一年後。

 先の言葉通り再訪した彼らは、大量の『赤金温泉もやし』を買い付けてくれた。

 ただ、宇宙人はいわゆる亜流商品も千円前後で買い取っていたらしい。今後の研究材料だろうか?

「お久しぶり。『赤金温泉もやし』の評判は抜群だよ。敬意を表して君を我々の星に招待したいのだが、どうかな?」

「え。マジで。い、行きます!!」

 俺は二つ返事で承諾した。ミーハーといわれようが、スターウォーズのように宇宙を駆け巡る、みたいなノリが大好きなのだ。

 あれよあれよという間に出発の日が来た。

 俺は感動を胸に、宇宙船に乗り込んだ。

 操縦室も見せてもらったが、奇妙な光景を見つけた。画面に向かって、筆のようなもので作業しているのだ。

「あれは何ですか?」

「地球に来てからの発見の一つだよ。毛筆というのはコシという要素を備えた素晴らしいインターフェイスだと思ってね。試作的に装備してみたのだ。入力の効率が進んでるようだ。効果ありだな」

「毛筆……現代ではあまり使われていないものが、こんなふうに」

「ちなみに筆の材料は山羊の毛だ。それなら我々でも作れそうだろう?」

 ジュウベエは笑ったように見えた。あいかわらず宇宙人の表情を見て取るのは難しい。


          *           *


 俺は大きな歓待を受け、見知らぬ異星を見て回った。素晴らしい星だったが、どこに行くにも護衛がついた。

 ジュウベイにその訳を聞く。

「治安はそんなに悪くないように見えるのですが、なぜ護衛を?」

「恥ずかしながら、我々は山羊ゴートだけに、強盗が多くてね」

 本当か!?

 いろいろなところの見学を経て、最後に墓地らしきところにやってきた。

 綺麗な白い花が供えてあった。

「あなたがたにも、花を手向ける文化があるんですね」

「もちろんだ。主にクチナシの花を使う。地球でもいうだろう、死人にクチナシと」


          *           *


「ところでジュウベエさん、一つ訊いても?」

「何だい?」

「あなたは十分な調査をしたといわれたが、ならば『赤金温泉もやし』の定価が千二百円であることも知っていた筈です。言い値の一万円で買う理由はどこにあるんです?」

「品物の価値に対価を支払っただけだがね。価格を決めたのは君だろう?」

「そうですが、気にはなります。ジュウベエさんは他のもやしもかなり買っているでしょう? そのせいで地球はいま、大のもやしブームですよ。まさか地球をプランテーション化しようとしているのでは? 経済を依存させて、を断れなくするために」

 ほっほっほっ、と宇宙人は初めて声に出して笑った。

「我々は公正な取引をしているだけだ。地球の法律に照らしてもみても違反はしてないよ」

「国力──いや、星力といった方がいいのかな──に差があるとどうしても不平等条約にならないかと勘繰っちゃって。日本は結構苦労してる国なんで」

「まあ、それは外交の連中に任せる他ないんじゃないかな。当事者が言っても説得力がないかもしれないが、我々は優しい種族だと思っているよ」

 地球の政治家連中も馬鹿ではあるまい。不安はあるけれど。

 いったんその事は忘れて、俺は異星の旅を楽しむことにした。


          *           *


 そうして地球に帰る日がやってきた。

 なじみのある宇宙船に乗り込む。短い間だったが、素晴らしい経験だった。

 宇宙に出、ワープ航法を開始した。


 しばらくして、不吉なサイレンが鳴り響く。

「どうしたんです!?」

 俺はジュウベイに訊ねた。

「ああ、地球人。どうやらワープ航法の不調で、異次元に入り込んだまま抜け出せなくなってしまったのだ」

「何だって!! 異次元に飛ばされた!?」

「座標の入力ミスだ。これすなわち、航法も筆の誤り」

「ダジャレで誤魔化すなーっっ!!」

 俺の運命はどうなる? フライング・ダッチマンよろしく『さまよえる日本人』として伝説になるのか!?

「心配するな、地球人。我々には最終手段がある。落ち着いて聞くのだ」

 なんだ。なにか解決法を知ってるのか。さすがに宇宙旅行のノウハウはあるってことだな。

「よし。聞かせてくれ」

「搭載している金のインゴットを材料に。ワープ航法を始めた時点の少し前までさかのぼれば、万事解決だ」

「時間をさかのぼる? そんなことまでできるのか……」

「できる。君らも知っているはずだ。タイム・イズ・マネー。時間と金は等価なのだよ」

 いやきんかねは違うだろ、と俺は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 今機嫌を損ねてはまずい。ツッコむのは助かってからにしよう。

 しかし、大量に金を積んでいたのは万が一のためだったのか。

 俺は、ジュウベイの最後の手段にすべてを賭けた。

 ジュウベイはいやに和風な節回しで歌い出した。



経験不足でおぼつかないが

平にその儀はお許しなされ

許しなさればワープにかかるで

オーイサネ



「何なんだその歌は?」

 俺は聞いた。

「我々に昔から伝わる歌でな、八木節やぎぶしならぬ山羊節だ」

 どこまで本気なのだ、この宇宙人は!

「時間を巻き戻すぞ!」

 途端に二日酔いの十倍ほどの不快感が襲ってきた。俺は地球に帰れることを願いながら、ジュウベイの声を聞きつつ、失神した。

「!ぞす戻き巻を間時」

 …………





 


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SF単品集・僕たちのヒーロー 連野純也 @renno

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