practice1~練習1~ 2



 放課後を告げるチャイムを聞きながら、夏樹は盛大にあくびをもらす。

(やばいなぁ……。数学の時間、ばくすいしちゃってたよ)

 昨夜は早々にベッドに入ったが、夜中に何度も目が覚めてしまった。

 おまけに、朝も昼も食事がのどを通らない。

(まるでこいする乙女おとめみたいじゃない? いや、実際そうなんだけど……)

 予行練習とはいえ、昨日はついに、告白したのだから。

 しかも相手は、長く片想いをしてきた幼なじみ。自分で思っていた以上に、ずっときんちようしていたのだろう。



ゆいいつの救いは、いつも通りに話せてることだよね)

 優とは家も近いし、教室での席も近い。というか、目の前だ。

 授業中にプリントのやりとりをするときは、必ず顔をあわせることになる。爆睡中に先生に当てられそうになったら、それとなく起こしてあげることもできるきよだ。

(……そういえば、今日は優もよくてた気がする)

 めずらしくぐせも残っていて、窓から入ってくる風に、ぴょこぴょことれる姿に目をうばわれた。本人に言えばみように気にしだすだろうから、決して言わないけれど。



「優ー、部室に直行する?」

 昼休みも、放課後も、優の席にはいつも人が集まってくる。

 いまも、もちたこともちづきそうが、いぬのようにけ寄ってきた。

 優と春輝、蒼太、そして夏樹の四人は幼なじみという名のくされえんだった。

 とくに男子たちは高校に入ってからも三人で映画研究部を立ち上げ、昔と変わらないきよかんでわちゃわちゃと過ごしている。



「俺は職員室寄ってくから、春輝と先に行ってて」

「夏期きゆう中の届け出がどうのってやつだろ? なら、俺たちも話聞きに行くわ」

 優の言葉に春輝は歯を見せ、真夏の太陽のように笑う。

「だね。そういうわけだから、しゅっぱーつ!」

 蒼太もくつたくなくうなずいて、優のうでをとる。

 二人にひきずられるようにして、優は教室を出ていった。

 そんな後ろ姿を見送りながら、夏樹は思わず「いいなぁ」とつぶやく。



「男子の友情もいいけど、女子だって負けてないぞー?」

 トントンとかたをつつかれたかと思うと、ふわふわと耳に心地ここちいい声が降ってきた。

「なっちゃん、私たちも部室に行こう?」

 続いて、ひかえめながら、おだやかでやさしい声にうながされる。

「あかり、おう……」



 ふりかえると、にこにことがおを見せる親友たちが立っていた。

 くろかみ美少女のはやさかあかりと、ねこっ毛がかわいいあい美桜。二人とは高校からのつきあいだが、同じ美術部に入ってから、あっという間に意気投合した。

 二人とは単に話があうだけでなく、お互いに支えあえる仲だと夏樹は思っている。

(わざわざ呼びに来てくれたのも、私が朝からぼんやりしてたからだよね……)



 ありがとうと告げる代わりに、夏樹は思いきり口角をあげる。

「うん! えりちゃん先生、もう美術室にいるかな? おくれたら大変だ~」

「先生、『今年こそ金賞をりましょう!』ってはりきってるもんね」

「すごーい、美桜ちゃん似てるー」

 バタバタと足音を立てながら、三人そろってろうに出る。

 どことなくあわただしいのは、夏休み明けに大きなコンクールが控えているからだ。



 桜丘高校の美術部といえば、設立以来、賞を獲らなかった年がないといわれている。

 けれど、部活はスパルタとはほど遠い。

 もんまつかわ先生にしても、受賞のためのテクニックではなく、思いえがいた作品により近づけるためのアドバイスをするというスタンスをくずさない。じゆんすいに、創作活動を楽しめるかんきようをつくってくれていると夏樹は感じてきた。



 中でも、部長のあかりと副部長の美桜は、才能をおしみなく発揮している。

 前任の部長、副部長が次代を選ぶことになっているが、ひようしよう経験が多い二人は、まんじよういつむかえられた。



 一方で、もともと絵画やとうげいちようこくなどには興味がない部員もたくさんいる。マンガ研究会がないため、イラストやマンガをきたい生徒が広く集まってくるからだ。

 そちらのタイプは自宅で作業することが多く、ゆうれい部員がほとんどだった。



 夏樹は、出席率は高いが、立場的にはどっちつかずかもしれない。

 マンガを描くことも、大きなキャンバスに向かうのも好きだった。

 それぞれちがっていて、どっちが好きなのかと聞かれても答えようがない。たとえるなら、あんこと生クリームをてんびんにかけるようなものだ。

(どっちも好きだから、どっちもやりたい。それでいいと思ってたけど……)

