practice1~練習1~ 5



あつとうされ固まった体を動かしながら、優はアイデアがげないうちにとメモを手にとる。

「絵はヒロインがくんだよな? となると、演劇部から美術部に変えるってことか」

「ああ。キャンバスの中では、なおでいられる奴なんだよ」

 現実に見知っている相手のように語ってみせる春輝に、ボールペンを走らせていた手が止まる。どうやら彼の頭の中では、すでにヒロインがしゃべりはじめているらしい。

 春輝の案にしよくはつされたように、蒼太も興奮気味に話しだす。

「だったら最初のシーンで、もうキャンバスを見せておかないとだね。そのときは真っ白だったものが、主人公と過ごす時間が増えるごとにあざやかになっていくっていう」

「そうそう! 下手に言葉を重ねるより、ビジュアルで見せたほうがインパクトあるしな。観客に伝わるものも、ぐっと増えると思う」



(もちたも、こういう話になるとたんにイキイキするよなぁ)

 二人の会話を必死にまとめながら、優は感心する。

 以前は、才能を「見せつけられている」ような気がしてあせったこともあった。

 だが、自分には彼らのような情熱も才能もないことを思い知ったあとでは、そんなほのぐらおもいはうすまっていった。きれいさっぱり消えたわけではないが、つきあうコツをとくしたのだ。



 秘密基地で遊んでいたときのように、なんでもかんでもきそわなくていい。

 うらやましい、と素直に認めればいいだけだ。

 ちがっても、ねたましいなんて思うようになったらおしまいなのだから。



「──構想はそれでいいとして、どうやって絵を用意するかだよな」

 気がつくと、春輝と蒼太はとうのアイデア出しを終えていた。

(聞きのがした分は、あとで紙に落としこんだときに加えてもらおう)

 このあとの作業のことを考えながら、もう半分で絵の調達方法について考える。

 後輩の中には、小道具などの美術を専門にける器用な人間もいる。だが二人が彼の名前を挙げないということは、イメージにあわないと思っているのだろう。

(もっとこう、こいしてます! 女子です! ってのがほしいんだろうな……)



 そこまで考えて、ふと夏樹の顔がのうかんだ。

 昨日、練習ではあったが、告白してきた彼女は間違いなく「恋する女子」だった。

 いっそ、知らない人に見えるくらいに。



「……夏樹に、美術部に声かけるのはアリなんじゃん?」

 優のつぶやきに、二人がはじかれたように顔をあげる。

 そして同時に「それだ!」とさけんだ。

「さすが優、人脈のある奴は発想が違うな」

「おまえにもあるだろ? 相手は夏樹なんだから」

「ああ、そういう意味じゃなくて……。つか、俺が日本語ちがえたのか? 要はさ、人当たりが良くて顔の広い奴は、適材適所って発想が初期設定されてるってこと」



 なんとなく言いたいことはわかるが、素直に受け止めるには少しずかしかった。

 反応に困っていると、くすくすと笑いながら蒼太が言いえる。

「きちんと周りをたよれる、ってことじゃない?」

「いやいや! それってつまり、すぐ人を当てにするってことだろ?」

「周りを頼るってことはさ、俺のことも頼っていいですよって意思表示でもあると思うんだよね。自分だけで全部やっつけようとする人には、声かけにくいだろ?」

 今度こそストレートに言葉が投げこまれ、優はたまらずうつむいた。

 春輝も蒼太といつしよになって、「そこが優の持ち味だよな」と満足げにうなずいている。


(か、かんべんしてくれ……)



 話題を変えよう。でないと、ふんする。

 とくにプランもないまま優がしようどう的に口を開いた矢先、部室のドアがノックされた。

(た、助かった!)

 ドアを開けようとこしを浮かせたが、もしかしてと思いとどまる。

 蒼太もうでけいを見やり、来客に思い当たったのか「ああ」とつぶやいた。

「おむかえが来たみたいだね」

 思わせぶりながおを向けられ、春輝がむすっとした顔になる。

(っとに、もちたもこりないなぁ)

 優がかたをすくめたのが合図だったかのように、春輝が蒼太にデコピンをおいした。

「痛っ!」

「帰りに話つけとくわ」

 蒼太のことはれいにスルーして、かばんを肩にかけた春輝がドアへと向かう。



 ガガッ、ガゴッン。

 立てつけの悪いドアが、相変わらずのそうおんと共に開く。

 何気なく視線を送ると、忠犬ハチ公よろしく合田美桜が立っていた。

「……気をつけてな」

 どことなくうれしそうな春輝の背中に声をかけると、ひらひらと手がふられた。

 再び騒音を立てながらドアが閉まり、だつりよくしたように蒼太が机につっぷす。



「あのドア、合田には絶対開けさせないよな」

 感心したような蒼太のつぶやきに、同じく気づいていた優がうなずく。

「女子でも開けられないことはないだろうけど、やっぱ重たいからな」

「春輝って、そういうとこオトコマエだよなぁ」

「……あいつらって、つきあってんのかな?」

「しんなーい」

 まだ机と仲良くしたまま、蒼太が投げやりに答える。

(めずらしいな。もちた、れんあいの話になると食いつきいいのに)



