practice 1

practice1~練習1~ 1


きっかけは、一通の手紙だった。

 幼なじみであるぐちゆうばこに入っていたそれは、いわゆるラブレターで。昼休みに体育館裏に呼び出され、ショートカットの可愛いこうはいに告白されて教室に帰ってきた。

『受験もあるし、フツーに断ったよ』

 たんたんとした口調で告げられた事実に、なつはほっと胸をなでおろした。

 だがすぐに、心臓が暴れだした。なんでもないような素ぶりを見せる幼なじみのほおは、これまでに見たこともないほど赤く染まっていたのだ。



(てっきり、優はこいとかそういうのに興味ないんだと思ってた……)

 のみこんだ言葉は、放課後になっても夏樹の胸のあたりにただよっている。

 ゲームやマンガ、部活に夢中だから。いままで恋バナなんてしたことがなかったから。そんな理由で、勝手に決めつけていただけなのだと思い知らされた。



 今回は断ったけれど、次はわからない。

 そう思ったたん、夏樹はもうげられないと観念した。

(……今日こそ、告白するんだ!)



 深呼吸をひとつして、夏樹は優の背中を見上げる。

 下校時刻三十分前というちゆうはんな時間帯、下駄箱には自分たち二人しかいない。

 優と同じ映画研究部の部員で、共通の幼なじみでもあるせりざわはるに協力してもらい、一人で帰るように仕向けてもらった。もっと正確にいえば、「いい加減じれったいんだよ!」と、半ばごういんに二人きりになるようセッティングされたのだけど。



(……やばい、口から心臓が出そう……)

 ぎゅっとワイシャツをにぎると、おどろくほどどうが速い。

 スカートからのぞくジャージの下では、足もガクガクとふるえている。

(どうしよう、やっぱ明日あしたにしようかな)

 ちらりと、弱気な自分が顔をのぞかせる。

 なんとかとどまれたのは、幼なじみの照れた顔を思い出したからだ。

 れんあいで重要なのはタイミングだと、頭ではわかっている。ためらっている間にすれちがってしまう二人を、少女マ《読》ンガ《書》でこれでもかと見てきた。



 勇気一秒。

 こうかいは一生だ。

(──えのもと夏樹、ただいまより作戦を実行します!)



「優! ちょっといいかな?」

 窓からさしこむゆうを浴びながら、夏樹は勢いよく声をかける。

 ゆっくりと長身がふりかえり、不思議そうな顔の優と視線がかちあった。

「なんだよ、改まって……」



 夏樹は声が震えないよう腹筋に力を入れ、ぐっとこぶしをにぎりしめて言う。

「いきなりで、ごめんね」

 だんとは違うふんに、優にもきんちようが走るのがわかった。

 息をのむ相手をまっすぐに見つめ、夏樹はもう何年もの間ためこんでいた言葉を告げる。



「ずっと前から好きでした」



 言った。ついに言ってしまった。

 鏡を見るまでもなく、顔に熱が集まっているのがわかる。

 たまらず視線を外すと、今度は心臓の音が耳につく。さっきよりも大きくなっていて、このままでは優にも聞こえてしまうのではないかとさえ思う。

 おそる恐る顔をあげると、優はあっけにとられたように立ちくしていた。



 パチリ、と視線があう。

 優はまだ現実味がわかないのか、いきまじりにつぶやく。

「……え?」

 たった一言、それも疑問形だったけれど、じゆうぶんだった。

(ゆ、優が……照れてる……!?)

 あの後輩女子に告白されたときより顔が赤く見えるのは、考えすぎだろうか。

 予想外の反応に、夏樹も何も言えなくなってしまう。



(な、何か……何か言わないと……)



 視線を泳がせ、言葉を探すが、こぼれ落ちたのは意味をなさない音だった。

「な……な……」

「な?」

 まだ顔を赤くしたままの優が、不思議そうに首をかしげる。

 一八〇センチ近いのに、かわいらしい仕草がやけに似合っていた。

(頭、なでたいなぁ……)

 ふっとかんだ言葉に、夏樹自身が驚いてしまう。わかってはいたが、自分は相当おかしくなっている。このままでは、確実に余計なことまで口走るだろう。

 ボロが出る前にと、強引に話題をそらす。



「なーんつって! んなわけなーいじゃーん、ビックリした?」



 やらかした。

 しゆんかん的にそう思った。

(いや、でも、いまのは戦略のひとつっていうか……)

 のうにひらめいた言葉に、夏樹はハッとする。

 そう、恋愛も戦いだ。

 だから、敵前とうぼうしたわけではなく、これは次の作戦のための一時なん

 もっと言えば、今回の告白予行練習はしゆう作戦なのだ。



 優は目を見開き、夏樹の発言をくだくように、まばたきをり返している。

 ややあって、やわらかなかみをガシガシとかきながら、じろりとこちらに視線を送ってきた。

「なつき……。おまえなぁ」

 あきれ半分、照れ半分といったこわいろに、夏樹は小さく息をつく。

(よかった、じようだんだって信じてもらえた……よね?)

 心臓が切なげな音をかなでたのは聞こえなかったふりをして、ニッと口角をあげる。



「いまのはさ、告白予行練習だよ」

「はぁ? 練習?」

「ねーねー、かわいい? どきっとした?」

 勢いに任せて優の顔をのぞきこむと、じとーっという視線が返ってくる。

 こういうとき、何も言われないのはかえってつらい。夏樹はあわてて笑顔をひっこめた。



「そんな顔で見ないでよ。ごめんってば」

「本気になるよ?」

「……え?」



 優の一言に、今度は夏樹が言葉を失う番だった。

 ドクン、ドクンと、心臓がいっそ痛いくらいに鳴りひびく。

(いまのは冗談? それとも……)



「うそだよ。仕返し」

 にやっと笑ったかと思うと、優の手刀が額を目がけて飛んできた。

 ズビシッと、まるでコントのように決まり、夏樹はたまらず悲鳴をあげる。

「ぎゃっ!? ちょっと優、手加減はしよーよ!」

 しかしこうはあっさりとスルーされ、いまだぶつちようづらの優が言う。

「で、本番はだれにするんだよ」

「本番? って、告白の?」

「そう。予行練習ってことは、ほかに本命がいるってことだろ」



 とっさについたうそをあっさりと信じられ、夏樹はぐっと息がつまった。

 予行練習だ、と言い出した自分が悪いのはわかっている。

 だがそれでも、噓でも冗談でも「ほかに本命がいる」なんて言われたくはなかった。

 優にだけは。



 夏樹は複雑なおもいと本当の気持ちをおさえ、もう一度ぎゅっと拳をにぎりしめる。

 同時に顔には満面の笑みをのせ、答えを待っている優のわきばらに一発おいした。

「そんなこと、言えるわけないでしょー」

「いってえ!」

 まえかがみになった幼なじみと視線をあわせるようにこしを折り、夏樹はいつもと変わらないフリをして、次の約束をとりつける。

「ねーねー、これからも練習つきあってよ」

「……仕方ねーなー。その代わり、ラーメンおごれよ?」

「ええー、ケチ!」

「この俺を練習台にするんだから、安いもんだろー」

「うわ、自分で言っちゃう?」



 おたがいに好き勝手に言いあいながらも、最後はいつだって笑って終わる。特別決めたわけでもないのに、それが二人の間のルールみたいになっていた。

(でも今日は……なんだか……)

 にぶい痛みにまじり、心臓が針でされたように泣いている。

(誰かを好きになるって大変なんだな。そして、本当の気持ちを伝えるのはもっと大変)





 その日の夕焼けは、目にしみるほど赤かった。

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