 正直にいえば、最近は部活内での自分の立ち位置になやんでいた。

 自分はあかりや美桜とは違う。結局はちゆうはんになっていないだろうか、と。






 美術室には、一年生と二年生が数名いるだけだった。

 黒板のすみに「今日は出張です。また明日あした」という走り書きを見つけ、美桜が肩を落とす。

「残念、先生いないんだ……。色みの相談がしたかったんだけどな」

「美桜ちゃん、いよいよきようだもんね」

 イーゼルにせられたキャンバスをのぞきこみ、あかりがかんたんの声をあげる。

「今回は五十号にしちゃったから、まだまだ描きこみ不足だよ。あかりちゃんは……」

 絵の具を用意する手を止め、美桜があかりの手元を見やる。そこには昨日と同じく、スケッチブックとえんぴつ、消しゴムが並んでいるだけだった。

 あかりは肩をすくめ、「えへへ」と苦笑いする。

「それがね、まだアイデアが降りてこないんだぁ」

「あかりちゃんはスイッチが入ったら早いから、だいじようだよ」



(……私も、二人みたいに才能があったらな)

 夏樹は机にほおづえをつきながら、ぼんやりと親友たちの会話に耳をかたむけていた。

 自分自身もコンクールに出品するのに、キャンバスはおろかスケッチブックもまっさらだ。

 コツコツ型の美桜はもとより、アイデア待ちだと言っているあかりも、スケッチブックにはおびただしい数のラフが描かれていることを知っている。

 本当の意味で、何も形にできていないのは夏樹だけなのだ。



「そういえば……。なっちゃん、昨日、瀬戸口君に言えた?」

 ふいにあかりに呼びかけられ、夏樹は小さく肩を揺らした。

「あ。実は私も気になってた。でも、教室で聞けるような話じゃないなって思って」

 いそがしく動いていた筆が止まり、美桜もえんりよがちに会話に参加してくる。

「好きな人と同じクラスでうれしいけど、そこが不便だー」

 こうもきっぱりと「好きな人」と言葉にされると、急にはずかしくなってくる。

 夏樹は顔に熱が集まるのを感じたが、昨日のやりとりが思いだされて一気に頭が冷えた。



「はああ~……。それが聞いてくださいよー」

「なんだね、言ってみたまえ」

 夏樹のしばに、あかりもわざわざこわいろを変えて乗ってくれる。たまらず美桜も笑いだし、すっかり場の空気がなごやかになった。

 深刻ぶらずに済んだことにホッとし、夏樹は明るい調子でじようだんまじりの報告をする。



 告白はできたけれど、あくまでも予行練習だと言ってしまったこと。

 その言葉を信じた優は、これからも練習につきあってくれること。



 話を聞き終えた美桜とあかりは、仲良くそろって口をあんぐりと開けていた。

「……告白予行練習って、また思い切ったことしたんだね」

 短めのまえがみからのぞく美桜の円いひとみが、ぱちりぱちりとまたたく。

 夏樹はあいまいに笑い返しながら言う。

「そのまま帰りに、駅前のラーメン食べに行ったんだー。おいしかったなあ」



 駅前のラーメンという単語に、あかりがぴくりと反応した。

 机に身を乗り出し、「もしかして新しくできたところ?」と目を光らせる。

「あそこ当たりなんだ、よかったね!」

「私のおごりだったけどね。って、ダメじゃーん!」

 自主ツッコミし、頭をかかえる夏樹に、あかりはしんけんな表情で深くうなずく。

「たしかに、毎回おごるとなると大変だよね」

「あかりちゃん、問題はそこじゃないと思うの……」

 しっかり者らしい冷静な美桜のてきに、夏樹も落ちつきを取りもどした。

 コホンとせきばらいし、改めて何をしたかったのか説明しようとする。



「告白予行練習したのは、女子ってにんしきされたかったからで……。とかいって、カウンターでラーメンすすってたら、いままでといつしよじゃん! また『性別・夏樹』って言われるー!」

 すぐにいたたまれなくなり、最後はほとんどたけびになっていた。

 イスから立ち上がり「ぬあああ」ともんぜつする夏樹に、あかりがまぶしいがおを見せる。

「大丈夫だよ。なっちゃん、だまってれば可愛かわいいんだから」

「フォローになってるようで、なってなーい!」

「とりあえず落ち着こう? ほら、足閉じて」



 ガニまたになっていた夏樹のあしを、美桜の白くて細い指がそっと閉じさせた。ぱっと見ただけでも、つめの先まで手入れが行き届いているのがわかる。

(女の子の手だなぁ……)

 見た目だけでなく、中身も女子なのが美桜だ。スカート姿だということを忘れて動き回る夏樹に、下にジャージをはくようすすめたのも彼女だった。

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