思うよね……?)

 おずおずと優を見やると、予想を裏切り満面の笑みが飛びこんできた。

「おまえもいつしよにやるか?」

「……お兄ちゃん、そんな調子じゃ一生苦労するよ」

「はっ? なんの予言だよ?」

 お邪魔虫の意味が違うとは言えず、夏樹はかわいた笑いをこぼすしかなかった。






 一時間ほどで、ラスト一問を残すのみとなった。

 てっきり夕方までつぶれてしまうかと思っていたが、相変わらず優の教え方はうまい。数学を大の苦手としている夏樹でも、ほうにかかったかのように解答までたどりつけてしまう。



だんの勉強量からして違うんだろうなぁ。優、大学進学組だもんね)

 専門学校への進学を希望している夏樹もそれなりに勉強しているが、あくまでもないしんしよ対策という面が大きい。弟がいる身としては、すいせん入試で特待生をねらっていきたいからだ。

 優も同じような理由で、公立を目指していると言っていた。

 私立か公立か、雛のせんたくうばいたくないからと。



(ちょっと前までは、そんな話したことも考えたこともなかったのにな)

 それでもいやおうなく、進路の話題はついて回る。

 優に告白したこうはいも、春には会えなくなるという事実が背中を押したのかもしれない。毎日のように顔が見られるのは、高校生でいる間だけなのだから。



「……そういえば、月曜の話って聞いてるか?」

 夏樹の集中力がれたことに気づいたのか、優がおもむろに口を開く。

 ちゆう式さえ書いていないプリントにかたをすくめ、夏樹はシャープペンを手放した。

「月曜って、映画研究部に顔出してほしいってやつだよね? 美桜から、メール回ってきたよ。なんか、新作で使う絵をいてくれる人を探してるって」



 改めて声に出したところで、夏樹は気分が急降下していくのを感じた。

 春輝の映画は夏樹も好きだし、これまでも小道具の手伝いなど買って出てきた。

 だが今回は、これまでとは求められることがけたちがいだ。



「……ミーティング、私も参加したほうがいいのかな」

「なんで? 都合が悪い?」

「そういうんじゃなくて……。春輝たちがほしいのは、映画のかぎになる絵なんでしょ? それなら、あかりか美桜が適任だと思う」

 作品のために、と力をこめる夏樹だったが、優はなつとくがいかないのか首を傾げる。

「たしかに早坂と合田の作品はすごいと思うけど、別に俺たちは専門家じゃないし、技術がどうのとか美術的価値とかわからないからさ。ただ単純に、ヒロインのイメージにぴったりの一枚がほしいんだよ」

 落ち着いた口調なのに、優の言葉はぐいぐいとせまってきた。

 夏樹は何も言えなくなり、「そっか……」とつぶやくのでせいいつぱいだ。



「それに俺、夏樹の絵が好きだし」

「……え?」

「人物を描かせたら表情が豊かだし、風景を描かせたらキラキラしてるし? なんかそういうの、いいなーって思うんだよな。元気がもらえるっていうか」

「……お、お世辞を言っても、何も出てこないからね」

「照れるな、照れるな。いまさらおまえに、お世辞なんか言わないってのー」



 ゆうたっぷりに笑う優を前にして、夏樹はぐっとくちびるみしめてうつむく。

 そうでもしないと、なんだか泣きそうだったからだ。

(優はどんかんだし、八方美人なくせに私にはえんりよなく言ってくるけど……)

 いつだって夏樹に自信を持たせてくれるのは、優の言葉だった。

 夏樹自身すら気づいていないような、いいところを見ていてくれる。そして、きちんと言葉にしてほめてくれるのだ。



「マンガも描いてるんだろ? 雛だけじゃなくて、俺にも読ませてよ」

 ありがとうと言おうとした矢先、優からばくだんが飛んできた。

 夏樹はなおにうなずけず、顔をあげるタイミングを失ってしまった。

(絵を認めてもらえるのはうれしいけど、さすがにマンガは……)



 プロになりたいなら、どんどん周りに見せたほうがいい。

 ネットで知り合った友人たちに教わった夏樹は、勇気をふりしぼって雛や美桜、あかりたちに見せてきた。時に厳しい感想をもらいながら、へこたれずに作品に反映してきたつもりだ。

 とはいえ、優に見せるとなると話は違ってくる。

 描いているのが少女マンガということもあるが、ヒーローが明らかに〝だれか〟を思わせるからだ。たとえ本人が気づかなくても、夏樹のほうがえられそうにない。



「……考えておく」

 なんとか返事をしぼりだすと、優は「なるべく早めにお願いします」と笑って流した。

 さすが、空気を読める男はちがう。

(こういうところは察しがいいのになぁ……)

 お兄ちゃんの顔をして笑う優をながめるうち、ほんの少しためしてみたい気持ちに駆られた。

 さとられないように小さく深呼吸してから、なんでもないように問いかける。



「ねえ。もし、私に彼氏ができたら……どうする?」

「またとうとつだな。それ、マンガと関係あるのか?」

「さあ?」

 わざとらしくニコーッと笑いかけると、優はやれやれと言わんばかりに息をつく。

「どうするって……そりゃー練習相手としては、おうえんせざるをえないだろ」

「……っ」



 ごうとくだ。他人を試すようなことをしたからだ。

 そう思うのに、夏樹はショックでうまく呼吸ができなくなる。

 何も反応を返さない夏樹をどう思ったのか、優は無言で参考書を読みはじめた。



『なっちゃんになら、お兄ちゃんゆずってあげる』

 雛の言葉がよみがえり、夏樹は心の中で返事をする。

 私には無理みたい、と。

 それでもあきらめることはできなくて、もうこちらを見ていない優に話しかける。



「ありがとう。優が応援してくれるなら、心強い」

 タイミングをいつした返事におどろいたのか、ページをめくる優の手が止まった。

「……がんばれよ」

 参考書に目を落としながらも、優の表情はやさしい。

「うん!」

 夏樹は痛みをうつたえる心臓の声に聞こえないふりをしながら、今度こそ元気よく答えた。




※カクヨム連載版はここまでです。お読みいただきありがとうございました。

続きは本編でお楽しみください。

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告白予行練習/原案・HoneyWorks、著・藤谷燈子 角川ビーンズ文庫 @beans

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