 それとなく理由を聞いてみようかと思った矢先、蒼太のほうから声をかけられた。

「優~……。長続きする、たったひとつの愛って知ってる?」

「あ、愛?」

 思いもよらぬ方向から飛んできた質問に、優は目を白黒させる。

 はなから答えは求めていなかったのか、蒼太は自分から正解を告げた。

「それは『かたおもい』なんだってさ」



 片想い。

 口の中でり返すと、ぎゅっと心臓がつかまれたように痛んだ。

 その痛みで、夏樹への想いを自覚させられる。



(……たしかに片想いなら、長続きはするよな)

 告白しても、必ず結ばれるとは限らない。

 晴れて両想いになったとしても、いつまで続くかは未知数だ。

(何かの本で読んだけど、こいびとが三ヶ月、ふうなら三年が賞味期限なんだっけ)

 恋愛にかかわる脳内物質が、ちょうどそのころに効果が切れるからだという。個人差はあるらしいが、みように説得力があるなと思ったのも事実だった。



 片想いならば、あとは自分の心がけだいだ。

 好きなだけ相手を想っていられるし、自分のタイミングで終わることもできる。

(ちょっとさびしい気もするけど、それもひとつの答えなのかな……)

 きっと蒼太も、同じような思いなのだろう。

 いつからとは聞いたことがなかったが、彼も片想いの真っただなかだ。



 蒼太の想い人、早坂あかりは、夏樹と美桜の親友でもある。

 だから何かと話す機会があるのだが、なぜか蒼太は彼女の前で貝になってしまう。

 本人いわく、「あかりん、かわいすぎ……。きんちようする、無理……」ということらしい。

 あからさますぎて春輝と優はしようしてしまうのだが、当の早坂は天然ということもあってか、まるで気づいていないようだった。



(早坂って、ちょっと不思議ちゃん入ってる気もするしなぁ)

 数々の受賞歴をほこる美術部の部長というかたきも手伝ってか、周囲からは「よくわからないけど、なんだかスゴイらしい」というあつかいだ。才能が有り余っているのか、時折、信じられないようなだいたんな行動に出るあたりは春輝とよく似ている。

 男子の間では「だまっていれば美少女」というポジションで落ち着いているが、ひそかにねらっているやからも少なくないと聞く。それこそ学年問わず、だ。

 もっとも本人は、夏樹に聞く限り「こいより友情! 美術!」というスタンスらしいが。



「……早坂と、なんかあったのか?」

 話くらい聞くぞという思いで放った言葉だったが、蒼太をさらにげきちんさせてしまった。

 机と額がぶつかるにぶい音がひびき、うつろな声が聞こえてくる。

「そうだねぇ、何かあればいいよねぇ……」

「あー、うん。わかった、わかったから、もうしゃべんな」

 蒼太の肩をぽんとたたき、帰りたくをはじめようと席を立つ。

 開けっ放しの窓に向かうと、外からにぎやかな声が聞こえてきた。



「うーわー。綾瀬のやつだいじようか……」

「何、ゆっきーがどうかしたの?」

 よろよろと立ち上がり、蒼太もまどぎわにやってくる。

 優は場所を空けながら、「あれ」と指をさす。

 どこかしようてんのあわなかった蒼太のひとみが、真下の光景にぎょっとなる。



「あちゃー、めちゃくちゃ女子に囲まれてる……。あれじゃ、部活どころじゃないよね」

「ん? あいつ、帰宅部じゃないのか?」

「最近になって入ったんだよ。園芸部だってさ」

「ふーん……。やっぱ全国模試でも上位に入るくらいだと、ゆうなんだな」



 言ってから、失敗したと気がついた。

 声にとげがあるし、言葉選びもいやみっぽく聞こえたはずだ。

 心配になって蒼太の横顔をぬすみ見ると、運悪くバッチリ視線があってしまった。

「めずらしいね、優がそんな風に言うの。なつきと仲がいいの、気になる?」

「そんなんじゃないって!」

 反射的に答えてしまい、優はますます頭をかかえたいしようどうおそわれた。

 友人のこつすぎるリアクションに、蒼太は苦笑するばかりだ。



 綾瀬恋雪とはあまり話したことがないが、夏樹とマンガのしゆがあうことは知っている。

 優も、妹のひなや夏樹のえいきようはばひろく読むほうではあるが、出版社や雑誌ごとのとくちようなんていうコアな話で盛り上がられるとお手上げだ。カヤの外に追いやられることも多く、恋雪と夏樹が話しているときは極力きよを置くようにしている。

(本人は別にイヤな奴じゃないんだけど、なんかひっかかるんだよな……)



 まじまじと観察するような視線を送る優の横で、蒼太はまぶしそうに目を細めている。

「理由はなんにしろ、ああやって自分を変えられるのってスゴイよね」

 言いながら、蒼太は窓のさんほおづえをつく。

 視線は変わらず恋雪に向けられているが、実際は別のことを考えているのだろう。



「俺は、もちたはもちたのままでいいと思うけどな」

 言いげするように、優はかばんをとりに机にもどる。

 蒼太はあっけにとられていたが、すぐに「優、いまのもっかい!」とさけびだす。

げんちようでも聞いたのか? 窓とカーテン、よろしくー」

「もう、優の照れ屋さん!」

「……部室のかぎは、部長であるこの俺の手ににぎられてるってこと忘れたのか?」

「わーっ、いますぐに! だから閉じこめないでぇえええ」



 我ながらアホみたいなことをしているな、と優は内心苦笑する。

 だがこのノリが心地ここちいいことも事実だった。



 才能とか恋とか、自分じゃままならないものとたいし続けるのは想像以上につらい。

(それでも簡単にあきらめられないんだから、どうしようもないよな……)

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