practice 2

practice2~練習2~ 1


 告白予行練習から二日後、夏樹は自室のカレンダーとにらみあっていた。

(どうしよう、やっぱり何度見ても土曜日だ……)

 自分でもじゆんしているのはわかっている。曜日感覚があったから明け方までマンガをいていたし、昼過ぎに起きてもあわてたりしなかった。

 だが、こうして改めてつきつけられると、意識せざるをえない。

 練習とはいえ、告白してからはじめての週末なのだと。



 しやこうカーテンをめくれば、向かいの二階にある優の部屋が見える。

 家がとなりどうで、母親たちも仲がいいため、幼いころからたがいの家をひんぱんに行き来していた。

 それは高校生になったいまでも変わらず、週末のどちらかをいつしよに過ごすことが半ば習慣になっている。夏樹が勉強を教わりに行く、という名目付きで。

(会いたいから会いにきちゃった、とか言えるキャラじゃないしなぁ)

 ため息をひとつこぼし、夏樹は机のはしに追いやった数学の課題をつまみあげる。

「仕方ない、行きますか」






 気合いを入れて向かったものの、あいにく優は外出中だった。

 ほっとしたような、残念なような複雑な気持ちに、夏樹は思わず苦笑いになる。

「そっか……。なら、今日のところは帰ろうかな」

「ええー? すぐ帰ってくると思うから、ゲームして待ってようよ」

 そう言って口をとがらせるのは、優の妹のひなだ。

 夏樹の弟と同じ高校一年生だが、「妹」という存在はとにかくかわいい。ねこのようにじゃれつかれてしまうと、へこんでいた気持ちがきゆうじようさせられる。



「いいよ。レベル上げ? 対戦?」

「りょーほー!」

 じやに笑う雛に、少しだけきんちようを覚える。

 たれ目がちなひとみがうれしそうに笑うたび、優の顔がちらつくからだ。

兄妹きようだいなんだから、似ててもおかしくないんだけど……)

 見た目のとくちようだけでなく、二人にはある共通点があった。



「なっちゃん、お兄ちゃんと何かあったでしょ」

 勝手知ったるなんとやらで優の部屋に入っていく雛が、ふいに夏樹をふりかえった。

 先導されるままだった夏樹は、不意打ちを正面かららってしまう。

(気のせいじゃなかったら、いまに「?」ついてなかったよね!?)

practice2~2章~



 確信に満ちた雛の瞳がまっすぐに注がれ、夏樹は心地ごこちの悪さにうつむく。

「その反応、図星って感じ?」

「や、えっと、その……」

 しどろもどろになる夏樹に、雛は大人びた表情を見せる。

「ふーん? 言いたくないなら、別にいいんだけど」

 あっさりとついきゆうみ、再び小さな背中をこちらに向けた。



 宣言通り、雛は何も言ってこない。

 無言でゲーム機をセットする姿に、夏樹はそわそわと落ち着かない気持ちになってくる。

(雛ちゃんは、心配して言ってくれてたんだよね……)

 優から、何か聞いている可能性もある。

 いや、幼なじみの性格からすると、告白予行練習のことはもらさないだろう。それでも、雛から「お兄ちゃんと何かあったでしょ」と言われるくらいには、優の態度もおかしかったのかもしれない。



「……あの、さ……雛ちゃん……」

「なっちゃんになら、いいよ」

「うん?」

 言葉が足りていないようで、とっさに意味をつかみそこねた。

 夏樹の問いかけに、リモコンを手にした雛がふりかえる。



「なっちゃんになら、お兄ちゃんゆずってあげる」

 雛の瞳には、いつになくしんけんな光がたたえられていた。

 じようだんを言っているようには、とても見えない。

 つられて夏樹も背筋をばし、しんちように聞き返した。

「譲るって、どういう意味かな……?」

「すーぐふてくされたり、ゆうじゆうだんなところもあるけど、やさしいし、見た目もいい線いってると思うんだよね。我が兄ながら、意外とお買い得物件!」

「えっ……」



 さすがに雛の言おうとしていることがわかり、夏樹は今度こそ顔色を失う。

(わざわざそんなこと言うってことは、私の気持ちも知られてるってことだよね!?)

 思い返すまでもなく、雛に優へのおもいを打ち明けたことはない。

 それこそ本当の姉妹のように仲良くしていたが、さすがに「雛ちゃんのお兄ちゃんのことが好きなんだよね」とは言うのはためらわれたからだ。



 ぼう然とする夏樹に、雛はさらにばくだん発言を投げこんでくる。

「それとも、こゆきせんぱいのほうがタイプだったりする?」

「タ、タイプって……」

 話の流れからして、「好みの」タイプという意味だろう。

 思わぬ展開に、夏樹は金魚のように口を開閉させることしかできない。



「すっかりカッコよくなったーって、一年生の間でもウワサになってるよ。あの様子だと、そろそろだれとつげきしに行くんじゃないかな?」

「と、突撃!?」

「やだな、告白ってことだよ」

 そう言って、雛は苦笑しながらかたをすくめる。

 またしても大人びた反応が返ってきて、夏樹はいっそ感心してしまう。



「……こゆき先輩は前からカッコよかったし、すっごくやさしいのに」



 ふいに、ぽつりと雛の声がこぼれた。

 それは空耳かと思うほど、かすかなものだった。

 聞き返そうか迷っていると、雛のほうから「なっちゃんはさ」と呼びかけられる。



「なんで優のことが好きなのバレたんだろう、って思ってるでしょ」

「ええっ!? 雛ちゃん、心が読めるの?」

 たまらずさけぶ夏樹に、雛は「ぶはっ」とふきだした。そのひように手からリモコンを落とし、自分自身もフローリングにくずれ落ちていく。

「な、なっちゃん、サイコー」

「雛ちゃーん、笑ってないで答えてよぉ」

 夏樹が半泣きでうつたえたのを、かわいそうに思ったのか、よろよろと雛が起きあがる。

 じりかんだなみだをぬぐいながら、しようげき的なタネ明かしをはじめた。


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