やさしい獣

山羊頭といえば悪魔バフォメットを連想しますが(ハチャハチャ)

 俺は短原みじかはら あつし。観光温泉地、『赤金あかがね温泉』の従業員である。施設内にある土産物屋の商品の選定や開発を主な仕事にしている。

 今いちばん力を入れているのは、もやし農家と提携して温泉を使って育てる『赤金温泉もやし』。ほぼ手作業で栽培し、三十センチほどもある長いもやしだ。

 豆もこの土地でとれる地物しか使わないこだわりようで、一袋千二百円。

 大量生産できないからこその価格だが、それ故に販売はいまいち伸びていない。

 そう、あの日までは。


          *           *


 あれは忘れもしない、綺麗な青空の朝──いや、雨降ってたかな? とにかくその日、宇宙人が日本にやってきたのだった。

 俺は昼飯の時間、コンビニのシャケ弁当をかきこみながら世界が注目する一瞬をテレビで見ていた。

 円盤は銀色で、サザエをぎゅうっと縦に押しつぶしたような形をしていた。ハッチが開き、宇宙人が一人──人間によく似たフォルムだ──降りてくる。宇宙服と思われるもの(ただし、尻尾らしき出っ張りがあった)を着て、ヘルメットをかぶっていた。

 そのヘルメットの形状は人間ではありえない形状で、前方に長く張り出していた。

 首相と外相が宇宙人としっかりと握手をする。

 そこまで見たとき、俺は事務のおばちゃんに声をかけられた。


「おおい、アツシくん──なんか新規のお客さんみたいだわ。でっかい黒塗りの外車だあ」

「黒の……筋モンじゃないだろーな」

「いや、なんかお偉いさんって感じ」

 パートのおばちゃんたちも興味シンシンで外を覗いている。

 車を降りてやってきた人物(?)を見て、俺は仰天した。──なんと、テレビでついさっきまで見ていた、あのだったのだ。

 俺は思わずテレビ画面を振り返る。相変わらず首相と宇宙人がフラッシュの眩しい点滅の中で微笑んでいる。

「セキュリティのために録画を流しているんだよ、地球人。私の名は発音できないだろうから<ジュウベエ>と呼びたまえ」

 そう言って、宇宙人はヘルメットを脱いだ。

 俺はぽかんと口を開けたまま固まっていた。そこについていたのは、山羊の頭そのものだったからだ。

 ヤギゥジュウベエ? これは、俺を陥れようとするドッキリ、あるいは陰謀か何かに違いない。柳生一族の陰謀だ。

「私は警視庁警護課の昭坂あきらざかです。彼らはファーストコンタクトにあたり、信じられない量の情報収集を行っております。幸いにも我が国の<時代劇>が非常に好まれた結果、我が国と一番最初に会談をセットされた、というわけで」

 名刺をもらった。SPか。仕立てのいいスーツに無線のイヤホンを片耳につけている。

「『赤金あかがね温泉』の短原みじかはらです。それで、いったい宇宙人がなぜうちに?」

「すでに条約は締結されました。彼らは馬頭星雲の彼方に帰還するにあたり、現地の珍しい食料を買って帰りたいということなのです。ありていに言えば、お土産みやげが欲しいと」

「はあ」

 まあ、外国の要人が来日したついでにお土産を買う感覚だろうか、と俺は思った。感覚としては判らないではないが、なぜうちに来てるんだ? あと、ヤギなのに馬頭星雲?

「私から説明しよう」

 異様なほど流暢りゅうちょうな日本語でジュウベエがしゃべりだす。

「人類と我々は兄弟といってもいいほど生体構成が似ている。基本的に君たちが食用と定めているものは我々にも問題がないのだ。ただ、極端に濃い味は好まないし、肉類は食さない。ベジタリアンだと思ってもらえばいいだろう」

 まあ、見た目ヤギだしな。ヤギって雑食じゃなかったっけ?

「もう一つ、我々は人類よりも味覚が鋭敏でね。人類の十倍は細かい味の差が判るのだ。飴も目隠ししてどのメーカーか当てることもできる。これを単純に言うと<優に味覚十みかくとう>というところだな」

「いやUHA味覚糖に謝れ。言いたいだけだろ」

「短原くん」

「すいません、つい」

 昭坂さんに睨まれる。ただ、ジュウベエという名前といい、なんかふざけているような気がする。まだドッキリという線も捨ててないぞ。

「ここの『赤金温泉もやし』は素晴らしい。我々の舌なら、もやしに含まれる温泉のごくわずかな成分も旨味のハーモニーとして感じられるのだ。ぜひ、あるだけ言い値で買わせてほしい」

「えーと……」

 俺は困惑した。

「ありがたい申し出ですけれど、野菜としてのもやしなら、スーパーに行けば20円30円で売ってるものですよ。それはご存じですか?」

「もちろんその程度はリサーチ済みだ。ほとんどの野菜は既に分析してある。普通のもやしも食べてみたよ。自分の商品に価値がないというのかね?」

「いや、うちのもやしは最高品質です。それは断言できます」

「……ちょっと、短原くん」

 昭坂さんが俺を連れて宇宙人から少し離れた。

「何です?」

「定価で売るつもりじゃないだろうな?」

「え、いや、もちろん」

 ふう、と昭坂さんは溜息をついた。

「あのなあ、これは日本、いや地球を代表する商品なんだ。できるだけ高くふっかけてくれ。ちらりと見たが、彼らの宇宙船にはきんのインゴットが山のように積んである。支払いに不安はない」

「うーん……」

「世の中には、、ということもあるんだ。日本の威信がかかってることを忘れないでくれ、短原くん」

「わかりました」


 俺はジュウベイさんに向かって、言った。

「では一袋一万円で、売ります」

 山羊の顔がひん曲がった。笑ったのだろう。

「年に一回は買いに来るので、準備はしといてくれよ」


 俺たちは、嘘みたいにめちゃくちゃ儲かったのだった。


          *           *


 ちっぽけな田舎の温泉地、『赤金温泉』は世界に認知された。

 もう米なんか作ってる場合じゃない、ということで周辺の農家にもやしを作らせ、『赤金温泉もやし』は売れた。作れば売れる、それでも足りない、という状況は俺も初めての経験だった。

 ブランド力が強い。同じ品種で同じように育てたとしても、赤金温泉水を使っていなければそれは『赤金温泉もやし』ではないのだ。類似商品は亜流とみなされ、販売を脅かすものとはなりえなかった。

 人類には味の違いが判らないのだが、それでも金持ちの見栄か、一万円の『赤金温泉もやし』売れに売れたのだ。


 世界から観光なり取材なりと人が溢れ、赤金温泉にとっての激動の一年が過ぎ去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る